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いい感じに殺ってくれ  作者: はに
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Little suicider

世界トップクラスの繁栄を誇る王国『ウル』。


その王の居城で最も高い尖塔の屋根に、一人の少年が腰かけていた。


彼の名前は『ウル』、この国と同じ名である。


そう、彼はこの国そのもの、時代の王となるべき存在である。


その彼が今、おもむろに、そして躊躇いなく飛び降りた。


十秒もしない内に少年は固い地面へと叩きつけられ、周囲に衝撃が走る。


「、、、」


この少年、無事である。


「今日も駄目か、、」


衝撃に気がついた使用人が轟音と共に近寄る。


彼女は彼の専属の使用人、所謂メイドである。


「ウル様またですか!? いい加減にしてくださいよ」


そう、王子の自殺未遂はこの城の、いや国民にとっては日常茶飯事なのだった。


今や彼を心配する者は数える程となっている。


彼の一日は朝の身投げから始まり、朝六時丁度に行われるそれは、一部の者たちの起床の合図となっていた。


「、、、」


少年は黙って石畳にめり込んでいる。


「なんとか言って下さいよ!」


「うるさい、朝から大声出すな」


「ウル様の方が大きい音出してますよ!」


「いや、お前の方がうるさい、現在進行形で」


「もう、毎日こんなことしてるといつか本当に死んじゃいますよ!?」


「そのためにやってるんだろうが」


メイドは渋い顔をした。


お気づきだろうが、この少年はあの『落伍者』、件の濁った玉である。


彼は光る玉の手によって、再び生を受けたのだ。


「いつか誰も心配してくれなくなりますよ?、ほらさっさと出てください」


そういってメイドは少年の足を掴み、引き抜いた。


「手遅れだよ、、」


逆さ吊りになった少年と目を合わせる。


「おはようございます、ウル様」


「、、、目覚めたくなんてなかった」


「またそういうこと言う」


そのままメイドは主を担ぎ、部屋へと向かった。


「おい、リコリスの部屋に寄れ」


「はい、分かりました」


身勝手な主の命令に、メイドは慣れた様子で素直に従う。


やがて真新しいが物々しい雰囲気の扉の前についた。


「リコリスさん、ウル様が来ましたよ」


メイドが扉を叩く、扉はお茶菓子のように砕け、破片が飛んだ。


因みに、このメイド、名はフェンリィといって、大陸随一の怪力の持ち主である、しかも加減というものを知らない。


実は先ほどウルを引き抜いた際には彼の足を握りつぶしていたりもする。


彼女はウルが生まれたときから世話を任されているが、並みの赤子であれば彼女に抱かれた瞬間に圧死するだろう。


彼女の通り名は『破壊の神 フェンリィ・ザ・デストロイヤー』である。


「下ろせフェンリィ」


「はい、ただいま」


破壊神は主人を慎重に下ろした、ただしこの時ウルの肋骨は二本折れている。


「おいリコリス」


少年が声をかけると、薄暗い部屋の奥、毛布らしき布の山から、のそのそと人らしき何かが這い出てきた。


その何かは眼鏡をかけている。


「、、、なんすか」


「見りゃ分かるだろ、効かなかったぞ」


少年は眼鏡の前に小瓶を置いた。


「まじすか、今回はそこそこ自信有ったすけど」


「見ての通り健康そのものだ」


幼き研究者は小瓶を持って起き上がり、部屋の隅の植物へと近寄る。


「これもう兵器レベルっすよ?」


彼女は小瓶に残ったほんの数滴を植物に垂らす。


すると植物の表面に黒い稲妻のような紋様が走り、見る間に塵と化す。


「うわぁ、あんなの飲んだんです?」


メイドが引いているのを他所に、主は話を続ける。


「もっと強いのは作れないのか?」


「これ以上は素材やらなんやらで難しいっすよ」


「チッ」


「そういや、前言ってたやつ出来たっすけど試します?」


そう言いながらリコリスという名の劇薬製造機は乱雑な棚の中から液体の入ったビーカーを取り出した。


それを受けとるや否や、幼き自殺志願者は左手を突っ込んだ。


するとブスブスと音をたてながら、彼の左手は徐々に泡立ち、やがて骨だけになった。


「いいぞ、いけるかもしれない」


「じゃあ風呂桶にでも貯めときますんで午後にまた来てくださいっす」


「おう、頼んだぞ」


珍しく嬉しそうな自殺志願者は有能な協力者のただでさえ乱れた髪ををグシャグシャと乱した。


「うっす」


その協力者もまんざらでもない様子だ。


「もうそろそろ朝食の時間ですよ」


破壊神が朝の六時半を告げる。


「お前も来るか?」


「遠慮するっす」


「そうか、ではまた午後に」


「早く行きましょう、リコリスさんまたあとで」


メイドが主の無事な方な手を、即ち右手を握り潰し、もとい掴んで引っ張った。


主はされるがまま引きずられていく。


着替えを済ませた王子様は朝食をとるため食堂へ向かった。


食堂には彼の家族、即ち五人の王族が既に席についていた。


彼も自分の定位置に座る。


「おはよう、ウル」


声をかけたのは彼の父親、つまりは現国王、彼もまたウルである。


「おはようございます、お父様」


「今日は珍しく機嫌がいいな」


「ええ、漸く死ねそうなので」


そう言って国の未来を担う若者筆頭は左手を見せた。


筋肉が剥き出しで、大変醜い。


「うわ、なにそれ」


声をあげたのは二人の姉の内の一人、左の席に座っている次女のトールである。


「あんた、またバカなことやってんの?」


「でもこの子にとっては大事なことなのよ?」


言い返したのは二人の姉の内のもう一人、更に左の席に座っている長女のノートである。


「姉さんは甘やかし過ぎだって、弟が死んでもいいのかよ」


「あら、貴女のことだって散々甘やかしてるでしょ」


「そういうことじゃなくてさ」


「それに、私達は寿命以外じゃそうそう死なないわ」


ノートはこの子は特に、と付け足した。


「まあ取り敢えずウル、手は隠しなさい」


思い遣りのある夫は顔を青くしている妻を気遣い、助言した。


その妻は息子が幼い頃から、ほぼ常に頭と心臓と胃を痛ませていた。


「ウル、お願いだから自分を傷つけるのはやめて、お母さんが死んじゃう」


母の悲痛な訴えは、この濁った玉には多少響けども、刺さることはなかった。


現に彼はその場限りの生返事をして、内心では午後の予定を立てていた。


とは言えその予定とは酸の風呂に潜るだけなのだが。


右の席に座っている、唯一の妹ヘラは布で隠された口を開かないが、心配そうに眉を潜めている。


朝食を終え、自室に戻る途中、ウルは兵舎に寄った。


目的はただ一つ、新兵器を試すためである、勿論自分に。


「お、来たな」


壁に寄りかかっている青年が手をあげる。


「ようレーヴァ、今回はいけそうか?」


「まあ流石にこれで駄目だったら引くわ」


若き兵士長は王子を促し、奥の倉庫に向かって歩きだした。


広い倉庫の奥には特徴のない大砲が一門。


「これが新兵器か?」


自らの未来を憂う若者は不満げに眉根を寄せた。


「いや、大砲は只の大砲、新兵器はこれ」


そう言って青年はまた何ら変哲のない砲弾を取り出した。


「準備はいいか?」


「着替えは用意しましたよ!」


物陰に隠れたメイドが代わって快活に応えた。


少年は大砲の正面、倉庫の中心に立ち、大きく頷いた。


砲手は躊躇いなく点火し、数秒後砲弾が吐き出され、小さい体に炸裂した。


瞬間無数の破片が飛び散り、尋常でない衝撃・爆発音と共に幾つもの爆発を起こした。


轟音が終わり耳鳴りが収まった頃、倉庫の対角には焦げた人型の肉塊が鎮座していた。


「あー、駄目だ」


肉塊が口を開いた。


「駄目かー」


兵器開発を趣味にしている青年は、苦笑しつつ呆れた声を出した。


少年は首を回し、散らばった焼け焦げた身体を見回した。


「悪くは無いが、不十分だ」


自分の自信作を不十分とされ、青年は首を竦めた。


「もう、無理じゃね?」


「バカ野郎諦めるな」


少年は焦げた四肢を駆使し、ゆっくりと起き上がった。


「死のうとしてる奴の台詞じゃねえな」


爛れた肌を気遣いながらメイドが服を着せる。


「そうだ、後でリコリスの所に行くが来るか?」


「ん、ああもう出来たのか、行くよ、午後だろ?」


「じゃあまたあとでな」


「おう」


悩める発明家のもとを後にし、ある種たちの悪いクレーマーは自室に戻った。


唐突だがこの国は平和である、にも関わらず軍事力、主に兵器の質はここ数年右肩上がりで、現在もなお上昇中である。


原因は(ひとえ)にこの王子のせいである。


メイドが部屋の扉を開けると、妹がベットに腰かけていた。


「どうした、ヘラ」


第三王女はフェンリィに目をやった。


「あ、すぐ出ますね」


メイドは慌てて部屋を出た。


ヘラは扉が閉じたのを確認し、口と鼻を覆っていた布を取り払った。


一つため息をつくと、部屋の空気が変わった。


これは例えではなく、実際に部屋の空気が変質している。


簡単に言うと、微弱な毒が漂っている状態である。


この国の末の姫は特異な体質をであり、その体に猛毒を秘めている。


その毒は彼女が触れた物体を犯し、吐く息に乗って周囲を汚染する。


そのため彼女は常に肌を隠し、口と鼻を特殊な布で覆い、話すことも稀である。


彼女が気を抜いて生活できるのは、自室と毒の効かない兄の部屋のみであった。


その毒の姫に対し、兄は無造作に隣に座り、手袋を外した彼女の手を握った。


この行為は、彼の願望とは関係の無いものである。


手を握り返した妹は兄に対し、今まで何度も繰り返し、そして答えの変わらない質問をした。


「兄様は何故死にたいのですか」


「それは何度も言ったと思うが」


兄は妹の目を見るが、その意思を汲み取り、改めて答えることにした。


「生きることが苦しいからだ」


九回もの自殺経験者は、その心理として至極最もなことを言った。


だが、彼は他者から見るとまだそう長く生きてはいないのである。


「痛みが有るわけではないのでしょう?」


「ああ、痛いのは嫌いだがな」


「生活に不満が?」


「いいや、十分すぎる」


「誰か嫌いな人が?」


「いや、僕が嫌いなのは僕だけだ、でもそれだって理由じゃない」


「では、何が苦しいのです?」


「お前には一生分からないだろうし、分からない方がいいだろう」


「どうしていつもそう突き放すのですか?」


今度は兄がため息をついた。


「分かって欲しいとは思ってないし、無駄なことはしたくない」


ここまでは何度か話している、その時点で無駄とも言えるのだが、彼は毎回律儀に応えている。


そして妹はどうしようもない兄との距離を痛感し、涙を飲むのだった。


そして暫し沈黙が流れたが、やがて兄がそれを破った。


「そろそろお開きにしよう」


「兄様は何か用事があるのですか」


「ああ」


この時妹は、彼が何をするのかをよく知っていたし、それを兄が心待ちにしていることに、また心を痛めていた。


兄は立ち上がり、妹の顔布を捲り額に口づけをして、また戻した。


「好きなだけ居ていいからな」


そして頭を撫でてから、部屋を出た。


部屋の外にはヘラの従者が控えていた。


「もう少しそっとしておけ」


「畏まりました」


そして愚かな自殺者(スーサイダー)は協力者の部屋に向かった。

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