4 メリッサ侍女長、皿を割るっ
モゼリーの悪役令嬢作戦、その一は、大量の皿を気に入らないことがあるたびに割っていく、というものである。
ちなみにこれは、『月の乙女』の悪役令嬢がヒロインの言動に苛つく度に起こした癇癪であった。
つまり、丸パクリである。
「モゼリー姫殿下、大量の皿をご所望とのことで、お持ちいたしました。……お前達はお下がりなさい」
確か、侍女長として紹介されたメリッサという、いかにも仕事が出来そうな女性が無表情で後ろに控える侍女達に声をかけた。
「あ、あの侍女達にもいてほしいのよ」
「何故でしょう?皿を運び終えたので用はないはずですが」
ーー証人が欲しいからです
とは、モゼリーは言えなかった。
単純にメリッサ侍女長のキリッとした目線が怖かったからである。
恐らくポッと出の島国の姫が婚約者候補として城にいることすら腹立たしいのに、訳の分からない要望を出してきたので警戒されているのだろう、とモゼリーは理解した。
大体、正解である。
「あ、貴女だけ残ってくれれば結構ですわ。他はお下がりなさいな」
「畏まりました」
メリッサ侍女長の合図とともに、侍女達が一斉に部屋を出た。
だが、侍女達の背後にあった、ゆうに三千枚はありそうな大量の皿にモゼリーは度肝を抜かれることになる。
モゼリーの大量は、大体百枚ぐらいのイメージであった。
ーーガリア大国はさすが、規模が違うなぁ……
「して、この皿は何に使われるご予定でしょうか?」
気が遠くなりそうになっていたモゼリーはすぐに返答出来ずにいたが、リリーが肘をつついてくれたおかげで現実に戻ることが出来た。
「ええ。割ろうと思って」
いや、まだである。まだ、ボーっとしていた。
「割るのでございますか? 全部??」
「そうなの。こんなに沢山割らなきゃいけないなんて大変だわ」
「割りたくないのに、割るということでしょうか……」
皆さまはお忘れかもしれないが、モゼリー達、オレオ島の人間は嘘をつくのが苦手な国民性である。
すなわち、モゼリーと侍女リリーはひたすら狼狽えてしまった。
「ええと、そうでございます! 諸々の事情がありまして」
モゼリーをフォローするつもりで墓穴を掘ったのはリリーである。
「そうなの! ねぇ……一人でこんなに割るのは大変だから皆でやりましょう? 私がやったことにして」
いいことを思いついた! という用に手を打ったモゼリーは墓穴をさらに深く掘る。
所詮は、悪役令嬢もどきの普通王女である。
自分の負担が軽くなることを優先してしまった。
「畏まりました……」
メリッサ侍女長は、さすがガリア大国の王城の役職者であった。客人からの訳の分からない命令でも異論を唱えずに従ったのである。
★
パリン
「悪役令嬢って結構大変よねぇ」
パリン パリン
「そうでございますね。小説だと一行ですむことに、ものすごく労力がかかりそうです」
パリン パリン ガシャンガシャン
「あ、あの大丈夫ですか?」
モゼリー達は小声で雑談をしていた。
しかし、二人が皿を一枚も割らないうちに、いつの間にかメリッサ侍女長はどんどん皿を割っていたのである。
最初は仕方なさそうにしていたが、次第に鬼気迫る勢いになったものだから、恐れをなしたリリーが思わず声をかけたのだ。
「はぁはぁはぁ。大丈夫です。皿を割るってすごくストレス発散になりますね、知りませんでした」
「そ、そういうものかしら」
リリーが引き笑いで何も答えないので、モゼリーは仕方なく相槌を打った。
「はい。清々しい気持ちになります。あの、失礼ですが、声を出してもよろしいでしょうか」
「か、構わなくてよ。好きになさって」
「では、失礼して」
「あんのぉぉぉ泥棒猫!!! 人の婚約者を寝取った上に今までお疲れさまでした♡だと!? ふざけやがってっ」
ガシャガシャガシャン
「結婚間近で乗り換えたテメェーも最低だ! ミジンコ野郎!!!」
ガチャガチャドシャーーン
約三千枚はあったはずの、大量の皿は半数以上が床の上で木っ端微塵となっていた。
平和なオレオ島で育ったモゼリーとリリーは手を取り合い、異様な光景に震えることしか出来なかった。
「モゼリー姫殿下、それとリリーと言ったかしら? お二人にお願いがございます」
はぁはぁ、と肩で息をしながら振り返ったメリッサ侍女長は、額に汗をしながらもニッコリと微笑みを浮かべていた。
ーーモゼリーとリリーは蛇に睨まれた、しがないカエルである。
「今日の私の言動についてはーー」
「元はと言えば私が命じたことですもの! 私が皿を割ったことにして大丈夫ですわ!」
モゼリー自身もメリッサ侍女長の声が外に聞こえているような気がするし、本当に大丈夫なのかは分からないが、食い気味に答える。
ーー身を守るための防衛本能である。
「ありがとうございます。では、残りの皿なのですが……。よろしければ、私の様にストレス発散したい者にやらせてあげてもよろしいでしょうか?」
「モゼリー姫がやったと言いふらすなら、よろしくてよ」
それには答えず、ウフフと悪い笑みを浮かべたメリッサ侍女長は見事なカテーシーを披露してから、掃除のための下女を呼ぶと言って退出していった。
「中々、強烈な方でございましたね。姫様」
「本当にね。ガリア大国恐るべしだわ」
これからを思い、戦々恐々とするモゼリー達は知らない。
付き物が落ちた様に、スッキリしたメリッサ侍女長の笑顔に、騎士団長がコロッとやられて熱烈なアプローチが始まることを。
やがて絆されたメリッサ侍女長と騎士団長の盛大な結婚式に、モゼリーが失恋の恩人という、なんとも言えない名目で招待されるのはまだ先のお話し。
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