彼女は一人
……人間誰しも、本当の孤独になった事なんてほとんどない。誰しも、ちょっとした知り合いはいるし。誰しも、きっと親のような存在がいる。それらの存在がいるって事は、きっと孤独じゃないという事なのだ。……まあ、僕にもそういう存在がいるにはいるのだ……けど。それでも僕の心は、孤独だった。冷たくて、冷たくて、どうにかなってしまいそうだった。
……だから、死のうと思ったんだ。
あの日……屋上で。自らの人生に幕を閉じようと思っていたんだ。誰にも見つかるわけがないと思ってた。だって、今まで僕の事を見つけてくれた人なんて殆ど存在しなかったから。僕は、生きているようで死んでいた。抜け殻のような人間だった。死ぬのも怖くなかった、だから死のうと思った。
……けど、あの少女が救ってくれた。
柊「馬鹿!あなた、こんなところで何をしようとしてるのよ!!!」
そう叫んで、彼女は無理やり僕の自殺を止めてくれた。それから、僕は思った。
こんなとてつもない広い世界で、彼女は僕の事を見つけてくれた。見つけて、僕の命を救ってくれた。僕の目に、光を与えてくれた。……もうそれはつまり、僕の命は彼女の物なのだ。だから、僕はこれからも彼女の為に生き続ける。所謂……ヤンデレとして。彼女の一番になる為に奮闘する。それが、それこそが……僕に残された、生きる意味だから……。
□□□里紗穂視点
柊「……はぁ」
朝、学校の通学路で私は大きなため息を吐いた。
希「どうかした??なんか憂鬱な事でもあったの??」
柊「いったい誰のせいだと思っているのよ……。アンタが毎日のように私に引っ付いてくるから学校中で噂になっているのよ。お陰で……色々とめんどくさい事にあってるし」
希「色々とめんどくさい事??……はて、僕以上にめんどくさい奴がいたのかい???」
柊「……めんどくさいという自覚がアンタにあった事が一番の驚きだわ」
てっきりヤンデレだから無自覚でやっているのかと思っていた。
希「そりゃーね。リホちゃんの嫌そうな顔を毎度毎度見てるんだもん!自覚を持たない方がおかしいってもんだよ!」
柊「誰のせいで私が毎度嫌そうな顔をしてると思ってるのよ……全くもう」
そうして、また大きなため息を吐く。
……最近、コイツと関わってからというもの、よくため息を吐く事が多くなった。コイツの発する言葉の一文一句が、呆れる程に面倒だからだ。だから、よく聞き流そうとしてみるのだが……。
希「ねぇ、今聞いてなかったでしょ?」
と、まるで心でも読まれているかのようにすぐに見破られてしまうのだ。というか、コイツは一方的に私だけに会話をしてくるので、嫌でも耳にコイツの言葉が届いてしまう。……だから、たとえ無視をしようとしても内容がしっかりと頭に通るので、わかってしまう。
柊「……ちゃんと聞いてたよ」
希「……そう。じゃあ念の為もう一回言うけどさ。めんどくさい事??……ってどんな事が起きたの??」
柊「別に、なんだっていいでしょ……貴方が気にする事じゃないんだから」
希「……そうか」
私がそう冷たくすると、そいつはなんだか悲しそうに俯いた。全く、今まで散々冷たくしてきたというのに、今更残念がる必要なんかないだろうに……。
柊「……それで?いつになったらあなたは私に愛想を尽かすの?」
希「永遠に消える事は無いよ」
柊「嘘ね」
希「嘘じゃないよ、全くリホちゃんはいつも僕に疑い深いなぁ……。もしかして、過去に好きな人がいて、その人に振られちゃったりしたのかな??」
軽い気持ちのつもりで、彼はそう言葉を口にした。私は顔を俯かせて、眉を細めながら……。
柊「……聞かないでよ、そういうの」
と、ボソッと小さな声で呟いた。
希「……嘘。その反応からするに、君に彼氏がいたって事なの……??」
「……早く、コロさねば」
柊「ちょっ!待ってよ落ち着いて!いなかったから、そんな存在これっぽっちもいなかったから!全然そんなのいなかったから!」
希「……本当なの?」
柊「本当よ。まず普通に考えて、本当にそういう存在が居たなら噂にくらいなってるでしょ。私に、彼氏という存在を隠しながら学校生活を送れるとでも思ってるの?」
希「うん、思ってる」
柊「……アンタ、正直よね……」
希「君は案外嘘をつくのが得意だからね、それで実際何度か騙された事もあるしね……。だからと言って、君への想いが薄れたわけじゃないんだけどさー」
そんな、嬉しくない報告をされる。
そいつのその言葉に、私はまた呆れてしまって……。また、大きなため息を吐いてしまうのだった。
□□□
……そうして、それから十分程度時間をかけて私たちは学校に辿り着いた。因みに、周りからはそこそこ見られている。……まぁ、慣れてしまったのだけどね。そうして私が自分の靴箱の扉を開けると……。上履きの中に、ある物が乗っかっていた。私は、それを見てしばらくの間唖然としながら……。
またこれか……と、そう思った。
希「……どうかしたの?」
すると、いつの間にか希は私の近くに来ていた。私は、平然を装いつつその物体を彼女に見えないように取り除き、そのまま上履きを取り出して靴をしまった。
柊「いや、なんでもないよ。……というか、当たり前のようにベタベタと近づかないでくれないか?」
希「そんなのいつもの事じゃんか。というか、もうこれに慣れて来たりしてるでしょ??」
柊「……それはまぁ、そうだけど……。はぁ……まぁ、いいや。……とりあえず教室に向かうわ……」
希「なら僕も行こうっと……。どうせなら、ゆっくりと歩こうよ、そしたらもっと一緒にいられる時間が長くなるしさ!」
柊「急ぐから、私は早歩きで」
希「……もしかして、僕の事嫌いだったりする……?」
柊「ヘラないでよ。……別に、あなたの事が嫌いってわけじゃないから」
希「よかった!なら、ゆっくりと共に教室へ向かおう!」
柊「いや早歩きで行くけど?それに元々クラスが違うしね」
希「やっぱ僕の事嫌いだよね!?」
そんな彼女の叫びも虚しく、私はその声を無視しながら自分の教室へと早歩きで向かうのであった。
□□□希視点
希「あーあ、行っちゃった」
彼女の姿が見えなくなったのを確認した僕は、辺りに不審な奴がいないかどうか注意しながら、里紗穂の靴箱の前へと立った。そして、里紗穂の靴箱を確認した。だが……特に何かを発見する事はできなかった。気のせいか、とも思ったがそれはあり得ないだろう。彼女があの場でああやって唖然とするという事は、何かあった事に違いないのだ。
希「……ふむ。これでまた一つ、気になることが増えたな……」
なるほど、僕に隠す為にあえてここに証拠を残さなかったか……。
……里紗穂は、あまり自分の事を語ろうとしない。自分の中で起きた何かですらも、彼女は一人で抱え込もうとする。……きっとそういう人間なのだろう。彼女と関わってから、色々と彼女の事情に僕は気付いた。まず、里紗穂はあまり友達を作らないタイプだという事。きっと、普通の女子と性格が合わないのだろう。こういう冷たそうな性格が、女子からウケないのかもしれない。だが、前の学校で冷たく男を振った事により、それから男からも人気がないようだ。……僕は可愛いと思うのだがな、その冷たい感じも。
希「……あー、にしてもイラつくな」
僕は、無意識に口角を上げながら……。
希「僕のフィアンセに嫌がらせをしようだなんて……どういう馬の骨なんだろうね。待っていろよ……絶対に見つけ出して、お灸を添えてやるからな」
……と、彼女の靴箱の前で僕はニヤリと笑みを浮かべながらそう小さく呟いて……。そのまま自分の教室へと向かうのだった。
□□□里紗穂視点
……今朝、靴箱にはなぜか画鋲が僅かに置かれていた。何故、そんな事をされているのか、私にはなんとなく予想がついていた。
この学校は、それ程治安がいいわけじゃない。だからこそ、何か調子に乗っている奴が居ればちょっかいを掛けてくるような輩が存在しているのだ……。そして、最近学校で話題になっているのは私と本錠希。この二人が付き合っている?ぽい的な感じで有名になっている。それが気に食わないと思う奴が居たのだろう……だからこそ、靴箱に画鋲を仕込んだ。なんて昭和的で、小さい輩だろう。……けれど、確実に精神に攻撃をしてくる。
柊「……はぁ」
大きく、ため息を吐く。
きっとこれは、序章だ。ここからどんどんとヒートアップするための、その始まりに過ぎないのだろう。……これからもっと、面倒な事をされるに決まっている。そういうもんなのだ……。ま、私の精神はそんなヤワじゃない。そこら辺の女とは訳が違うのだ。簡単に言えば、天と地ほどの差がある。それくらい、私の精神は強固なのだ。ただ……面倒くさいなぁ、と……そんな事を考えながら、今日も一日が終わっていく。
これからどうなっていくのか、少しだけ見物である。
□□□
希「終わったぞ〜〜〜!!!」
柊「やかましいわね……アンタ。別にいつもの事なのに……」
希「だって学校が終わったらさ、いつまでもリホちゃんと一緒に居られるじゃん!」
柊「いられないわよ、私はこのまま帰ってあなたとサヨナラよ」
希「……えぇ〜。家に入れてよ〜!確かリホちゃんって一人暮らしでしょ?」
柊「……どうして貴方がそれを知っているのかは置いといて、一人暮らしだからって入れたりしないわよ。私は自分の部屋を誰かに見られるのは嫌いなのよ」
希「……ふ〜ん。へ〜……」
そこで何故か希は、何かを察したかのような、見破ったかのような顔をし出す。
柊「……なっなによ?」
希「いや、きっと可愛い物がたくさん置いてある、まさに女の子の部屋な感じなんだろうなと思ってね……」
柊「……さて、どうでしょうね。真実は神のみぞ知るって感じかしらね」
「……そういえばだけどさ、前々から思ってた事なんだけど。……なんで、あなた男の制服着てるの?」
ずっと疑問に思っていた。この子は女だというのに、いつもいつもこの男物の制服を着ていた。どう見ても女の子だというのに、なんでそれを着ているのだろう。
希「あーこれ?これは……お兄ちゃんのたった一つの肩身でさ。うちは貧乏だったから、これ以外に形として残る物が無くてさ……だからこれを着ているんだよ」
柊「……あ、えっと……余計な事聞いちゃったわね。ごめんなさい、そうだとは知らなくて……」
希「大丈夫!大丈夫!別にそこまで気にしてないからさ。それに、もうそれは終わった事なんだし、前の事でクヨクヨしてても仕方ないじゃん!僕は、君の前では笑顔で振る舞いたいからね!だから、僕はいつも明るい気持ちで君に会うんだよ!だって君を、心の底から愛しているからね」
柊「はぁ……ほんと、重たすぎる愛だな」
希「毎日リホちゃんの事しか頭にないからね」
柊「怖いわよ……というか、そんな一途なら過去に誰かの事を好きになったりとかしなかったの……」
希「さーて、どうだかね。過去の事とかもう忘れちゃったよ僕!」
柊「……都合の悪い時だけ忘れたフリをするのね、アンタ……」
再度、私はため息を吐いて。
柊「なんだか、このままだといつか貴方をしょうがなく家に入れそうで怖いわね……」
希「自分で言うのもなんだけどさ、気を付けといた方がいいよ。僕が里紗穂の家に入ったら確実に鍵を盗んでスペアを作るから」
柊「こ、怖すぎるでしょその行動力!絶対に貴方なんかうちに入れてやらないんだから!」
希「……きっといつか、入れたくなると思うよ?ふふっ、きっとそのうちね……」
柊「その確信したみたいな顔やめてよ。……そんな事ないわよ」
希「なら逆に、僕の家に来てみる??……割と良いところ住んでるよ?」
柊「……金持ちなの?」
希「んー……まあほんの少しだけ??」
柊「羨ましい限りね、私なんてなんの変哲もない1kだって言うのにさ……」
希「まぁ、普通に考えたら大体の人が僕らみたいな一人暮らしに憧れてる人が多いけどね。そういう人のほとんどは、家事なんて楽勝なんていう事を思うんだ」
柊「みんな、一人暮らしをした事がないからそんな事が言えるのよ。実際にやってみると、なんやかんやで色々と大変だしね」
希「まあ、色々と家事しなくちゃいけないからねぇ。今なら僕がリホちゃんの家事全部やってあげられるよ!?」
柊「悪いけど。私にとって家事は好きな事をする感覚でやってるからそれは無理よ。それに、私は一人でも生きていけるから」
希「まあ僕は無理なんだけどね!」
そうして、私は彼女のさりげない求婚を、また振った。まあでも、こんなところでこいつがめげるはずもないので、また何かしらの会話で求婚してくるであろう。全く、さっさと諦めてもらいたいものだがな。
柊「とりあえず、ここでお別れね。着いちゃったわけだし」
希「あーあ、もう君の家か……。残念だな、まだもう少し一緒にいたかったのに。それじゃあ、また明日ね!里紗穂!……また明日の朝迎えにくるから!」
と、彼女のその言葉に私は嘆息しつつもクスッと笑って。
柊「……仕方ない奴ね。ま、また明日ね」
初めて、その言葉を返したのだった。
□□□希視点
いつもなら返されるはずのないその言葉を。今日、彼女は優しい笑みを浮かべて返してくれた。僕はそれが嬉しくて、心がルンルンと弾んだ。
希「やったー!嬉し〜いなぁー!いやっふー!」
僕は嬉しい気分になりながら、自分の家への帰路を辿ったのだった。
さあ、今日も彼女の部屋を監視し続ける事にしようじゃないか。……君を、守る為に。
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