第九話 二人の友人と三人の婿取り令嬢
貴族学園での生活が始まった。
授業の内容は全生徒共通だ。国政に関する内容や、領地運営を想定したものが基本となる。細かく分けると、地理、歴史、税制、刑法、等々多岐に渡る。俺は貴族学園入学を想定していなかったので、ほぼ一からの勉強になる。とはいえ、苦労するほどの内容ではない。まだ一週目だが、普通についていけそうな気はしている。
この世界特有の内容だと、魔物に関する知識を覚える授業がある。ランドール王国に点在する魔物領域の場所。魔物の種類や特徴、弱点などについても学ぶ。王都付近にも魔物領域はあるため、実地での授業もあるらしい。とても楽しみにしている。
そして実技。実技の授業の大半は魔法の授業だ。俺の得意分野でもある。
今は授業中で、俺は二人の友人に魔法のコツを教えている最中だ。リアとセラに少しだけ話をした、将来有望な男の友人だ。
「なるほどね。こうやれば良いんだ」
一人目はロチェスト男爵家次男のコリー。背が小さめで童顔の、見た目可愛い系男子だ。性格も真面目な好青年だ。
「アレクは噂通り優秀だな」
二人目はバーナム子爵家次男のダミアン。ダミアンの見た目は、クール系イケメンだ。
口数は少ないが、一緒にいて居心地の良い男だ。
「周りに優秀な人が多かったからな。小さい頃から教えて貰っていた」
環境に恵まれていたのは事実で、俺に魔法を教えてくれた人の中には、近衛騎士まで混じっている。近衛騎士は、国内最高峰の魔法の使い手達だ。コリーやダミアンも、同じ環境ならもっと成長していたと思う。才能は間違いないのだから。
彼らは転生前に神様が出してくれた候補にいた。俺の次に優秀な才能を持った二人だ。
コリーは火魔法に突出した才能を持っており、ダミアンは土魔法を得意とする。これといった欠点もない。
「ここまで差があると、素直に頷けないね」
「本当のことだぞ。リアとセラを見れば分かるだろう?」
微笑を浮かべて話すコリーだが、今一つ納得は出来ていなさそうだ。しかし、環境による差なのは事実だ。俺はリアとセラの二人を根拠に示す。俺達が幼馴染で、一緒に魔法の訓練をしていたのは周知の事実だ。
「確かにオフィーリア殿下もセラフィナ嬢も、アレクと同じくらい優秀だからな」
ダミアンは女子の方に目を向けて話す。女子の集団では、リアとセラが同級生に魔法を教えている姿が見える。最初、令嬢達は俺に魔法を教えてほしいと殺到してきた。
しかし、俺に近づくことが目的なのは明らかだ。困っていた俺の所に二人が来て、自分達が教えると言って引き剥がしてくれた。今は女同士、和気あいあいと魔法の練習をしている。
その様子を見て納得の表情をしている二人に話しかける。
「そういうことだ。訓練すればすぐに差は縮まるよ」
俺の言葉に二人は微笑を浮かべる。信じているのかいないのか。令嬢達の視線が二人に向くのを期待して、二人の魔法の指導を再開する。
◇
この国の暦は、一年間が三百六十日で、一日が二十四時間。一月が三十日の十二ヶ月と分かりやすい。一週間は六日だ。光、火、水、風、土、闇とあり、闇の日が休日となっている。ちなみに、光魔法や闇魔法と呼ばれる魔法は存在しない。
今日は学園に入学して初めての休日だ。環境の変化からか少し疲れていたので、午前中はゆっくりと休息を取った。そして午後、リア主催のお茶会に参加する。
「いらっしゃい、アレク」
「俺が最後か?」
「遅刻したわけじゃないわ。どうぞ座って」
リアに促され、自分に用意された椅子に座る。円形のテーブル席には、俺以外のメンバーが揃っている。俺の両隣に座るリアとセラ。それ以外に三人の女子生徒が参加している。その中で、俺の丁度正面に座る女子生徒と、視線を合わせる。
「ようやく、アレクと話す時間が取れましたわ」
「授業中にも会話はしただろう」
「一言、二言ですわ。すぐにセラフィナが割り込んで来ますし」
「アンジェリカは距離が近すぎるのよ」
一人目は、バミンガム侯爵令嬢のアンジェリカだ。俺の母方の従妹で、俺を婿にしようとしている。セラとは、遠慮なく軽口を言い合える仲だ。
「将来は夫婦になるのですから、問題ありませんわ」
「勘違いもほどほどにね。アレクの相手はもう決まっているわ」
「あら、婚約したという話は聞いたことがありませんわ」
「……婚約はまだでも決まっているのよ」
「勘違いをしているのは、セラフィナのようですわね」
仲、良いよな? 二人の舌戦が凄い。
俺は言い合いを続ける二人から目を反らし、リアの隣に座る女子生徒を見る。コリーよりも小柄で、可愛らしい令嬢だ。
「話をするのは初めてでしょうか? アレクシスです」
「いっ、一度だけ挨拶させていただいたことがあります。アルハロ男爵家のモニカと申します。アレクシス様」
声に落ち着きがない。かなり緊張しているようだ。モニカも俺を婿にほしいと、縁談の申し込みをしてきた令嬢だ。
「アレクで良いですよ」
「いえっ、その、……では…アレク様で……」
声がどんどん小さくなっていく。本当は「様」もいらないのだが……まあ良いか。
「あのっ、アレク様」
「なんでしょう?」
「わっ、私と結婚してください!」
モニカが唐突に求婚する。セラとアンジェリカも会話を止め、こちらを見て呆気にとられる。
俺が言葉に詰まると、リアがフォローしてくれる。
「モニカ、落ち着きなさい。会って早々に言うことではないでしょう?」
「オフィーリア殿下……」
「折角お茶会を開いたのだから、ゆっくり話をすれば良いわ、ね」
「はい……そうします。すみません、アレク様」
「気にしなくて良いですよ」
しょぼんとするモニカ。
俺はなるべく優しい口調で、モニカに返事をする。
最後の一人に視線を向ける。落ち着いた雰囲気のある美人さんだ。
「お待たせしました。レイチェル嬢」
「お気になさらず、アレク様」
彼女はメア子爵令嬢。アンジェリカやモニカと同じく、婿をとる必要がある立場の令嬢だ。
彼女からも縁談を申し込まれている。
「あれっ? アレクとレイチェルって、もう知り合い?」
俺達のやり取りを見たセラが、俺に聞いてくる。
「ダミアン繋がりで何度か会話している」
「ああ、なるほど」
ダミアンの実家のバーナム子爵領と、レイチェルの実家のメア子爵領はお隣同士だ。両家とも寄親の伯爵家が同じで、子供の頃から知り合いらしい。
「ダミアンからは、レイチェル嬢の良い所をいくつも教えられたよ」
俺の言葉を聞いて、レイチェルが困ったように笑みを浮かべる。ダミアンはレイチェルが俺に縁談の申し込みをしたことを知っており、レイチェルを強く勧められた。
まあ、ダミアンの本音が別にあるのは、まる分かりなのだが……
「小さい頃から仲が良かったですから」
「あら、幼馴染ですわね。アレクよりもダミアン様を選んだ方が良いのではないかしら?」
アンジェリカが笑みを浮かべてダミアンを勧める。俺も同感だ。会って数日の印象だが、ダミアンは誠実な男だ。レイチェルを大切に思っているのも伝わってくる。
「婿を取る立場ですから。仲が良いという理由だけで相手は選べません」
「魔法の才能よりも、相性が大事ですわよ?」
「アンジェリカがそれを言う?」
「あら、わたくしとアレクは相性も良いですから」
貴族らしい発言のレイチェルに、それらしいことを言うアンジェリカ。セラがもっともな指摘をするが、アンジェリカは動じない。
お茶会はその後、和やかに進んだ。途中からは、口調も随分砕けて会話が出来た。彼女達とも、少しは仲良くなれたと思う。