Bottom of the ninth
「あのさ、そろそろやめてくんないかな?」
「うるさい」
真っ白い空間に、球体が二つ浮いている。
どちらも透明ではあるが、片方は眩い光を放ち、もう片方は墨汁を混ぜたように濁っている。
ここは所謂『あの世』である。
光る球体は呆れている、ように見えた。
「何回目か分かってる? 九回目だよ?」
「分かってるよ」
「そろそろ真面目に生きてくれる?」
「やだね」
「あのさあ」
「そもそもあんたが僕の人格を消せば済む問題だろうが」
「それじゃ意味ないの」
「だったら好きにさせろっての」
濁った玉は苛ついている、ように見えた。
「好きにさせてたらまたすぐ死ぬでしょ?」
「ああ」
「ほら、それじゃ困るんだって」
「何がだよ」
「だから前も説明したじゃん」
「いつだよ」
「五、六回前だよ」
「そんな前のことは覚えてないね」
「そんな何年も経ってないよ」
光る玉は所謂神である。
正確には『管理者』と呼ばれる高次元的存在だ。
光る玉曰、全ては点から始まり、その点は回転し、輪を描いていく。
輪は次第に大きくなり、やがて完成された円盤になる。
その円盤こそが、魂の完成形である。
『管理者』とはその円を製造する過程を見守る、工場で言うところの監督である。
濁った玉は人間である。
正確には『落伍者』と呼ばれる特殊な魂だ。
彼はその呼称の通り、示された道を歩まず、輪を乱す存在である。
一つの輪が乱れると、他の輪にも影響が出る。
その影響は時に、波紋のように大きく広がることがある。
『落伍者』とはその波紋の原因となる、教育現場で言うところの腐った蜜柑である。
「まず、そもそも何で自殺するわけ?」
「お前には関係ないね」
「いやだから、僕の管理下なんだって」
「知ったことか」
「他人に迷惑かけて嬉しいの?」
「うっせえ」
「前回の君は特に酷かったよ? 君の両親が君の死後殺し合いしかけたんだから」
「それは僕が酷いんじゃないだろ」
「でも原因は君だぜ?」
「死ねるような環境に置いた親が悪い」
光る玉は眉をひそめた、ように見えた。
「その前なんか母親がノイローゼになっちゃったし」
「知らないね」
「その前は父親が母親に、お前がちゃんと見てないからだって殺しちゃったんだよ?」
「関係ない」
「その前は、」
「もういいよ」
この濁った玉は既に九回自殺している。
一度目は四十を過ぎた頃に練炭自殺。
二度目は二十代後半の頃に首吊り自殺。
三度目は十八歳のときに飛び降り自殺。
四度目は六歳のときに入水し自殺。
五度目以降はいずれも二歳の誕生日を迎えるまでに死んでいる。
「ちゃんと生きる気になった?」
「いや、別に?」
光る玉は眉間に皺を寄せた、ように見えた。
「今回は特別に君の死後を見せてあげよう」
「いいよ、面倒臭い」
「いいから見ろっての」
言うや否や白い世界が暗転し、狭いアパートの一室へと変わった。
光る玉は丁度証明の位置と重なり、部屋を照らしている。
二人の男女と一人の少女が身を寄せあって泣いている。
濁った玉の両親、そして姉になるはずだった者達である。
両親、特に父親は長男の誕生を泣いて喜んでいた。
幼い少女は、初めてできた守るべき対象に、慈愛に似た感情を覚えていた。
だが、その子は一歳になった頃死んだ。
死因は乳母車からの転落、誰を責めることもできない事故だった。
ただ、とうの赤子にとっては事故ではない、自殺だ。
赤子は、濁った玉は明確な意志を持って乳母車から這い出し、落下した。
「これ見てなんも思わないの?」
「、、、何も思わない訳じゃない」
「じゃあ」
「でも、」
世界が真っ白に戻る。
濁った玉が寂しそうに目を背けた、ように見えた。
「僕が死なない理由にはならない」
光る玉がため息をついた、ように見えた。
「よしわかった、別に君と話す事自体は嫌いじゃないけれど、もうこのやりとりはやめにしよう」
「わかったら放っといてくれ」
「うん、こっちもルールを破ろう」
「はあ、何する気だ?」
「君にはもう一度生きてもらう」
「だから無駄だって」
「そう、だから私もルールを破る」
光る玉がそう言うと、濁った玉が下(とは言えどこに行こうが白い)に落下していく。
「あんた何する気だ」
「ん? 君を二度とここに来させないようにするのさ」
「やめろ、僕はいきたくない」
「それって『生きたくない』と『行きたくない』を掛けてる?」
「巫山戯た冗談言ってんじゃねえ」
そう言いながらも、二つの玉の距離ははどんどん離れていく。
「君は死んでばかりで流行とか知らないだろうけど、今流行りの転生だよ」
「転生ならもう何回もしてるよ」
「うん、だから、違う世界の違う種族に転生するの」
「じゃあ最初から畜生にでもすればよかったろうが」
「それは規格が合わないから無理なんだよね」
「くそっ、すぐ死んでやるからな」
「いや、君はもう来ないね、賭けてもいい」
会話を続けながらも、濁った玉は落ち続けている。
やがて濁った玉は白い世界を抜け、暗闇へと落ちていった。