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ゴブリンははぐれゴブリンの処遇を考える

 リラは狩りの最中、コカトリスの巣を見つけてツイてると思った。大木の根元へ隠すように手のひらが収まるほどの卵が五個。卵を口にする機会は少ないのでいい土産になるのだ。

 そして巣があるということは親であるコカトリスも近くにいるだろう。そう考えたリラはコカトリスを仕留めるため待つことにする。


 時間はさほど経たないうちに獲物は姿を見せた。テリトリー内に敵が入ったことをすぐに察知した大型の鶏は、大きな鳴き声と蛇の尻尾で威嚇しながら疾走する。

 全く気にとめないリラは近くに落ちていた丸太を手にして、大きく振り被る。

 ドゴッ! と頭に一撃。強く衝撃を与えればコカトリスはすぐに息絶えた。本当ならば素手で倒したいところだが、コカトリスに触れると石化するため何か武器になるもので対応しなければいけない。そのためこうする他ないのである。


 楽勝なものだと大きな獲物を担ぎ、さらに卵が入ったコカトリスの巣ごと抱え、リラは村に帰ることに決めた。

 予定よりも早い狩りだったので、獲物を持ち帰ったあとに貯蔵用のためにももう一度獲物を探そうかと考える。


 帰村するや否や仲間達から「リラ、ヴィーチェが来てるぞ」や「さっきアロンと一緒に大婆の所に行ったわ」という話があちこちから投げかけられるので、リラは獲物を他の仲間達に託し、すぐさま大婆宅へと走った。


 いくら無力化したとはいえ、ヴィーチェを嫌うリリエルの元に向かうなんて何を考えてるんだ! ただでさえリリエルは口が悪い。ヴィーチェにどんな暴言を吐くかわかったものではないし、万が一ヴィーチェが傷ついたりしたら……いや、傷つくのか? あの強メンタルのヴィーチェが?

 と、自問自答しながら大婆の石小屋へ飛び込めば、ヴィーチェに飛びつかれるわ、なぜかリリエルが拒否したこれまでの行動について発言する意思を見せるわで混乱した。


「こちらの通信水晶を使えばフードゥルト国王陛下とお話できるわ。そしてリリエル様は国王陛下にお話をしていただければようやくそれが証言として受け入れられるの」


 ヴィーチェは国王から預かったと言う水晶を取り出した。本当にこの鉱物を通して城にいる国王と話ができるのかいささか信じ難いが、わざわざヴィーチェが嘘を言う必要もないのでリラは彼女の話を信じた。


「いいからさっさと繋げて。私の凄さをわからせてあげるんだから」


 こいつ、あれだけ無視してきたくせに何があって語る気になったんだ。

 訝しげにリリエルに目を向けるが、おそらくヴィーチェが何かしら言ったのだろう。でなければ一生口を閉ざしかねないのだ。これでさっさとリリエルの処遇を国王側と対話して決めることができれば全て終わる。

 同種族と共にいれば口を割るかと思っていたが、想像よりも性格に難があり、頑固なリリエルはリラにとって頭が痛い存在だった。そんなリラとは裏腹に仲間達は無力化したリリエルを楽しんでいたが……。


「今呼びかけるから待ってちょうだい」


 リリエルに待つように言うと、ヴィーチェは両手で持つ水晶に向けて、人間の王の名を口にする。


「フードゥルト国王陛下」


 瞬間、水晶がチカチカと点滅を始める。しかしそれだけだったのでリラは腕を組んで呆れながらヴィーチェに問いかけた。


「……故障じゃないのか?」

「これは呼び出しのサインよ。国王様もお忙しい方だからすぐには連絡がつかないと思うわ」


 へぇ……と、答えて待つこと数分。その間も光がついたり消えたりを繰り返したが、急に水晶から国王の顔が映ったのでリラは目を丸くさせた。


『待たせて申し訳ない……が、ヴィーチェ嬢ではないか。リラ殿に水晶を託すように頼んだはずだが……』

「ご機嫌よう、フードゥルト国王陛下。リラ様はお隣にいらっしゃいますわ」


 そう言ってヴィーチェは水晶をリラの顔へと向けた。相手はリラの顔を視認したのか「そのようだな」と納得するように返事をした。


『このように通信をしてきたのはリリエルに関することだな?』

「はい。リリエル様がキャンルーズ夫妻の証言は間違いだと仰るので事実を話したいとのことです」

『そうか。ならばこちらも書記官を呼ばなければならないの数十分の時間をもらおう』

「承知いたしました」


 そう告げると、水晶に映った国王は消えた。どうやって消えたんだ? とリラは不思議そうに水晶を覗き込むと、ヴィーチェは「陛下が通信水晶から手を離したので通信が切れたのよ」と答え、水晶を一旦床に置いた。

 なぜ自分の思っていることがわかったんだこいつは。そう問いたかったが、ヴィーチェのことだ「愛の力よっ!」と言いかねないのであえて聞かないようにした。


「何よっ、せっかくこっちは話してあげるって言うのに待たせるだなんて何様のつもりよっ!」

「国王様だろうが……」


 わざと言ってるのかと疑いたくなるリリエルの発言。おそらく彼女にとっては国王がどれだけ偉くても関係ないのだろう。王子であるエンドハイトを陥れるくらいなのだから。


 結局、国王の言う通り数十分待つしかなかった。その間にアロンが飽きたのか欠伸をしながら「俺帰るわ」と言って帰っていった。……自由な奴だ。

 待っている間はとにかくヴィーチェがいつものように喋る、喋る。最近はどうだったのかとか、今日はどんな獲物を取ってきたのかとか、とにかくリラのことを聞いてきた。

 リラにとってはいつものことなので淡々と答える。その度にヴィーチェはリラを褒め讃えた。少しは褒めずに聞けと言っても「思ったことを正直に話したまでだわっ」と自信満々に言うのだからお手上げである……が、リリエルはそんな二人の様子を嫌そうな目で見てきた。


「ほんっとに気持ち悪いわね……人間とゴブリンがイチャついてて鳥肌が立つわ」


 両腕をさすって少し距離を取るリリエルにリラは慌てて口を開く。


「イチャついてないっ!」

「説得力ないわよ」

「ふふっ、リラ様は照れ屋さんなのよ」


 ヴィーチェはヴィーチェで、否定するリラをいつものことだと言わんばかりに説明する。


「デカブツのくせに照れ隠しとかキモッ」


 カチンときた。ここまではっきりと馬鹿にされるのはさすがにリラも頭にくる。そもそもリリエルの態度は最初から好ましくない。

 そろそろこいつに上下関係を叩き込まなければならないと考えて、リラはリリエルの胸ぐらを掴んだ。


「無鉄砲の馬鹿は口だけが達者だな。早死にする奴は大体そういう奴だ」

「フンッ。その口が達者な私の言葉で血が上るなんて堪え性がないのねっ」


 怒るリラは誰が見ても迫力がある。強面だから尚のこと。しかしリリエルは怯える様子もなければ口も減らなかった。

 ここは一発殴ってやろうかと思ったが、リラとリリエルの間に入ったヴィーチェによって胸ぐらを掴む手に手を重ねられた。


「リラ様、落ち着いて。子供の言うことよ」

「……いや、お前と同年代だろ」


 諌めるような優しい言葉とともに微笑むヴィーチェ。リリエルの実年齢はわからないけれどヴィーチェの年齢に近いことは間違いないので、思わず冷静になってヴィーチェの言うことに反発する。

 頭に上った血が治まったため、リラは興味をなくすようにリリエルから手を離した。

 すると床に置いていた通信水晶が激しく点滅しながらビー! という音を鳴らした。まさか音が鳴るとは思わずびくりと身体が震えるリラだったが、ヴィーチェは気にすることなく水晶を手に取った。


「お待ちしておりましたわ、フードゥルト国王陛下」

『待たせたな。こちらの準備も整ったので早速リリエルの話を聞こう』


 再び国王の姿が水晶に映し出される。おそらく近くには記録係が控えているのだろう。そしてヴィーチェはすぐに通信水晶をリリエルへと手渡した。


「はい、リリエル様。こちらに向けてあなた様のお話を聞かせてちょうだい」

「まったく、ようやくねっ」


 不満げに、そして荒々しく水晶を受け取ったリリエルは片手を腰に当てた。


「よく聞きなさい! 私がどんな思いで人間を憎んで、どんな思いでエンドハイトに復讐し、どれだけ凄怖い魔法を使ったか!」


 なんだ凄怖い魔法って。そんな野次を胸の中に秘めたリラはリリエルの話を仕方なく聞くことにした。






 リリエルの話を聞いて何とも言えない複雑な気持ちになった。エンドハイトのゴブリンに対する侮蔑発言は知っていたが、その後に人間と従魔による強襲は初耳である。

 子供がこんな目に遭うのはさすがに思うところはある……が、従魔を操って主人を殺めるのは悪質にも思えた。

 とはいえ、同じ立場なら仲間を殺めた人間を怒りのあまり手にかける可能性は十分にある。そんな経験のせいでこれほどまでに性格が悪くなったのだと思うと、それはそれで理解できた。


 そしてキャンルーズ夫妻を洗脳魔法で養子にさせたこと、ヴィーチェを転移魔法で魔物の森の奥へと連れて行ったことなど、とにかく自分が使った魔法がどれだけ凄いのか語っていた。


「だからっ、私を養子にした夫婦が私の魔法を貶そうと適当なことを言ってんのよ! なんで私が人間なんかと共謀しなきゃならないのよ! あいつらはエンドハイトに近づくために寄生しただけなんだから私の手柄を横取りしないで!」


 エンドハイトを辱めることが手柄なのか……。よくわからないが、リリエルとリリエルの養父達の証言が違うため、リリエルは自分の成果を上書きされないため話をする決心をしたらしい。

 話を終えたあと、国王は頭を抱えて深い溜め息を吐き出した。


『……確かに、従魔が亡くなった主人を口に咥えて街を徘徊していた事件があった。最初は事故で主人が死に絶え、従魔がそれを知らせたのかと思ったが、傷跡を確認するとその従魔が攻撃したものと判明し、危険と判断したため従魔を殺処分にした。従魔が主人を襲うなんて有り得ないことだったゆえに記憶に残っていたが……まさかその者が原因だったとは……』

「これで満足でしょ。私は事実を話したわ。あの夫婦の話が嘘っぱちだって理解できるでしょっ」

『……確かに、こちらとしてもリリエルの話していた内容が正しいと思っている。しかし、キャンルーズ夫妻が洗脳された仕返しとはいえ、わざわざ自分達の首を絞めるようなことを発言するのも理解できん』

「あの二人、どこか抜けてるもの。深く考えてなかったんでしょ。ばっかみたい!」

『……ヴィーチェ嬢、リラ殿、少し彼女から離れた場所で話をさせてくれんか?』


 疲れきった表情の国王に従い、ヴィーチェが通信水晶をリリエルから預かる。

 リリエルから離れるため、大婆宅から出るとリラはヴィーチェとともに他の村の住人達が少ない村の端まで移動した。


「フードゥルト国王陛下、移動いたしましたわ」

『……では、リリエルの処遇を決めたいと思う』

「もう決めるのか……?」


 もう少し時間のかかるものだと思っていた。しかし国王の様子からすると早く解決させたいのだろう。その気持ちはわからなくはないが。


『リリエルは人間に対して憎しみが強く、あまりにも危険な思考を持っている。直接人間の命に手をかけていないとはいえ、魔法で従魔を動かし命を奪った。そして洗脳魔法や魅了魔法を長期間キャンルーズ夫妻やエンドハイトにかけたことはかなり罪深い。死罪、または無期限の禁固刑が妥当だろう』

「……きんこ、けい?」

「一生牢の中に監禁するってことよ」

「つまり、その場合はリリエルをそっちに引き渡すってことか?」

『そうだな。そちらの村には牢のようなものはないだろう?』

「まぁ、ないな」

『……まぁ、個人的には死罪が妥当とも考えている。あの者は悪魔をも召喚したのだ』


 人間にとって悪魔の召喚は重罪である。そして数々の問題行動や罪を重ねた結果、と考えたら妥当なのだろう。


「私としてはリリエル様には教育が足りないだけかと思います。幼い頃に人間から襲撃に遭った件については、過剰ではありますが正当防衛とも言えますし、頼れる大人もいない中、人間への憎しみもあって当然でしょう」

『つまり、ヴィーチェ嬢はリリエルの死罪には反対だと?』

「えぇ。私が口を挟むことではないのは重々に理解していますので聞き流していただいても結構です。あくまでも人の代表である国王陛下とゴブリンの代表であるリラ様の意見が第一ですもの」

『……リラ殿はどのように考えている?』

「俺は……正直リリエルについて物凄くムカついてる。態度も口も悪いし。……だが、ヴィーチェの言うように大人が周りにいなくて、一人で生きる術が復讐でしかなかったと思うと、幼いゆえの過ちと考えて更生する期間があってもいいんじゃないかとは思う」


 リリエルを擁護するつもりは全くない。憐れみはあるが。きっとリリエルにそれを言えば余計なお世話だと噛みつくだろう。


『……リリエルの復讐の元凶はエンドハイトも担っているからな。更生期間……か。そうなるとゴブリンのことはゴブリンに任せるのが一番だと思うが?』

「そういうことになる、のか?」

『そちらでリリエルの更生役を担うのなら、永久的に罪人の腕輪を着用し、リリエルの更生期間を一年与える。それまで本人に反省がなければ問答無用に死罪とし、反省する意思を見せれば減刑も視野に入れよう』


 ……これ、もしかして押し付けられたやつか? まぁ、牢へぶち込んだ罪人にずっと飯を食わせるのもタダじゃないしな……。厄介者ではあるが、リリエルがまともになれば多少改善されるのか? まぁ、あの娘には少しばかり同情もしなくはないので、罪人とはいえ同胞が呆気なく殺されるのも気のいいものではない。


「わかった。請け負う」

『では引き続き、リリエルはそちらに任せる。何か問題があったり、考えが変わるようならまた連絡してくれ』

「あぁ」


 ここで国王との会話は終わり、水晶から相手の姿が消えた。はぁ、と溜め息をひとつ漏らせばヴィーチェが目を輝かせて口を開く。


「リラ様っ! リリエル様をしっかりと更生させましょっ! 私もお手伝いするわ!」

「……そうだな」


 何だか、こいつの思い通りになったような気もしなくはない。やはり同年代であるリリエルの話を聞いて同情したのだろうか。人間なのに慈悲深い奴だ。そのリリエルに命を狙われたというのに。


「これでリリエル様もご自分の更生を信じたリラ様への見る目が変わるわ!」


 ……どうやら自分のためだった。たったそれだけのために? と思わなくもないが、常にリラのために考えて動くヴィーチェは通常運転だったため、リラはそれ以上考えることをやめた。


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