組み立てられないロボットプラモ
僕みたいにプラモデルが趣味の男子小学生にとって、クラスメートの高志君は羨ましい存在だった。
高志君は根気強くて手先も器用だから、接着剤を用いた合わせ目消しやスジ彫り、それにウェザリングや墨入れも本当に丁寧なんだ。
同じプラモ好きでも、素組みしたキットに模型用マーカーで軽く墨入れするのが精一杯の僕とは大違いだよ。
だけど何より羨ましいのは、高志君が模型制作に注ぎ込める豊富な資金力だね。
何しろ高志君は小野寺教育出版の社長令息だから、サラリーマン家庭の僕達よりも沢山お小遣いを貰えるんだ。
庭にはプレハブ小屋を改造した模型工房だってあるし、発売日ともなれば新作のプラモデルを全種類まとめ買いする程だよ。
特にロボットアニメの「機甲戦団レギオン」シリーズのプラモデルなんかは、通販限定版やコラボ商品まで買い集めているみたい。
「さすがに全部は組みきれないから、何割かは積みプラになっちゃっているね。庭の模型工房に保管しているんだけど、ちょっとした模型店の店頭在庫位はあるんじゃないかな?」
こんな具合に自慢交じりの悩みを聞かされるのも、日常茶飯事なんだ。
そんな高志君だけど、ここ最近は少し様子が変わってきたんだ。
妙にソワソワと落ち着きがないし、寝不足と食欲不振のせいか窶れてきているし。
模型製作に関しては相変わらずだけど、楽しんでいるというよりは必死で没頭しているという感じなんだ。
「高志君、大丈夫なの?僕で良かったら力になるよ。」
「そうかい?それは助かるよ、田辺君。だったら放課後に僕ん家へ寄って、相談に乗ってよ。御土産も用意するからさ!」
随分と急な話だったけど、この日は塾も習い事も入ってなかったし、窶れた友達の姿が余りにも気の毒だったから、高志君の家にお邪魔する事にしたんだ。
御土産というのも、何だか気になるしね。
応接間のソファーへ腰を下ろした僕に、いきなり高志君は紙袋を差し出してきたんだ。
「御土産だよ、高志君。」
「えっ、これは!」
クラスメートに促されるようにしてデパートの紙袋を覗き込んだ僕は、思わず大声をあげちゃったんだ。
満足感充分な厚みの紙箱は、「機甲戦団レギオン」シリーズに登場するメタルトルーパーを1/144スケールで再現した、フルアクションプラモデルのハイパーグレードシリーズに他ならなかったんだ。
「機動要塞守備隊用の宇宙型リンクス。しかもショルダーキャノン装備って、誌上通販限定じゃなかった?」
「欲しかったんだろ、田辺君?遠慮なく持ってけって。」
こんな限定品のプラモデルを、惜しげもなく御土産に包んでくれるなんて。
幾ら高志君がお金持ちでも、気前が良過ぎるよ。
これはきっと何かあるな。
「その代わり、受け取った以上は必ず組み立てろよな。組み立てずに積んだり、ネットオークションで転売したり…そんな真似だけは、絶対にするんじゃないぞ!」
ほんの少し前までは自分が積みプラをしていたってのに、高志君ったら随分と念を押してくるね。
幾ら鈍い僕でも、薄々勘付いてきたよ。
「分かった!分かったよ、高志君。それにしても、凄い剣幕だね。もしかして、僕に相談したい事と関わりがあるんでしょ?」
「ああ、これは悪かったな。お察しの通りなんだよ、田辺君。正直言って、自分でも信じられないんだけどさ…」
どうにか落ち着きを取り戻すと、高志君は淡々と語り始めたんだ。
社長令息としての豊富な資金力でハイパーグレードシリーズを買い集めていた高志君だけど、ここ最近は買ったプラモデルの大半を開封もせずに積んじゃっていたんだ。
「有名ブランドとのコラボキットや誌上通販限定品なんか、箱絵を眺めただけで積んじゃってるよ。買って手元に置いただけで満足しちゃうんだよな。」
当時の自分を振り返りながら、高志君は軽く苦笑いを浮かべていた。
購入するキットの数が組み立てるペースを追い越したら、そうなっちゃうのかな。
少ないお小遣いを遣り繰りしながらプラモデルを買っている僕からしたら、羨ましい限りだよ。
だけど、工房の倉庫が模型店のバックヤードみたいになってきた辺りから、高志君の周囲で奇妙な出来事が頻発するようになってきたんだ。
「動かした覚えもないのに、飾っていたプラモのポーズが変わっているんだよ。こないだなんか、朝見た時には仁王立ちだったはずの初代ガンボイが、学校から帰ったらファイナルシューティングのポーズになっていたんだ。」
部屋にあるプラモデルはショーケースに飾られていて、その鍵は高志君だけが持っているから、お家の人が勝手に触ったとは考えられないんだ。
やがて高志君の家の中で、奇妙な物音が聞こえるようになったらしい。
オカルト用語でいうと、ラップ音になるのかな。
何かの機械が作動する時のような無機質な音や、機銃掃射みたいな銃声とか。
巨人が大地を踏み締めるような重量感に満ちた足音も、頻繁に聞こえたんだって。
「よくよく聞いてみれば、それは『機甲戦団レギオン』のSEだったんだ。メタルトルーパーの足音とか、モノアイの駆動音とか。その時は、『アニメを見た時の余韻が響いているんだ。』って、無理矢理に納得させていたんだけどね。」
それらの怪現象の中でも特に堪えたのが、就寝中に体感する金縛りだったんだ。
「夜中にフッと目が覚めても、身体が動かせない。瞼だって開けられないんだ。それに戸惑っていると、今度は強烈な圧迫感が迫ってくるんだよ。まるで重たくて平べったい物で、ジワジワと上から押し潰されるみたいな感覚なんだ。」
当然だけど、そんな日の目覚めの気分は爽快感から程遠い物だった。
本来なら心身共にリラックス出来るはずの就寝時に休めないのだから、高志君が消耗していくのも無理もなかったね。
−このまま金縛りに苦しめられていては、流石に身が保たない。
そう一念発起した高志君は、金縛りの最中に精神力を振り絞って両目を見開いたんだ。
「あの圧迫感の正体を見極めようと思ってね。だけど、あれを見た時には驚かされたよ。」
両目をカッと見開いた高志君が目にしたのは、自分の身体目掛けて上から迫ってくる、巨大な赤い四角形の物体だったんだ。
「落ちてくるというより、踏みつけてくるといった方が感覚的には近いかな。その時に気付いたんだよ。『これは何かの足の裏だ。』って。」
無機質な赤い足裏に刻まれた複雑な溝や、踵の辺りに丸く設けられたダークグレーのブースター。
それらの特徴は、「機甲戦団レギオン」の主役ロボットであるメタルトルーパー・ガンボイの足裏を示す物だったんだ。
「声にならない声で、必死に叫んだよ。『どうしてガンボイが、僕を踏み潰すんだ!?』ってね。」
その心の叫びが通じたのか、押し潰さんとばかりに迫ったガンボイの足裏は蜃気楼みたいに雲散霧消し、高志君の身体も金縛りから解放されたんだ。
「また眠ると悪夢を見そうで怖いから、部屋の明かりを付けたんだ。そうしたら…ショーケースに飾ってあったプラモのポーズが変わっていたんだよ!僕に銃口を向ける姿勢に!」
ビームライフルにマシンガン、それにミサイルランチャー。
そうした射撃系装備の照準は、全て高志君の額に合わせられていたんだって。
−この一連の怪現象は、買っても組み立てて貰えない積みプラ達が起こした抗議活動なのかも知れない。
そう考えた高志君は、京都の神社へ養女に出された親戚のお姉さんに相談したんだって。
「いとこの美里亜御姉様は商売柄、オカルト現象に詳しいからね。何と言っても、次期大巫女だから。」
普段より窶れてはいたけれど、身内の自慢をする時の高志君は生き生きとしていたんだ。
恐ろしい目に遭ったというのに、自慢好きな性格は相変わらずだね。
−積みプラ達の無念は、組み立てる事で解消されるでしょう。全てのキットを一気に組み立てるのは無理だとしても、少しずつでも良いから組み立てて誠意を示す事が大切ですね。
親戚のお姉さんがくれたアドバイスは、至ってシンプルな物だったんだ。
「それで少しでも積みプラを崩そうとして、このキットを田辺君にプレゼントしたって訳だよ。くれぐれも、ちゃんと組み立ててよ。」
「わ…分かったよ、高志君…」
執拗に念押ししてくる高志君に辟易して視線を下に落とした僕だけど、その次の瞬間には軽く後悔してしまったんだ。
箱に描かれた宇宙型リンクスのモノアイと、しっかり目が合ってしまったからね。
無機質なモノアイのはずなのに、その時は何故か、「ちゃんと組み立ててくれよ。」と訴えているように見えたんだ。