第十一話 王位継承争いの決着
スカイドラゴンの討伐で、近衛騎士への被害はなかった。勿論オーウェン殿下も無傷。完全勝利だ。
ベンジャミンは、王太子殿下の命令で謹慎処分となった。不満を漏らしかけたが、父上に殴られ黙らされていた。父上はそれ以降ベンジャミンには触れず、黙々と仕事をこなしていた。
俺達はあれ以降、討伐に出ていない。
アルフ殿下も不満を漏らすことなく、ベティさんと一緒に訓練を続けている。
数日後、残りの魔物は領軍と冒険者で対応可能と判断され、俺達は王都に帰還することになった。マックス達もブリスト伯爵領に帰還する。
◇
王都に帰還し、陛下に報告を行なった。陛下から労いの言葉を頂き、討伐軍は解散となった。
数日後、陛下に呼び出された。ベンジャミンの処罰に関する件だそうだ。母上も参加を許可されたのだが、父上に任せると言い欠席を選んだ。謹慎処分の経緯は父上から説明されており、覚悟はしているのだろう。
当日迎えに来たのはトーマスさんだ。父上は既に城にいるので、一人馬車に乗り城へ向かう。道中トーマスさんから話しかけられる。
「王太子殿下は、あの夜の出来事を陛下に話されました」
オーウェン殿下達の命を狙った件だ。
「どうも貴族会議の後、カミラ様が似たようなことを叫び散らしていたらしいです」
「オーウェン殿下やカール殿下が死ねばいい、という話ですか?」
「死ねという言葉ではなかったそうですが、殿下達がいなければという意味のことを仰っていたようですね」
「それをベンジャミンが聞いて、行動に移したということですか?」
「そこまでは不明です。ですが、可能性は否定できません」
推測以外の何物でもないか……
「それで、陛下はどうなさるおつもりですか?」
「その件に関しては、証拠もないので処分なしです」
「そうすると、今日は命令を無視して戦場から逃げ出した件のみでの処分ですね」
「そうなります」
「最悪の事態は免れそうですね」
死罪ということはないだろう。
「安心されましたか?」
「死んだら母上が悲しみますから……それに、兄ですし」
「……そうですね」
トーマスさんは優しい声で答える。
馬車は城に到着し、話し合いが行なわれる部屋に移動した。
◇
部屋には、オーウェン殿下、カール殿下、バミンガム侯爵、ウェルズ侯爵、マンチェス侯爵の五人と、数人の近衛騎士がいた。
俺はウェルズ侯爵に話しかける。
「ウェルズ侯爵。魔の森の方は落ち着いたのですか?」
「ええ。後は冒険者ギルドに任せれば大丈夫そうです」
「それは良かったです」
「ご協力に感謝致します」
笑顔で話を終え、席に座る。すると隣の席のバミンガム侯爵が話しかけて来る。
「アンジェリカから聞いたぞ。今回も活躍したそうだな」
「俺じゃなくて『俺達』ですね。アルフ殿下やリア達も一緒に戦いましたから」
「相変わらずだな、お前は」
バミンガム侯爵はそう言って肩を竦めると、すぐに真面目な顔に変わる。
「ベンジャミンについてはどう考えている?」
「処分は当然ですので、陛下がどんな判断を下そうと文句を言う気はありません」
「姉上は?」
「父上に全て任せるとのことです」
「……そうか」
バミンガム侯爵にとっては、ベンジャミンも甥だ。気にかける部分はあるのだろう。
「アレク様は御立派ですな。王家の血の影響が強いのでしょう」
会話に入ってきたのはマンチェス侯爵だ。好々爺のような顔をしているが、その言葉は随分といやらしいものだ。暗にウェルズ侯爵やバミンガム侯爵を批判しているのだろう。
ウェルズ侯爵が苦々しい顔をしている。
オーウェン殿下やカール殿下も顔をしかめている。
すると、陛下が部屋に入って来た。王太子殿下と父上も一緒だ。
三人が席に座り、話し合いが始まる。
「忙しい中すまない。連絡した通り、今日はベンジャミンの処分についてだ」
陛下が話し始める。
「詳細は省くが、最初にドラゴンの咆哮が鳴り響いた際にあいつは撤退を選択した。それは良い。しかし、オーウェン達が戦っている横を素通りして、敵を押し付ける形でそのまま撤退を続けた」
到着翌日の内容だ。
「本人は気付かなかったと主張したそうだが、本当かどうかは分からない。仮に本当だとしたら、小隊長としては論外だ」
全員が頷く。
「次は更に問題だ。数日後再びドラゴンの咆哮が鳴り響いた。この時は事前に対応が決められ、集合することになっていた。しかし、あいつはそれを無視して町へ逃げ帰った」
陛下は顔を苦々しい顔にものに変える。
「その時あいつはトーマスに対し、『ドラゴンの相手はお前達の仕事だ。俺には関係ない』と言ったそうだ。騎士達も聞いている」
父上もその時のことを思い出したように顔を歪ませる。
「魔物の脅威を前に、王族や貴族の立場のものが言って良い発言ではない」
陛下はそう言って全員を見回す。
「皆の意見を聞きたい。ベンジャミンをどうするべきだ?」
陛下は自分の判断を言う前に、俺達に意見を求める。
最初に口を開いたのはマンチェス侯爵だ。
「オーウェン殿下達に魔物を押し付けたのが故意かどうかですな。故意なら死罪は免れないでしょう」
王太子殿下の目が厳しいものに変わる。俺とトーマスさんの証言を事実と認めれば、死罪になる可能性はある。だが、王太子殿下もそうしたくはないのだろう。
「故意という証拠はない。その件で死罪にするのは無理だな」
陛下が否定する。やはり俺達の証言はなかったことにするようだ。俺の証言が実の兄を死罪に追い込むことにならず、今更ながら安心する。
「爵位剥奪というところではないでしょうか? 発言内容からして、王族、貴族としての資質があるとは言えません」
王太子殿下が発言する。ここが落としどころなのだろう。
バミンガム侯爵、ウェルズ侯爵、オーウェン殿下、カール殿下も賛成する。
「アレクの意見は?」
「陛下の判断にお任せします。弟としては、死罪を免れることを望みます」
「そうか……」
陛下は頷いた。父上に意見を聞くことはしない。先に話し合っているのだろう。父上の耳に俺達の証言が届いていれば、死罪にすべきと主張したかも知れない。
「皆の意見は分かった。ベンジャミンは男爵位を剥奪し、王都以外の別の場所に預けることにする。バミンガム侯爵、頼めるか?」
「承知しました。ベンジャミンは私の甥でもありますから」
バミンガム侯爵は頷き、陛下の依頼を受け入れる。
バミンガム侯爵領か……クラリスに迷惑がかかるな。
「……陛下」
ウェルズ侯爵が静かに陛下に話しかける。
「何だ?」
「ベンジャミンはウェルズ侯爵領で預からせてください」
皆が驚きの表情を見せる。ウェルズ侯爵は真剣な表情をしているが、意図が分からない。
「……何故だ?」
「ベンジャミンがああいう性格になった一番の原因は、カミラの影響でしょう。そして、カミラの性格はウェルズ侯爵家の教育によるものです。バミンガム侯爵に任せて良いことではありません」
沈黙が訪れる。
お婆様は陛下の第二夫人だ。実の兄とはいえ、公然と批判したのは驚いた。
「……私はウェルズ侯爵を引退します。そして、ベンジャミンの再教育に専念しましょう。責任を持って一兵卒から鍛え直します」
ウェルズ侯爵は陛下を真っすぐに見据え、陛下は返答に悩んでいる。
そんな中、マンチェス侯爵が発言する。
「よろしいのではないですか? 確かにベンジャミンはカミラ様の影響を大きく受けております。そのカミラ様を放置し続けたのはウェルズ侯爵本人ですから」
俺は不快感を禁じ得ない。間違いではないかも知れないが、ウェルズ侯爵だけの責任でもない。
「何故あんな状態のカミラ様を放置し続けたのか……」
マンチェス侯爵は周りが見えていないのだろうか? この場の全員が顔をしかめ、不快感を表に出している。それは陛下も例外ではない。
「……黙れ、マンチェス侯爵」
「はっ?」
「カミラを放置したのはウェルズ侯爵だけではない。私も同じだ」
陛下がマンチェス侯爵を見る。その目は睨んでいるようにも見える。
「それに、その方も同罪だろう」
「なっ、何故でしょう? 私はカミラ様とは関係がありませんが?」
「ローズマリーを煽り続けたではないか! カミラと対立するように!」
陛下が怒鳴り声を上げる。
マンチェス侯爵が驚愕の表情を浮かべる。
「ローズマリーは自分が第一夫人であることを強く主張し、カミラはそれに反発した。王太子とウィリアムが生まれてからは、対立に拍車がかかった」
陛下の言葉には悔しさが籠っている。
「アイリーンが成長するにつれ、ローズマリーは落ち着くようになった。しかし、カミラとの関係が修復されたわけではない」
陛下の独白は続く。
「私はカミラと良好な関係を作ることを諦めた。カミラの性格が原因なら、責任はウェルズ侯爵だけではなく私にもある。無論、貴様も同罪だ」
マンチェス侯爵は愕然としたままだ。反論したいのだろうが、反論すれば陛下の怒りを買うだけだろう。
陛下は俯き長く息を吐き出すと、顔を上げウェルズ侯爵を見る。
「ウェルズ侯爵の気持ちは分かった。ベンジャミンのことは任せる。だが、自分一人の責任などと思うな」
「……はい、ありがとうございます」
ウェルズ侯爵が頭を下げる。
続いて陛下は王太子殿下に顔を向ける。
「私も引退する」
「はっ?」
陛下の突然の引退宣言に王太子殿下が驚く。
「お前が周囲の貴族だけでなく、広く交流を持とうとしていることは知っている」
「……はい。ミュラから指摘され、考えを改めました」
「それで言い。私が出来なかった――いや、やらなかったことだ」
「……陛下?」
「派閥争いなど不要だ。お前のやり方でやれば良い」
陛下の言葉に一瞬呆然としたものの、王太子殿下は顔を引き締める。
「……承知しました」
「正式な王位継承は来年の貴族会議の席だ。それまでに権限の委譲を進める」
「分かりました」
陛下はマンチェス侯爵に視線を向ける。
「貴様も引退したらどうだ?」
「私も!? な、何故?」
「跡継ぎは派閥争いに熱心ではないだろう? 貴様が引退した方が、新しい王がやりやすい」
「しかし、それは……」
「フンッ、王命を下してやってもいいぞ?」
「!?」
陛下はマンチェス侯爵を鼻で笑う。
侯爵は悩んでいたが、最後は諦めたように引退を受け入れた。
その様子を見ていた父上が口を開く。
「ベンジャミンの教育に一番責任があるのは私です。私も責任を取って公爵位を返上し引退します」
父上は力なく引退を申し出る。だが――
「駄目だ。次期王として、ウィリアムの引退は認められない」
「兄上……しかし」
「ウィリアムは簡単に引退出来る立場にない。……引退したいなら、自分の代わりが務まるように、カールを教育してくれ」
王太子殿下がそう言うと、カール殿下は笑みを浮かべて父上に顔を向ける。
「御指導よろしくお願いします。叔父上」
そう言ってカール殿下は頭を下げる。
「……分かった」
父上は納得し、引退を取りやめた。
そして、王太子殿下はオーウェン殿下に顔を向ける。
「オーウェン」
「はい」
「お前を次期王太子とする」
「はい。王太子の立場に恥じぬよう、一層努力します」
「正式発表は来年の貴族会議だ」
オーウェン殿下が次期王太子に決定した。
この時――
俺の王位継承争いが完全に終了した。




