表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/169

婚約破棄された公爵令嬢と招かれざるゴブリン

「ヴィーチェ・ファムリアント! 貴様のほら吹き話及び妄想癖にはもううんざりだ! 今宵貴様との婚約は解消し、私は新たにリリエル・キャンルーズを婚約者とする!」


 国の王子エンドハイト・オーブモルゲが自身の誕生日というめでたいパーティーの場で一大事件ともなる発言を口にする。

 声を大にしたことで会場に集まった者の視線は一気に王子と傍らに立つ娘、そして向かいに立つ娘へと向けられた。

 集まった貴族達はどよめくものの、一部の者はこうなることを予測していたし、王子には婚約破棄する予兆があったことも知っていた。


 エンドハイト王子は婚約者である金糸雀色の髪のヴィーチェ・ファムリアント公爵令嬢に構うことなく、リリエル・キャンルーズ男爵令嬢に現を抜かしていることは貴族の間でも有名である。

 婚約者そっちのけで二人きりで出かけることなんて日常茶飯事であり、王子の心はすでに男爵令嬢へと向けられていることは誰の目から見ても明らかであった。


 そもそもエンドハイトとヴィーチェが婚約したのも幼少期の王子がヴィーチェの作り話に興味を抱き、面白いという好奇心で婚約を結んだ。そんな簡単な理由でいいのかはわからない。

 しかし十七歳になった現在もその作り話……いや、虚言癖は治ることなく、王子は鬱陶しささえ感じていた。そんな彼の前に現れたのが素直で愛らしいリリエル・キャンルーズ。互いに惹かれ合い今に至るのだろう。


 王子の隣に立つリリエルとは違い、婚約破棄を突きつけられたヴィーチェは俯きその表情が見えないものの、王子に捨てられ貴族達からは哀れみや嘲笑の視線を向けられている。そんな辱めを受けているのだから平気なはずがない。

 そう信じてようやくこの時が来たと胸が高鳴る青年は息を飲んだ。今こそ僕が彼女を救おうと言わんばかりに一歩前に出たその瞬間、二階のバルコニーの窓が大きく音を立てて割れた。

 いや、割れたというより突き破られたという方が正しいだろう。劈くような女性の悲鳴とともにそれは王子とヴィーチェの間を阻もうと会場のど真ん中に現れた。


 緑色の体色、灰色の髪、尖った耳、大きな口と合間に見える尖った歯。全て人間とは思えないそれはおぞましくも醜い魔物、ゴブリンであった。

 その身の丈二メートル近く。下半身に纏う布切れ以外晒される肉体は筋肉で引き締まっており、そこらの騎士団よりも立派なもの。細身の貴族では相手にすらならないと一目見て理解するほど、ゴブリンの中でも強敵だと言えるだろう。


「いやあああああっ!!」

「ま、魔物っ! 誰か助けてっ!!」

「なぜ城の中にゴブリンが! へ、兵を呼べ!!」


 逃げ惑う貴族。助けを乞う貴族。会場は騒然としていた。青年も足が竦む。しかしゴブリンは動かない。なぜか公爵令嬢を背にし、目の前にいる一国の王子を睨むだけ。


 記念すべき王子の誕生日パーティーだというのにまさかのゴブリンの侵入。どうやらエンドハイトも間近で睨まれたことに少し怯んだのか、大きく息を飲む様子が窺える。それでも新しい婚約者として認めた青ざめる男爵令嬢を守るように後ろへ下がらせた。

 城の警備は万全のはずだというのにどうやってここまで来たのか? 目的は何なのか? 誰もがそんな疑問を浮かぶであろう中、招かれざる客は口を開いた。


「お前、この娘を捨てるなら俺が貰おう」

「!」

「な、え、はあっ!?」


 その言葉に悲劇の娘、ヴィーチェは信じられないという顔をする。王子も同じ反応と間抜けな声を出したのも束の間、ゴブリンは自身の後ろに立つ娘こと婚約破棄されたヴィーチェ公爵令嬢の手を引くと、そのまま横抱きにし驚くべき跳躍力で侵入した二階のバルコニーから逃げ出した。


「きゃああああーーっ!!」


 ゴブリンに攫われたヴィーチェの悲鳴が会場に残された。あまりにも一瞬の出来事にその場にいた者達は呆然と立ち尽くす。

 しばらくしてから会場はざわついた。なんということか。公爵家の令嬢がゴブリンに攫われてしまうとは。城の警備は何をやっているんだ。

 混乱と恐怖の混ざった声が上がり、すぐさまゴブリンを追うため国の騎士団が動き出す。

 城に魔物の侵入を許し、さらに公爵令嬢も誘拐されるなんて国としても大きな失態なのだから。

 もしかしたらヴィーチェはもう助からない。帰ってこないと思われる中、最後に聞いたヴィーチェの恐怖する悲鳴は多くの貴族達の記憶に強く残っただろう。


「ああっ……そんな……! ヴィーチェ……!」


 婚約破棄された彼女を助けようとしていた青年は、あまりにも信じられない出来事に震えた膝が崩れ、絶望して床にへたりこんでしまった。




 ◆◆◆◆◆




「きゃああああっ!! リラ様素敵っ!! かっこいい!! 好きっ!! 愛してます!!」

「……頼むから耳元で騒ぐな」


 城の会場からヴィーチェを抱えて遠くまで走るリラと呼ばれるゴブリンは興奮する令嬢に頭痛を覚えた。


 ━━あぁ、どうしてこんなことになってしまったのか。本当ならばこんな目立つことはしたくなかったのに。


 心の中で溜め息を吐き捨てるゴブリンはヴィーチェ・ファムリアントと出会ったことが全ての始まりだと諦めるしかなかった。


 これはゴブリンに一目惚れをした公爵令嬢とその令嬢に好意を振りまかれるボスゴブリンの話である。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ