公爵令嬢は実家に戻り、父から報告と課題を受ける
「ヴィーチェ様、明日の予定を伺ってもよろしいでしょうか?」
休日前夜のこと。寮部屋にてシルクでできたワンピースの寝衣を纏い、就寝準備を始めるヴィーチェの元に使用人のアグリーから翌日の予定を尋ねられた。
「明日はリラ様の村へ行くわ。キャンルーズ様……いえ、もうキャンルーズ家のご息女ではないわね。リリエル様の様子を確認したいの」
「それでしたら先にご実家へお戻りください。ご主人様がヴィーチェ様にお話があるとのことです」
「あら、そうなの? わかったわ」
基本的に在学中の間は勉学に集中させるため、父が自宅へ呼び出すことは今までになかった。つまり余程重要な話があるのだろう。
今までの出来事から察すると、おそらく王家からの伝言か何かと思われる。もしかしたらリリエルの聞き取りについて進展があるかどうか聞きたいのかもしれない。
そうだとしたらせっかちだわ。何かあればこちらから連絡するのに。そう思いながらヴィーチェはリラの村へ向かう前に公爵家へ寄ることにした。
◆◆◆◆◆
「何から話せばいいか……。勲章授与式の件や新たなゴブリンによる王室への襲撃と、立て続けに驚愕な事件が起こっているせいで話をしなければならないことが色々ある」
転移魔法のおかげで朝一番にファムリアント家へと帰省し、父フレクの執務室にて話を聞きに来たヴィーチェだったが、フレクは悩ましげな表情と溜め息混じりに話し始めた。どうやら聞かねばならないことが多々あるようだ。
早く愛しのリラ様の元へ向かいたいヴィーチェにとっては朝一番に尋ねて正解ね、と早起きした自分を心の中で褒めた。
「まず、リラ殿を領民として迎え入れるという話を先日領地で説明してきた」
「まぁ、お早い対応ありがとうございますっ」
リラとその仲間であるゴブリンをファムリアント領の民として認めるという話をしてくれたが、領民に経緯説明をするのはまだまだ先になるかと思っていた。
意外にも早く領民に説明してくれたことは素直に嬉しい報告である……が、問題は民達の反応だ。
ヴィーチェにとっては考えられないのだが、一般的な感覚だとゴブリンを人間と同じ領民の地位を与えることに不満を持つのが普通らしい。
なぜ? と問えば「魔物だから」ではあるが、ヴィーチェからしてみれば彼らゴブリンは意思疎通もできれば対話もできるし、感情もあるので人間と何ら変わらないというのが正直な感想である。
とはいえ仕方ないことだ。領民達はゴブリン達と会ったこともなければ会話もしたことがないので魔物という理由だけで恐れるものなのかもしれない。
「私としてももう少し慎重に事を進めるつもりだったが、勲章授与式の第二王子襲撃事件の件もあったので時期を早めることにした。何せ、リラ殿は身を呈して国王を守ったのだからな。各地の新聞に大きな一面に載るほどその名を轟かせ『英雄』と呼ぶ者もいたそうだ」
「新聞にリラ様の名前が!? 国中の新聞を集めなきゃ! でも日にちが経ってしまっているからもう手に入らないのかしら……」
新聞にリラの活躍が載っていたとは。確かに考えれば新聞に載らないわけがなかった。そもそもゴブリンのリラが勲章を受け取るということ事態が新聞に載るほどのビックニュースなのだ。色々と忙しなかったせいで頭から完全に抜け落ちていた。不覚である。
どうしても愛しのリラ様が活躍した記念として新聞を集めたいが、各地で発行された新聞が全て集まるかどうかはわからない。それならば発行元へと向かえばもしかしたら残ってるかも! と気づいた瞬間、フレクから「……話を続けるぞ」と少しばかり呆れ気味に呟かれた。
「とにかく、リラ殿が人間を守る行動を見せたこともあり、その活躍に乗じて私は早めに領民の件を伝えたわけだ。半数とまではいかないが三、四割の賛成を期待してな」
「それで? 結果はどうだったの?」
「おおよそではあるが、賛成反対ともに五分五分であった」
「まぁ、予想よりいい結果だわ!」
「そうだな。私の期待以上なのは嬉しいことだ。やはり毒に侵食されながらも国王を助けた現場を見た者も多い上に、緑肌病の治療法を伝達したという功績は大きいだろう」
「さすがリラ様だわっ」
「しかし、賛成にしろ反対にしろ領民達は口を揃えてこう言ってきた『徴税はどうするんだ』と。それについては私も考えていたことだが、おそらくゴブリンの彼らには金銭の流通は行っていないだろう。そのため物納にするつもりと答えさせてもらった。魔物とはいえ領民になるからには税を納めてもらわねば他の領民達にも示しがつかないのでな」
父の言うことはもっともであった。領民として認められたならば税金を納めなければならない。リラやゴブリン達を人間と同じ扱いをするならばなおのこと。
「ゴブリン達の生活は知らないので、ヴィーチェに聞きたい。毒花を栽培しているのなら他にも野菜か果物を育てたりしていないか? それか狩猟を主にしているのならその獲物を物納として納めてもらいたいが」
「うーん、栽培に関してはドラコニア・ヴェネヌムくらいしか見当たらなかった気がするわ。基本的に彼らは森の果実や山菜、魔物の肉を狩っているんだけど、村の総人口分の物納となると、割合を少なくしなければ厳しいのかも……」
「そうか……。作物があればまだ良かったのかもしれないが、ドラコニア・ヴェネヌムは国が管理を厳しくしている毒花ゆえ、売買できないだろう。しかし物納を少くするのもまた領民には納得してもらえないかもしれないな。だが、すぐに徴収するつもりはないし、ゴブリン達にとっても初めてのことなので納税体制が整う期間として数ヶ月は待つつもりだ」
ヴィーチェは悩んだ。ならばゴブリンのみんなの税金を自分が払えばいいのでは? と。しかし、それはすぐに己の中で却下される。
なぜならヴィーチェのお小遣いは父から受け取っているので、自ら稼いだお金ではない。それだと結局父が払っていることになり、領民達も不満に思うだろう。それだけじゃなく、自分も! と言い出しかねない。下手にお金を振り撒くのは不公平が生じ、危険である。
「せめてゴブリン達が何かで稼げる方法があれば良いのだが……難しいだろうな。なので近いうちにゴブリンの村を視察したいと考えている。もしかしたら金目になる何かがあるかもしれんのでな」
「そうなのね。そういうことならリラ様にお話しておくわ。それと私の方でも何か徴税できそうな方法がないか調べてみるわね」
「あぁ、そしてふたつ目の話だが、フードゥルト国王がこちらをリラ殿に託してほしいと預かった」
そう言ってフレクが取り出したのは丸い水晶である。それを不思議そうに受け取ったヴィーチェだったが、すぐにその水晶が何なのか気づいた。
「こちら……もしかして通信水晶ですか?」
「あぁ、そうだ。主に緊急用でしか使わないが、もしリリエルが今回起こした事件やこれまで何をしていたか語るようならこれを使って通信してほしいとのことだ。国王の名を呼べば繋がるようになっている」
「なるほど。これならわざわざリラ様がお城に向かわずにすむわね」
頻繁に人間の領土に赴くのはさすがにリラも精神的に疲れてしまうだろう。それを思うと断然こちらの方がリラも報告するのも楽だ。
「なかなかに反抗的だったと聞く。すぐに話をするとは思えないので国王もこのように判断したのだろう」
「でも本音は早くリリエル様の動向を全て知った上で処罰を与えたいということよね?」
「そうだな。何せ息子が絡んでいるということもあり、場合によってエンドハイトの罰が軽減されるかもしれないな。……まぁ、ヴィーチェを笑いものにしようとした男を減刑にさせるつもりはないが」
フレクはヴィーチェを大衆の面前で婚約破棄させたエンドハイトのことを今でも根に持っているため、静かな怒りの声で呟く。
「リリエル様が少し語った話によれば彼女の恨みの始まりはエンドハイト様のようですし、どちらにせよ自業自得なので減刑にする要素はないかと思うわ。それにリラ様の命を狙ったんだもの。簡単に許せるはずがないわ」
ヴィーチェも同様にリラへ毒矢を撃ち込んだ件について怒っているため、エンドハイトにはしっかりと反省してもらうことを願っていた。
「そういえばお父様、エンドハイト様の様子について何か言っていたかしら?」
「あぁ……新たに婚約まで結ぼうとした娘がゴブリンだと知って余程ショックなのか、いつもうるさく騒いでいた彼は今では意気消沈な様子で牢に入っているそうだ」
あの傍若無人ですぐに悪態つくエンドハイトが大人しくなるほどの衝撃ということだろう。ゴブリンに対して見下す発言をしていたが、まさか最愛の人物がゴブリンで自分に復讐していたなんて思ってもみなかったはず。
てっきりリリエルに向けて暴言を吐き続けているのかと思っていたけど、精神的なダメージが強い様子。ある意味リリエルの復讐は成功と言えるだろう。
「大人しいのならそれに越したことはないわね。看守の方の負担が減るもの」
「しかし、そのせいか食事を取っていないらしい。罪人とはいえ、さすがにそれでは困ると国王も困ってはいるそうだ」
「確かにそれはよろしくないわね。今度、エンドハイト様に顔を出しておくべきかしら」
「なぜお前がそこまでする? 放って置けばいい」
「私の顔を見たら腹立たしくなって元気になるかと思うの。だからお父様、近いうちに国王陛下にそのように伝えてくれる?」
「……まぁ、伝えるだけなら構わんが」
フレクの心情を思えばおそらく娘と会わせるのは反対だろう。けれどエンドハイトは今や牢獄生活を送っている。檻に隔てられた状態なら危険はないと判断したのか、そのように返事をしてくれた。
リリエルの聴取にゴブリン達の徴税、そしてエンドハイトの様子の確認と、やらなければならないことが多々ある。そして学院にも通わなければならない。忙しくなるわね、と理解しつつもヴィーチェはやる気に満ちていた。
「お話は以上かしら?」
「いや、もうひとつ伝えねばならないことがある。キャンルーズ家のことだ」
キャンルーズ男爵家。それはリリエルが人間に化けて暮らしていた際に養子となった家である。男爵家がリリエルの正体を知っていたか、または知らずに魔法でそのように従わされていたかでキャンルーズ家を罰するか否かが決まる。
リリエルがどのような魔法を使えるかはまだわからない。しかし本人の口から魅了魔法が扱えることを耳にしていたので、似た系統の精神に干渉するような洗脳魔法を使用していた可能性もあるとのこと。
「キャンルーズ家にも聴取をしたのね」
「あぁ。ヴィーチェほどではないがリリエルの魔力の量はかなりあるので、キャンルーズ夫妻はリリエルから洗脳魔法を受け続けていたと王家は推測している。長期間も洗脳魔法をかけるなんて末恐ろしいものだ……」
「リラ様の話ではゴブリンに魔力が宿るのは稀だそうよ。それなのに魔力量も豊富だなんてリリエル様は素晴らしい才能をお持ちなのね」
「お前の命を狙っていた娘によくそのような賞賛を向けられるな……」
「だってリリエル様のことを恐ろしいと思わなかったんだもの」
「つまりそれは……いや、いい。お前がそれでいいのなら私は何も言わん」
何か言いかけた父だが、すぐに首を振ってそれ以上言うことはなかった。途中で言葉を噤まれる方が気になるものだが、父が何も言わないというのならヴィーチェも気にしないようにする。
「話を戻すが、洗脳魔法を受けていたためキャンルーズ家は被害者ということになり、お咎めはない……はずだったのだが……」
はぁ、とフレクは軽く溜め息をつく。どうやらまだ何かあるようでヴィーチェは耳を傾けるのだった。




