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公爵令嬢はゴブリンの住む村にて目覚める

「うぅー……」


 後頭部に感じるひんやりとしたもの。それが心地良く思いながらも頭上で何やら話し声が聞こえた令嬢はうっすらと目を開いた。

 固い地面に敷かれた布の上に寝ていた少女は厚めの布が自身にかけられたことに気づく。同時に愛しの旦那様……になる予定の人が視界に入った。


「リラ……様?」

「! ヴィーチェ! 大丈夫かお前っ!?」


 ヴィーチェが目覚めたことに気づいてくれたゴブリンのリラが彼女を覗き込むように目を合わせる。一瞬、ヴィーチェは何が大丈夫なのかと考えたが、後頭部に僅かながら痛みが走ると、彼女は自分が頭を打ったことを思い出した。


「頭、痛い」

「そりゃあ頭を打ったんだから当然だろっ。他におかしな所はないかっ?」

「……胸が」

「胸かっ!?」

「リラ様が格好良すぎて胸がドキドキするの」


 胸に手を当てながらポッと頬を染めるヴィーチェ。その言動を見たリラはというと、焦燥するような表情が一気に冷めたものに変わった。


「……元気そうだな」

「えぇ、ヴィーは元気よっ!」


 身体を横たわったまま、グッと拳を作って元気をアピールするヴィーチェにリラは盛大な溜め息を吐き出した。


「ほむほむ。目覚めたかい、人の子よ」

「?」

「村の長老である大婆だ。頭をぶつけたお前を診てくれたんだから礼くらい言え」


 長老という言葉を聞いてお偉いさんだ! と判断したヴィーチェはすぐさま飛び起きる。リラが「お、おい、いきなり起き上がるなっ」と注意をするも、彼女はワンピースの裾を摘み上げ、令嬢としての挨拶を彼女に向けた。


「診ていただきありがとうございます。リラ様の妻になる予定のヴィーチェ・ファムリアントです」

「待て」

「ホッホッホ。リラの嫁さんかい。面白い人の子を拾ったものだねぇ、リラ」

「本気にするな大婆。こいつが勝手に言ってるだけだ」


 溜め息混じりに否定するリラだったが、ヴィーチェは彼の言葉よりも今自分がどこにいるのかと辺りをキョロキョロと見回した。

 石造りのお家。自分の部屋よりも狭くて質素なその空間はヴィーチェの知らない場所ということは確かである。そういえば、とヴィーチェはリラの言った言葉を思い出した。


「村……って、ことはここはリラ様の村なの?」

「あぁ……そうだな」


 リラの返事を聞くとヴィーチェは宝石のように目を輝かせた。ヴィーチェがかつて行きたいと言ったリラの村。事故とはいえ、彼の村へと運ばれた事実にヴィーチェのテンションは上がっていく。


「リラ様の村! リラ様のご家族にご挨拶しなくちゃ!」

「待てっ!」


 バッと外へ出ようと駆け出したヴィーチェだったが、慌てた声を上げるリラによって首根っこを掴まれてしまう。


「少しは安静にしろ!」

「だってリラ様の村よ! 未来の妻としてご家族に顔を合わせるのは当然のことなんだもの!」

「しなくていい! というか、俺の家族はもういない!」

「!」


 家族がいないと聞いてしまったヴィーチェは驚いた顔で固まった。幼いながらもデリケートな内容だと理解したから。


「だったら早くリラ様と結婚して家族にならなくちゃ! ヴィーと新しい家族になりましょ!」

「なんでそうぶっ飛んだ思考になるんだお前は……」

「どうやら今日初めて会ったような間柄じゃないようだねぇ。リラよ、その人の子は捨て子かい?」


 大婆と呼ばれた老婆が尋ねた。するとリラは少し言いづらそうに「いや……」と口にする。捨て子じゃないと何かまずいのか、そうではないのか、子供のヴィーチェにはわからなかった。


「身なりからして貴族の娘、だと思う。悪い、この場所を知られないように帰す」

「人の子を使った密偵じゃないと言い切れるのかい?」


 穏やかな口調ながらも言葉の内容はどこか冷たかった。リラは冷や汗を流していたが、ヴィーチェにはその意味までわからず疑問符を浮かべるだけ。


「……見ての通り、こいつはなぜか俺に気があるし、どこか頭もおかしい。それにただの子供だ。器用なことができるわけない。もし、こいつがこの村の存在を他者に教え、被害を受けるようなことがあれば俺がしっかりと責任を果たす」

「……ふふっ。ホッホッホ!」

「?」


 少し張りつめた空気だったはずなのにそれを破ったのはその空気を作った張本人である大婆であった。突然変わる彼女の態度にリラは困惑の表情をする。


「久々に長老らしいことを言ってみただけじゃよ。本気ではないから安心しんさい」

「……は?」

「伊達に歳を食っておらん。他者の嘘や誠を見定めるくらいはできとるよ」

「……」

「それじゃあ、ヴィーがリラ様の妻になるって話信じてくれるの!?」

「少なくとも今のお前さんは本気だということはヒシヒシと伝わるねぇ」


 家族や使用人はリラの妻になるどころかゴブリンの話すら信じてくれないのでヴィーチェはパァッと歓喜し、リラの顔を見て誇らしげに笑った。


「いや、だから俺は認めてないって言ってるだろ」

「えぇ! ヴィーが大人になるまでの我慢よねっ。立派なレディーになるわ!」

「いい加減都合のいい解釈はやめてくれ」


 怪我人とは思えないヴィーチェの復活はいつの間にか通常運転できるまでになっていた。そんな少女にリラはアンニュイな大息を吐き捨てたのだが、ヴィーチェにしてみれば「リラ様の溜め息をつくお顔も格好いい!」と声を上げて見つめるばかり。


 その後も大婆宅で休むヴィーチェだったが、リラが「そろそろ帰るぞ」と声をかけたので弾んだ声で答えた。


「リラ様のお家にっ!?」

「お前の家だろうが」


 ちぇーと唇を尖らせるヴィーチェ。すると急に身体が浮いた。リラによって片手で腹部をすくうように脇で抱えられる。


「リラ様のお家行きたい~!」

「また今度連れてってもらいんさい」

「ほんとっ!?」

「大婆っ!」

「リラ様、今度絶対に連れてって!」

「……そのうちな」


 はぁ、と呟くリラの言葉にヴィーチェはニコニコしながらそれを信じた。そして大婆に手を振ってさよならを告げた彼女はリラに抱えられたまま大婆の家を出た━━が、そこには村のゴブリン達が集まっていた。

 リラに抱かれた状態で出てきたヴィーチェに村の者はワッ! と騒ぎ出す。

 本当に人間の子供だ。肌が白いね。初めて見たが弱そうだな。綺麗な髪と服だわ。と、ヴィーチェを目の当たりにしたゴブリン達が次々と声を上げる。さすがのヴィーチェも圧倒された。


「! ゴブリンがいっぱい!」

「ゴブリンの村だからな。人間なんて一人もいやしない」

「それじゃあ、ヴィーが初めてゴブリン村に住む人間になるのね!」

「なんでうちの村に住む気満々なんだお前は」

「夫婦になったら一緒に住むじゃない?」

「夫婦にならねぇって言ってるだろ」

「今は、よね」


 わかってるわよ! と、言わんばかりにふふふと笑うヴィーチェ。リラの否定も拒絶も今はただの照れ隠しなのだと信じて。

 するとそんな二人の元に見覚えのあるゴブリンが会話に入ってきた。


「よぉ、相変わらずだな。おチヴィーチェ」

「アロン! ヴィーチェだって言ってるでしょ!」


 リラに抱えられたまま手足をジタバタさせて文句を言うヴィーチェにアロンは面白がるように笑う。


「あっひひひっ! 人間の子供がゴブリンに囲まれてもビビるどころかいつも通りかよ! ほんと肝が据わってるのか、それともよくわかってねーのかわかんねーな。なぁ、リラ!」

「……こいつはそういう奴なんだろ。それより俺はこいつ送らなきゃならないからお前の相手してる暇はない。日暮れまでに戻しておかないと面倒事になるからな」

「そりゃ残念。でもお前の帰りをみんなで待ってるからな。みんな詳しい話を聞きたいみたいだからよ」

「……」


 アロンの言葉を聞いたリラは面倒臭げな顔を見せ、何も答えることないままヴィーチェを連れて村を出ようと歩を進めた。


「また来いよ、おチヴィーチェ!」

「ヴィーチェ!」


 笑顔でヴィーチェに手を振るアロンにヴィーチェは名を訂正しながら、あかんべーと下瞼を指で押し下げた。






「アロンってば本当に失礼だわ! 名前をいっつも間違えるんだものっ」


 森の中を疾走するリラに抱えられながらヴィーチェはぷりぷりと怒っていた。どうして名前を間違えるの? 物覚えが悪いのかしら! と愚痴をこぼす。


「あいつは気に入った奴をからかうのが好きだからな……」


 一応は友人であるため、リラはアロンを擁護しているようだった。そんな彼をジッと見つめるヴィーチェにリラは「なんだよ……」と尋ねる。


「友達を守るリラ様も素敵だわ!」

「頭打っても何も変わらないなお前は」


 リラが少しずつ減速する。気づけば森の入り口付近へと辿り着き、彼が足を止めるとすぐにヴィーチェを下ろした。


「いいか、ヴィーチェ。村のことは絶対に誰にも話すなよ。場所も教えるな。わかったな?」

「わかったわ。教えたらリラ様の妻の座を狙う人が集まってくるものね!」

「違う」


 違うことなんてないわ。そう口にしようとしたが、リラが「早く帰れよ」と告げて森の中へと帰ってしまった。

 魔物の森の入口にぽつんと残されたヴィーチェは「リラ様ったら自分の魅力を理解してないのね!」と思いながら自分の屋敷へと歩き出し、帰路についた。



 ◆◆◆◆◆



「お嬢様、本日はどこにお隠れになっていたのですか?」


 疲労の色に染まった侍女のアグリーがヴィーチェの湯浴みの手伝いをしながら尋ねる。今日も今日とてファムリアントの屋敷では令嬢探しで使用人があちこち走り回っていたのだ。

 結局、いつの間にか部屋に戻ったヴィーチェを発見したことで本日の盛大なかくれんぼは閉幕したのだが。


「リラ様に会ってきたわ!」

「……そうですか」


 やっぱりと思わずにはいられなかった。そして始まるヴィーチェのイマジナリーフレンドであるリラ様の話が。

 リラ様は今日も格好良かった。リラ様はお友達思いなの。と語る語る。


「それでリラ様はちゃんとお茶会に行ってお友達を作りなさいって言ってたからヴィーお友達作り頑張るわ!」

「! そうです、ヴィーチェお嬢様っ! 人間のご友人も必要です!」


 ゴブリンの話ばかりしかしないヴィーチェがようやくまともな現実的な話を始めたのでアグリーは感動しながら頷いた。心の中でイマジナリーフレンドのリラ様ありがとうございます! とお礼を言う。

 ヴィーチェも友人作りに前向きなようでこれほどまで嬉しいことはそうそうない。もはやビッグニュースであった。後ほど当主のフレクにこの良い知らせをしたら彼は泣きながら喜ぶだろう。


「リラ様のお話を沢山聞いてくれる子とお友達になりたいわ」

「お嬢様っ、リラ様のお話はお控えくださ━━あれ? ヴィーチェお嬢様、この辺りぷくっと膨らんでるような……」


 髪を洗っている最中、アグリーは問題発言する彼女を諫めようとしたが、ヴィーチェの後頭部にある瘤に触れると、その存在に気づき諫言を途中で止める。


「あ。そういえば頭をぶつけたの」

「えっ!?」

「それで寝ちゃったみたいでリラ様に心配かけちゃったわ」

「お、お嬢様っ! そういうことは早く仰ってください!」


 そう告げるとアグリーは大急ぎで「旦那様~~!!」とフレクの元へ駆け出して報告すると、フレクはすぐに医者を呼びつけヴィーチェの瘤を診てもらうというバタバタした夜となってしまった。


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