第八話 Aランク魔獣
俺達はトーマスさんと別れ森を脱出した。すぐに隊長に報告をし、迎撃の依頼をする。森の外まで声は聞こえていたらしく、警戒は既におこなっていた。隊長は魔物が森の外に出るのを想定し、迎撃の用意を始める。
俺達は森から距離を取る。森から少し離れると地面は岩場に変わる。岩場を進んだ場所が高台になっており森の手前の広場を見渡せる。俺の魔法がぎりぎり届く距離だ。
アンジェリカとクラリスが、心配そうに森を見ている。魔物の声が断続的に森から聞こえて来る。恐らくトーマスさんは既に戦闘に入っている。
叫び声が急速に近づいて来ている。戦闘音も混じっている。かなり近い。
「そろそろ出てくるぞ」
二人に告げる。
――来た。
豪快な音を響かせ森から魔獣が出て来た。キングボアを更に倍にしたような巨体の魔獣。一目でそれが何か分かった。
Aランク魔獣――ドラゴンだ。
ドラゴンは小さな子供でも知っている最強の魔物だ。確認されている全て魔物の中で、唯一のAランク。近衛騎士が複数人で挑むレベルの魔物だ。
「「お父様!」」
二人が叫ぶ。ドラゴンと一緒に出て来たのは、トーマスさんだけでなく侯爵の班もいた。恐らく侯爵達が先にドラゴンと遭遇し、トーマスさんが後から合流したのだろう。
ドラゴンの正面にトーマスさんが立ち、周囲を侯爵達が囲んでいる。ドラゴンは激しく暴れまわり、碌に近づくことも出来ていない。魔法攻撃もしているようだが、効いているようには見えない。
「あっ、ローレンス様」
クラリスがローレンスさんの姿を見つけたようだ。侯爵達と一緒にドラゴンを囲んで戦っている。侯爵の班は、ドラゴン相手でも一応戦えている。流石はバミンガム侯爵領軍の精鋭部隊という所だろう。
「他の魔物も出て来ましたわ」
アンジェリカが森から出て来た魔物を見つけた。ドラゴンに巻き込まれたのだろう。フォレストスネークや、ポイズンスネークが出てきて戦闘となっている。対応しているのは、迎撃準備を整えていた騎士隊長を始めとする騎士団だ。
まずいな……ドラゴンを囲む人数が足りていない。このままでは崩れる。
「「あっ!」」
二人が叫ぶ。森から一際大きい魔物が飛び出してきた。サーペント――Bランクの魔物だ。サーペントはドラゴンと戦っている侯爵の方に向かっている。
「「お父様!」」
「火弾!」
二人が叫び声を上げる横で、俺は火魔法を行使した。直径五十センチメートルほどの火弾を――十個だ。
火弾は広場の上空を進み、侯爵に襲い掛かろうとするサーペントの頭上に向かう。大きな爆発音を立てサーペントに衝突した。
「火弾!」
すぐさま新たな火弾を十個、サーペントの上空に放つ。土煙が薄くなり状況が確認出来る。サーペントは健在だ。表面に火弾の痕跡は見えるが、重傷を負ったようには見えない。だが――
「助かった!」
侯爵の声が聞こえた。サーペントから距離を取っている。離脱出来たようだ。
「ローレンス! サーペントをやれ!」
「はい!」
トーマスさんがローレンスさんに迎撃を指示する。何て無茶を……いや、俺の援護が前提か。
上空に待機させていた火弾を、サーペントの視界に入るように周囲に飛ばす。サーペントが火弾に視線を向けているのが分かる。俺の役目は注意を引き付けることだ。サーペントは致命的な毒を持っている。一度たりとも、ローレンスさんに攻撃を向かわせるわけにはいかない。
サーペントが火弾を追って首を動かす。ローレンスさんがサーペントに攻撃を仕掛ける。俺はサーペントの視界にローレンスさんを入れないように火弾を操作する。
――斬った。
ローレンスさんの斬撃がサーペントの胴体を切り裂く。傷は胴体の三分の一程度の深さに達している。サーペントはローレンスさんの方へ首を動かす。
「向かせるか!」
火弾を三個、サーペントの頭部にぶち当てる。爆発音が響き、サーペントの動きが鈍る。その隙を見逃さず、ローレンスさんの斬撃が再びサーペントを襲う。サーペントが悲鳴を上げる。
サーペントの動きが遅くなり……大きな音を立てて倒れた。
「やった!」
クラリスが歓喜の声を上げる。戦いは終わっていない。ローレンスさんは、すぐさまドラゴンへ向かう。
トーマスさんはサーペント乱入の前と変わらず、ドラゴンの正面に位置取る。侯爵以下の面々は周囲を囲み、ドラゴンの注意を分散させることに注力している。有効打は未だ入っていない。
俺はサーペントの時と同様に、火弾で注意を逸らす。ドラゴンの後方から火弾三個を向かわせ、顔の正面に回り込むように移動させる。ドラゴンが一瞬だけ硬直し、そのまま顔面にぶち当てた。
爆発音が響くと同時にトーマスさんの斬撃が首に入る。ドラゴンが叫び声を上げる。
初めての有効打だ。
俺は続けざまに、残りの火弾を同様に顔面にぶち当てる。トーマスさんは隙を見逃さない。
再び斬撃が入った。いける――そう思った瞬間、ドラゴンの目が俺を見据えた。
――まずい。気付かれた!
ドラゴンは尻尾を振り回し周囲を攻撃。トーマスさん達はそれを回避する。その隙にドラゴンはこちらに走り出した。俺はすぐに指示をだす。
「領軍はこの場を離脱! 二人を連れて逃げろ!」
領軍の兵士達が、戸惑いの表情を見せる。迷っている暇はない。ドラゴンの足ならこの程度の距離はすぐだ。
「行け!」
「……了解」
悔しそうな表情で領軍の小隊長が俺の指示を呑み込む。驚き硬直する二人を領軍の兵士が抱え走り出す。『領軍は』の意味が分かったのだろう。領兵は悔しそうな表情で走り騎士は残る。俺は……このまま戦う。
ドラゴンの後をトーマスさん達が追いかけて来る。
「すまない! この場で食い止める!」
『承知!』
騎士達が俺の指示に応える。近衛騎士がいない状況なので、彼らは俺を守らないといけない立場だ。俺の意思を汲んでくれたことに感謝する。ドラゴンが岩場に入った。
「全員水弾を足元に集中させろ!」
ドラゴンの足元に水弾を連続で放つ。岩場の表面が水で満たされる。ドラゴンが進むのは表面の平らな岩場だ。このまま水弾を打ち続ければ――
「滑った!」
ドラゴンが豪快な音を立てて派手に転倒した。少し前のローレンスさんのようだ。後ろからトーマスさんとローレンスさんが追いついた。
トーマスさんの斬撃が尻尾を切り裂く。ドラゴンは叫び声を上げ、体を転がす。ローレンスさんはドラゴンが仰向けになった瞬間に足に攻撃。右足首を深く切り裂いた。
「全員距離を取って囲め!」
トーマスさんは指示を出しつつ、ドラゴンの首を斬り裂き離脱。ローレンスさんも離脱した。追ってきた侯爵達もドラゴンを囲うように陣取る。既にドラゴンは瀕死だ。
「火弾を集中させろ」
トーマスさんの指示で火弾の集中砲火が始まる。無論、俺達も参加だ。ドラゴンは足を切られた上に、満身創痍だ。避けることは出来ず、二人が斬り裂いた傷跡から魔法が体の内部に攻撃を与える。
三十秒ほど攻撃を続けただろうか。トーマスさんから「止め!」と言う声が掛かる。
火弾が止んだ後、ドラゴンの動きはなかった。トーマスさんがドラゴンに近づき確認する。
「……討伐完了だ」
俺達は一斉に歓喜の声を上げた。皆の顔が喜びに満ち溢れる。高揚感に包まれる中、侯爵が新たな指示をだす。
「このまま残りの魔物の討伐に向かう。もう暫く頑張ってくれ!」
侯爵の指示でローレンスさん達が森の方に戻っていく。トーマスさんは俺に近づいてきた。
「無茶をしましたね」
「すみません」
『申し訳ございません』
トーマスさんの視線が、俺と一緒に謝った騎士達に向く。
「あの……トーマスさん。命令を下したのは俺ですから」
「分かっています」
一呼吸置いてトーマスさんが話し始める。
「騎士隊長には私からも話をしておきます。訓告処分で済ませますよ」
『ありがとうございます』
「アレク様には私が付きますので、皆さんも行ってください」
『はっ』
騎士達は侯爵達の後を追って行った。俺はトーマスさんと視線を合わせる。
「ありがとうございました」
「本来アレク様を守るのは私の役目です。それに、彼らの行動によってドラゴンを倒せたのも事実ですから」
ホッと胸を撫でおろす。
「それよりもアレク様です。キングボアの時のお説教は聞いていなかったのですか?」
俺はブリスト伯爵領での一件が終わった後、しっかりと説教を受けた。あの場合は、村への被害が出たとしても立ち向かうべきではない。俺はそういう立場である……そういう内容だ。
村民の避難のために行動するのは良い。その気概がなければ王族や貴族とは言えない。
でも、明らかに自分より格上のキングボア相手に立ち向かうのは駄目だ。矛盾しているようだが、それが俺の立場だ。理解はしているつもりなので、素直に説教を受けた。
「今回の場合は逃げても意味がないでしょう? 目標は俺でしたから」
俺が目標じゃなくても戦ったけど……
「水弾で滑らせるという作戦は良かったですが、騎士に任せて逃げるべきでした」
「接近戦はともかく、攻撃魔法は俺の方がずっと強いですから」
「それでもです」
トーマスさんが、ため息を吐く。
「言っても無駄かも知れませんが……」
その通りです。俺の心の声を読んだのか、半眼で俺を見てくる。
「は~……まあ良いです。あの作戦は考えていたのですか?」
「ここに陣取ってからですけど、万一の場合はそういう手もありかな……と」
「そうですか……」
アンジェリカやクラリス達が戻って来るのが見えた。こちらの様子を確認出来る位置にいたのだろう。俺とトーマスさんが二人を見つめる。
「よく頑張りましたね」
「……はい!」
トーマスさんが俺を褒める声は柔らかい。二人の無事な姿を見て、俺の心は安心感と達成感で満たされた。




