公爵令嬢は元男爵令嬢に会いに行く
色々と報告を受けたヴィーチェは父からの用件が終わり、ようやくリラ様の元へ行けるわ! と早速リラの村へ向かうことにした。
父フレクから「昼食を一緒に取らないか?」と誘われたが「リラ様の元へ向かうのが一番大事なので結構よ」と断ったので、父は少ししょぼくれていたが気にしない。
さくっと転移魔法でリラの村へと飛んだヴィーチェは、一瞬にして村の入り口前へと地に足が着く。
村のゴブリン達はヴィーチェを見るや否や「おっ。ヴィーチェ、元気かぁ?」や「リラなら狩りに行ってるからしばらくは戻らないわよ」とみんな声をかけてくれた。
もはや村に訪れるのが当たり前になっているヴィーチェとしてはこのように村のみんなと会話できるのは嬉しいものだ。
何より自分を受け入れてくれる。つまりそれは愛しのリラ様の妻にも相応しいと認められているということ。
しかし慢心してはいけない。その昔、体調を崩して寝込んだ夜、亡くなった母が姿を現してこう話していた。
『ヴィーチェ。結婚しても周りへの感謝を忘れちゃ駄目よ? 特にご近所付き合いはすっごく大事なの。公爵家だからと言ってふんぞり返ってはいけないわ』
病によって頭がぼうっとしながらも「わかったわ、お母様」と返事をした。その言葉が大きく心に刻まれたのでよほど印象に残っていたのかもしれない。
つまり、村のみんなと仲良くすればお母様との約束も守れるということ。そうしなければリラ様の隣に相応しくないと村の仲間達は積もりに積もった不満を爆発させていた可能性もある。
きっとお母様もこのような未来を読んで忠告したのだろう。さすが先見の明があると言われたお母様だわ! と、ヴィーチェはそう信じていた。そしてふんぞり返らないように淑女として相応しい振る舞いをしようと改めて胸に誓う。
「よぉ、おチヴィーチェ。魔法が使えるようになってから頻繁に来れるようになって良かったなぁ」
「もう、アロン! いい加減にちゃんと名前で呼んでくれないかしらっ? レディーに失礼だわ」
淑女として相応しい振る舞いを誓ったばかりだが、アロンがやって来た瞬間にその決意が揺らいだ。からかうように呼ぶ愛称を耳にしては強く否定しないと気がすまないのである。
アロンはしつこく、おチヴィーチェやおチビちゃんと呼ぶ。全く改める気がしないからどうすればちゃんと名前で呼んでくれるのかいまだにわからないまま。
「これが普通になっちまったし、変えることができないんだよなぁ」
「できないんじゃなくて変えたくないだけでしょ。子供みたいだわ」
「まさかおチビちゃんに子供って言われるとは思わなかったけど……まぁいいや。リラは今狩りに出ていないぜ」
「それは聞いたわ」
「じゃ、どうすんの? みんなと話でもしながら待つか?」
「いいえ。リリエル様の様子を見に来たの。彼女はどうしてるかしら? 突然、村に置くことになってしまったのだけど、みんなの迷惑になっていない?」
「迷惑、なぁ……一度見てもらった方がいいかもな。来いよ、今は大婆ん所に住まわせてるぜ」
大婆様のお宅に? ヴィーチェは不思議に思った。一番の高齢者である彼女にリリエルを預けるのは些か不安な気もする。
確かに今の彼女には犯罪者用の魔力と体力封じの腕輪が装着されているので、大婆を襲うようなことはないのだろうけど……とは思うがやはり気がかりではあった。
「大婆様は大丈夫なの?」
「ぜーんぜん。むしろ楽しんでるようにも見えるな」
「楽しんでる……?」
どういうことなのか理解できなかったが、アロンは見ればわかると言っていたので彼に続いて大婆宅へと向かった。
「大婆ー入るぞー」
「大婆様、お邪魔しま━━」
「なんで! なんでなのよ! どうして私はこんなシワクチャにも勝てないのよっ!」
「ホッホッホ。威勢だけはいいねぇ」
到着して早々、リリエルが声を上げていて騒々しかった。なんとリリエルは大婆に向けて拳を何度も振り上げてはポカポカと殴り続けていたのだ。
しかしリリエルは罪人用の腕輪を嵌めているため、本領を発揮できない。大婆も涼しい顔でリリエルに背を向けて肩や背中を叩かせている。傍から見れば孫が祖母に肩叩きをしているようにも見えなくはない。
しばらくして体力低下のせいもあってか、リリエルはあっという間に息を切らせて殴る手を止めた。
「な? おもしれーだろ?」
「確かに楽しんでいるわね」
アロンの言う通りだとうんうん頷けば、ようやくリリエルがヴィーチェの存在に気づいたのか、親の仇でも見るかのような目で睨んできた。
「ッ! ヴィーチェ・ファムリアント! 一体何しに来たのよって! 手も足も出ない私を笑いに来たって言うのっ!?」
「手も足も出せるが威力がないだけじゃよ」
「婆さんは黙ってて!」
どう見ても祖母と孫のような関係に見えてしまう。何はともあれ大婆が楽しんでいるということは事実らしく、迷惑になっていないのならば少し安心である。
「最初はよ、監視として数人の仲間で見張ってたんだけど、こんな感じでケット・シーの威嚇みたいなもんで危険性がないと判断した大婆が一人で面倒見るって言ったんで見張りはなくなったんだ」
ケット・シーとは妖精猫。可愛らしいイメージもあるので、そのイメージ通り力が封印されたリリエルは今やゴブリンのみんなに可愛がられているらしい。
本来の力が発揮されない彼女を見ると子供っぽく見えるが、それがリリエルという彼女の本当の姿なのだろう。何だか微笑ましいように見えなくもなくて思わず笑ってしまう。
「何笑ってんのよ! 馬鹿にしないで! これさえなければあんたなんてすぐにやられちゃうんだから!」
罪人の腕輪を無理に外そうとするが、魔法でロックされた腕輪はどうやっても外すことはできない。悔しそうに噛みつくリリエルは確かに威嚇する猫のようだ。
「安心して、リリエル様。例えリリエル様が腕輪を取っても私はやられることはないと自信を持って言えるわ」
「何が安心よっ! そうやって見下してるつもり!? 絶対あんたを私の魔法でぶっ潰してやるんだから!」
「見下すつもりはないのだけど、本当のことを伝えただけだわ。だってリリエル様を前にしても、こう……何も怖くないというか……」
「つまり何っ? 怖いものがないって言いたいわけ!?」
「幼い頃に初めて目の前で見たジャイアントボアは怖かった記憶があるのだけど」
「はあ!? 私はジャイアントボア以下だって言うの!?」
「昔の話よ。今はジャイアントボアも怖くないし、リリエル様は簡単に捩じ伏せられるもの」
「ぶふっ! 相手にしてないってことかよっ」
たまらずアロンが吹き出すように笑った。彼の言葉にカチンときたようで、リリエルの鋭い眼差しがアロンへと向けられる。
「馬鹿にしないで! あんた達絶対にぶっ潰すから覚えてなさい! 私は魔力なしのゴブリンより強いのよ!」
「いいえ、リラ様の方が誰よりもお強いわ」
「馬鹿力なだけでしょ!」
「力は魔法を上回るわ!」
「何その脳筋発想! 馬鹿じゃないのっ?」
「それだけリラ様が素晴らしいのよ」
「意味わかんない! 本物の馬鹿だわっ!」
口喧嘩、というには一方的にリリエルが怒鳴っていてヴィーチェは誇らしげに語っているので、ただのじゃれあいのようだった。それがおかしかったのか、アロンはゲラゲラと笑うばかり。
「リリエルや、すぐに馬鹿馬鹿言うのは良くないねぇ。幼稚に聞こえてしまうからのぅ」
「うるさいわよ、婆さん!」
ずっと怒鳴り続けて疲れないのかしら? と思ったが、やはり体力低下が影響しているのか、また息を切らし始めた。
大婆が水の入っている樽からお玉のような木でできた道具を使い、お椀に水を汲んだ。そしてそのままリリエルに手渡すと彼女は「フンッ!」と不貞腐れながらも水を受け取り一気に飲み干す。
「ところでリリエル様、そろそろこれまでの経緯をお話してくださらない?」
「なんで人間のために話さなきゃならないのよっ。どうせ何を言っても罰するならわざわざ言う必要はないじゃない」
「罪の重さによって刑罰も比例するのだから必要はあるわよ。証言を拒否し続けるならこちら側の判断によってリリエル様を裁くことになるもの。私としてはやっぱりしっかりとお話して公平に裁いてもらう方が一番だと思うわ」
「別に好きにすればいいわよ。それに死罪でも構わないわ。満足のいく結果ではなかったけど、一番の目的であったエンドハイトを落ちぶれさせたんだもの」
いい気味だわ、と鼻で笑うのを見る限り反省はなさそうだ。事の発端はエンドハイトらしいし、彼は彼でリリエルを傷つけていたのだから、リリエルに全ての非があるとは一概に言えない。
「そう。話していただかないとキャンルーズ男爵夫妻の証言を信じるしかなくなってしまうわ」
「あぁ……私が寄生した男爵家ね。どうせ私に騙されたことについてカンカンに怒ってるんでしょ。早く処刑でもしろとか言ってるんじゃない?」
「いいえ。男爵夫妻は自分達の意思でリリエル様に手を貸したと証言しているのよ」
そう。父から最後に聞いた話はキャンルーズ男爵夫妻によるリリエルと結託したという証言である。
リリエルが何かしらの魔法を夫婦にかけたという線が強かったのに、夫妻の証言は思いもよらぬことだったため、国王も驚いているそうだ。
そのように自供したキャンルーズ家を野放しにするわけにはいかないので、リリエルが証言するまで夫妻は憲兵達の監視の元、キャンルーズ家にて軟禁されているそうだ。
「……はあ!? なんでよ! あの二人は私が洗脳魔法をかけたのよ!」
「あら、そうなのね。でもお二人ともリリエル様に騙されたとは口にしていないわ。リリエル様が証言してくださらない限り、キャンルーズ男爵夫妻の証言を真実と見なして彼らも共犯として裁かれるのよ」
「何よそれっ、何よそれ! 私は魔法を扱えるのよ! 騙されたからと言って私のプライドをへし折るような馬鹿な話がまかり通っていいわけないわ!」
どうやら彼女は魔法を使えることに誇りを持っているのだろう。何せ魔力持ちの少ないゴブリン種族の中で高い魔力を持ったのだから、リリエルにとっては何よりも自慢なのかもしれない。
そんな彼女のプライドを刺激したのか、怒りに震えていた。
リリエル様、と声をかけようとしたその時だった。ヴィーチェはぴくりと反応する。ヴィーチェの中で感じ取ったのだ。愛しい人の気配が。
「おいっ! ヴィーチェ! なんでお前は勝手にリリエルと会って━━」
「リラ様っ!!」
愛しの彼、リラが慌てながら大婆宅に突入してきた。仲間達からヴィーチェが大婆の家にいるということを聞いたのだろう。そんな彼の言葉を遮るヴィーチェは彼の胸元へと大砲のように勢いよく飛びつく。
その威力にリラは仰け反って倒れそうになったが、何とか両足に力を入れて踏ん張った。
「っ、お前は少し勢いを落とせ!」
「嬉しくてつい!」
好きな人とはいつ会っても嬉しいもの。だから反省はしていない。ちょっと力んでしまっただけ。
「ちょうどいいわ。デカブツも戻ってきたことだし、いいわよ……証言してあげるわ!!」
決意をするように眉間に怒りの皺を作り、声を上げるリリエル。ヴィーチェはそう言葉にした彼女に笑顔を向けた。
「さすがだわ、リリエル様っ!」
「……え。一体どういうことだ?」
リリエルの唐突な心変わりに何があったのかわからないリラは戸惑いの表情を見せる。近くにいたアロンはまた吹き出すように「だっひゃっひゃ!」と笑っていた。




