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水草生う(ミクサオウ)

作者: haiokunogaka

 ゆら、ゆら、誰も眠るところを知らない春は、今年も泳いでやって来て、空も、ふんわり温まり、池水にも春が届きだす。体を凍らせる水の中の薄膜の雪が溶けて、お地蔵の小魚の群れは泳ぎ方を思い出して動物に戻る。一匹が、おっとっと、どこへゆくのか柔らかい、まだぬるまない土に口をつけた。まだ冷たいままの土は魚の体温に驚いた。春が来た、春が来た、どこに来た、山に来た、里に来た、野にも来た。山や里や野に、蔓延はびこりだした、会ったことのない土の上の虫や草達が、楽しそうに歌う。水の中のものたちは細かなあぶくをぶく、ぶく、ひとつふたつさせた。泡はゆっくり水面みなもに向かって「上へ参ります」泡だけが泡沫うたかたとなって空を見ながらひと時、背泳ぎして進み、はかない命を終えた。

 いつのまにか土も柔らかくほころんで、最後に水葵の根も目を覚ました。水面の上の空気に育ち、花を咲かせて散らせて実をつけなかった、とある水葵の根は「また春が来た」と嫌そうにした。「今年は新しい自分を目指そう」と言って、地球の真ん中に向かって芽を出して、水面に向かって根を伸ばし始めた。ところが真っ直ぐ伸び出した芽は、鉱石にぶつかってそれ以上行けなくなった。芽が鉱石に食ってかかっても鉱石は、きらきら星のように、土のような暗黒の夜空で光るだけ。一言も言い返さない。芽が、自分の行いを反省して大人しくなったところで、芽はUを描いて水中に向かい暗い土の中を泳ぎ出した。しばらく水中に向かって泳いでいると、ゲンジボタルの幼虫警察が愛らしくやって来て笛ラムネを鳴らした。「なんだろう」と芽が思っていると、ゲンジボタルの幼虫警察は芽に「転回禁止」と言うと、芽と根を蝶々むすびにして逃げた。

 芽は嘆いて、土の中で動けず、どこにも進めず、じっとしていた。するとまだ近くにいた鉱石が芽に言った。「ゲンジボタルの幼虫は、空中ではテントウムシの幼虫でした」……芽は、そうなんだ、と言ってこれを鉱石に聞いた。「海中だったら?」

 鉱石はその秘密を芽の耳にそっと囁いて、蝶々むすびを月のような丸い光で優しく解いてくれた。芽は鉱石に別れを告げて、根は鉱石に絡まって仲良く育ち始めた。

 芽がやっと水中に目を出した。もう他の芽はすっかり水面に行ったらしい。銀の粒々みたいな小魚達は、あの芽だけ、なかなか育たないらしいと少し芽の茎を引っ張って、応援しながら持ち上げた。一方、遊んでいた根端も、思い出したように鉱石に別れを告げた。根は伸びるだけ地球の中心に向かって泳ぎ出す。芽は伸びるだけ地球から離れ空に向かって泳ぎ出す。芽が水面に顔を出した時には、真上の夜の空に浮かぶ弓張り月が、池のものを的に射りたいようにこちらを睨んでいた。

 芽は、やれ、やれ、疲れ果てて一息ついた。仲間達に遅かったな、なんて言われながら、鉱石の話を自分が太古から知っていたかのように仲間に言って聞かせた。

「海中で海鼠なまこは月の光を浴びながら十年暮らす。空中で天道虫てんとうむしは太陽の光を集めて二ヶ月暮らす。池中ちちゅうほたるは鉱石の光を蓄えて一年暮らす。三種みくさの光を持っていつか生命は空を飛び月に光を与えて蛍として尽きる。そして蛍はまた海鼠になる。そしてまた次は……生命は三つの生き物を巡り歩いて生き続けている。種が育ち種をつけて枯れるより、卵から生まれてまた生んでしぬサイクルよりも難しく複雑な、誰も考えない方向や分類の生死が地球には在るらしい。しかしひとつの生命のひとつの生死はメビウスの帯ではなく、カールコードみたいに、くるくる、ねじねじ巡りながら転がって、どこかに進み続けているらしい。ひとつといっても数えることができないひとつ」

 それを聞いた、海松色みるいろの背高泡立草に少なくなった燕脂色のアブラムシを狙って、うっかり芽の上に転げ落ちた月色のテントウムシの幼虫は、なんてばかばかしい、と自分が莕菜あさざであることを知らない芽と一緒に笑った。

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