Lets do to death
王の住まう城、だが誰も寄り付かないその隅の部屋。
この部屋に珍しく五人もの影が集まっていた。
一人は天才科学者、一人は軍の指揮官、そして王族が二人。
リコリス、レーヴァ、ウル、ヘラ、そして珍しい顔が一つ。
背が高く、そのわりに身体は肉を削ぎ落としたかのように細い。
黒に統一された服装と、痩せた烏のような仮面を装着している。
彼は『拷問伯』と呼ばれる男で、その格好もさることながら、この平和な国で彼もまた異端な存在であった。
五人は狭いプールのような場所にいた、ただしそのプールからは猛烈な刺激臭が登り立っており、皆目にはゴーグル、口には特殊な布を当てている。
「よし、始めるか」
そう言い出すと、件の王子は服を脱ぎ始めた、それはメイドからの度重なる苦情による行為だった。
一国の王子が一糸纏わぬ姿になってもそれを気にするのは妹のみだった、恥ずかしそうに眼を背けている。
「あんま飛ばさないでくださいよ」
「え、そんなヤバイの?」
リコリスとレーヴァが親しげに話す、公務と趣味とはいえ互いに危険物の研究をするもの同士交流が多く、事実仲は良かった。
「ヤバイっすよ、なんたって鉄も溶かせますからね」
そう、このプールに満たされている液体は強力な酸である。
殆ど前例の無いなかで、この少女は自力で大量の強酸を生成したのである。
二人の会話を余所に、その友人は、まるで暑い夏の日の待ちきれない子供の如くプールに飛び込んだ。
実際半分は当たっているのだが。
激しく飛沫が飛び散った、厳しい訓練を受けた兵士は友人を抱えて飛び退き、屍のような男はそのマントで自分と王女を守った。
マントの飛沫がついた箇所に煙と共に小さい穴が開いた。
十数秒と経たないうちにプールから音を立てて泡が発生した。
その中心には何か物体があるが、徐々に縮んでいるようにも見えた。
三十分が経過し、反応はおさまった。
黄色がかった液体の中には何も見えなかった。
更に三十分が経過、つまり、彼が酸に浸かってから一時間が経過した。
「これは、いったっすかね?」
「流石になぁ、、」
そう呟きながら、王子殺害の疑いがある、国家反逆罪に問われても言い逃れの出来ない少女は、傍らにあるレバーを下ろした。
プールの中の水位が徐々に下がっていく。
「何処に流してるんだ?」
「地下にある処理槽っす」
会話している間にも水位は下がり、やがて全ての液体が流れ去った。
プールの中央では、王子の遺骨から煙が上がっていた。
「「はあぁ」」
それを見た自殺幇助者二人は溜め息をついた。
やがて煙は収まり、綺麗な骨だけが残る。
拷問伯は王女を連れて隣の部屋に移動し、残った二人は後処理を開始した。
それからまた一時間後、飾り付けられた部屋に五人が座っていた。
レーヴァ、リコリス、拷問伯、ヘラ、そして木乃伊のごとく包帯でぐるぐる巻きになったウルである。
木乃伊は持っていたティーカップを置き、溜め息をついた。
「惜しかったっすねー」
友人Aは呆れたように言った。
「もう諦めたら?」
友人Bも呆れたように言った。
「そうですよ」
妹も続いて言った。
ただ、それらの言葉を素直に聞くウルではなかった。
自殺未遂者はもう一つ溜め息をついた。
「、、、使えそうか?」
「、、そうだな」
この時初めて拷問伯は口を開いた。
砂漠か荒野に吹く風のようにザラザラとした声だった。
使える、というのは勿論拷問に、である。
「苦痛もさることながら、身体を失う喪失感は堪えるだろうな」
王子の自殺のうち、苦痛を伴うであろうものには全てこの拷問伯が立ち会っていた。
長く続いた平和によって彼は長らく仕事をしていなかったが、その手法はここ数年で爆発的に増えていた。
彼の声により、部屋の温度が下がったようにも感じられたが、部屋の外から聞こえる馬鹿でかい足音によって打ち消された。
音の主は(本人にとっては)軽いノックをして、返事を待たずにひしゃげた扉を開けた。
「ウル様、服持って来ましたよ!」
「煩いよ!」
先程服を脱いでいたにも関わらず、その服は無惨な姿になっていた。
それは(精神の)年甲斐もなくはしゃいで飛び込んだ、その持ち主のせいであった。
煩いとは言いつつも、主はメイドから服を受け取り、また人目を憚らず包帯をスルスルと落とした。
その肌は既に元の美しい肌に戻っていた。
いそいそと着替える王子を余所に、家臣達はまた会話を始めた。
「やっぱり普通の方法じゃ無理っすかねえ?」
今までの方法はどれも尋常の物ではなかったが。
「もう出来ることは全部やったんじゃないか?」
「城内で出来ることはもう無いであろうな」
「とっとと諦めてくれないっすかねえ」
「諦めるつもりはないぞ!」
着替えを終えた王子が割り込んできた。
「んなこと言っても、もう無理だって」
「諦めてその"ギフト"を受け入れるっすよ」
この国、というよりこの世界には"贈り物"という概念があった。
それは異世界という舞台に相応しい、ある種の超能力である。
こと王族はほぼ全ての者がこの"贈り物"を持っている。
ウルこと濁った玉は、例の輝く玉こと神によって、なんとも皮肉な"贈り物"を与えられていた。
「絶対に嫌だ」
外見だけを見ると、子供らしい我儘にも聞こえるが、彼の精神年齢とその目的を考えると、冒涜的ともとれる我儘であった。
「何が"贈り物"だ」
"失せ物"の間違いだろ、少年はそう、心の中で、柄にもない洒落を呟いた。
こうして少年は日々、何度かの人生で得た知識を基に、友人らとつるんで、こういった自殺未遂を繰り返した。
そうして死に損ない続け、久方ぶりに産まれてから十二年が経ち、少年は学校へ通う歳になった。