第七話 バミンガム侯爵領
翌日。バミンガム侯爵領の話が公表された。学生達の反応は様々だ。討伐に参加すると意気込む者、Bランク魔獣と聞いて諦める者、参加する気のない者。それぞれが意見を言い合い、活発な議論が見られた。
身内で言うと、リアとセラは案の定乗り気になっていた。しかし、保護者の許可は二人を参加させないための条件だと話すと、渋々諦めてくれた。ダミアンとコリーは意外にも不参加を決めた。他領の婿に入る身で、Bランク相手に無茶は出来ないとのことだ。レイチェルとモニカはホッとしていた。
俺とローレンスさんは訓練を続けた。久しぶりに模擬戦をしたら、攻撃魔法なしでは到底敵わない強さになっていた。俺の体が成長すれば差は縮まるかも知れないが、現状ではどうにもならない。
アンジェリカも訓練していた。リアやセラに攻撃魔法の指導を受けていたようだ。
休日の訓練では、ベティさんの指示で、ローレンスさん対俺達三人の模擬戦が行なわれた。結果は俺達の全勝だったのだが、ローレンスさんは回数を重ねる度に強くなっていった。恐ろしい成長速度だが、それより強いベティさんは何なのだろうと思う。
そして二週間が経った。
◇
討伐隊がバミンガム侯爵領に進んでいる。騎士団は百人ほど動員された。近衛騎士は俺と一緒にいるトーマスさん一人だけだ。
学園の生徒は少数の参加にとどまった。大半は不参加を決め、参加を希望した生徒も保護者が許可を与えなかったのだ。Bランクが相手では仕方のないことだろう。俺自身、無理を言って許可して貰っている自覚はある。
今は馬車に乗って進んでいる。同乗者はトーマスさん、アンジェリカ、ローレンスさんの三人だ。
「見えてきましたわ。あれがバミンガム侯爵領の魔物領域です」
アンジェリカが指を差す方を見ると広大な森がある。手前には軍の姿も見える。
「あれはバミンガム侯爵領の領軍か?」
「ええ。間違いないと思いますわ」
流石に侯爵家だ。かなりの人数がいる。
馬車が森の手前の広場に到着する。馬車が停止すると扉が開かれ、俺達は順に降りる。そこには、武装したバミンガム侯爵が待っていた。
「お待ちしておりました。アレクシス殿下」
「今日は学生の一人です。他の学生と同じように扱ってください」
公的な場以外は叔父と甥の関係なので、普通に接してくれる方がありがたい。
「分かりました。では、そうさせていただきます」
ニヤリと笑みを浮かべて俺を見る。侯爵はアンジェリカに視線を向ける。
「騎士隊長に挨拶に行く。付いて来なさい」
「かしこまりました」
侯爵とアンジェリカが騎士隊長に挨拶に行った。俺達は学生なので後回しだ。
「ん?」
アンジェリカの隣にもう一人女の子がいる。あれは――クラリス?
クラリスはアンジェリカの妹で、俺達の一つ下の十二才。当然、貴族学園に入学もしていない。
「クラリスまで連れて来たのか……」
流石にクラリスまで連れてくる必要はないと思う。
「クラリス様ですか?」
俺の呟く声が聞こえたのだろう。ローレンスさんが聞いてきた。
「ええ。アンジェリカの隣にいるのが多分そうです」
「ああ。確かにクラリス様ですね」
面識はあるようだ。
「クラリスまで連れて来る必要はないと思うのですけどね」
「……今後のことを考えているのかも知れません」
「今後ですか?」
「その……クラリス様が侯爵家を継ぐ可能性もありますので……」
「ああ……」
その可能性は確かにある。ローレンスさんが侯爵に認められなければ、俺が婿にならないことを明言している以上、次の候補はアルフ殿下だろう。その場合は同い年のクラリスの方が都合が良い。
時間があれば、クラリスにも謝っておこう。
◇
討伐の方針と編成が決まった。十人で一班として、騎士団、領軍、冒険者を編成し、班ごとに森に入っていく。普段、冒険者が入る範囲を想定し探索を行う。確認出来る範囲のサーペントを討伐し終えたら作戦終了だ。
学生は三班編成になった。一班が俺とアンジェリカ。二班がローレンスさん。三班がそれ以外の学生だ。全ての班に護衛が付く。
俺とアンジェリカの班の護衛は当然トーマスさん。加えて、騎士団の護衛と領軍の護衛の両方がつく。他の学生と同じ扱いと言いつつ、特別扱いになっているのだが仕方ない。クラリスも俺達と一緒に森に入る。入学前なので実戦経験はない。この班は戦わないことが前提となっている。森の浅い所までしか入らない。
二班の学生はローレンスさんのみだ。これは、トーマスさんから実力が保障されているのが理由だ。他の学生とでは力の差がありすぎるため別枠になった。加えて、侯爵自身と領軍の護衛が一緒だ。領軍の護衛は侯爵の護衛を兼ねているため精鋭部隊だ。侯爵がいる目的は、言うまでもなくローレンスさんの力を見ること。この班はローレンスさんの力を見つつ、森の深い所を目指す。
三班は残りの学生。護衛の騎士団と一緒に浅い範囲を探索する。フォレストスネークを数体討伐出来れば十分だ。実地訓練の延長上と考えられている。
◇
俺達は森に侵入した。他の班が既に入った後なので、探知範囲に魔物はいない。俺達はあまり深く進みすぎないようにゆっくり歩く。右隣にはクラリス、その向こうにアンジェリカがいる。
「ごめんな。クラリス」
「何のことでしょう?」
「俺のせいで討伐に参加する羽目になっただろう。まだ十二才なのに」
クラリスは俺の発言を聞いて笑みを浮かべる。その表情に不満の色は見えない。
「アレク兄さまの責任ではございません。むしろ感謝しております」
「感謝? なんでだ?」
俺が質問すると、クラリスは顔を赤らめ視線を外す。
「その……自分で言うのは恥ずかしいのですが、……アレク兄さまは事情を御存知と聞いておりますので、話しますね」
事情? 何のことだ?
「わたくし、今年の初めに縁談のお話を頂いた時、とても嬉しかったのです。ですが、お父様はお認めになってはくださいませんでした」
ん?
「正直、もう諦めてしまっていたのです。ですが、アレク兄さまと一緒に訓練をして、見違えるほど強くなられたと聞きました。推薦してくださったのもアレク兄さまなのですよね?」
あれ、何かおかしい? これではまるで……
「その通りですわ。アレクがお父様に推薦してくれたのです」
アンジェリカがクラリスに答える。俺がアンジェリカに視線を向けると、アンジェリカも俺に視線を合わせ――
「そうですわよね」
とびっきりの笑顔を見せて来た。
その顔を見て、ハッと気付いた。ローレンスさんの縁談の相手は――クラリスだ。
俺はクラリスに視線を合わせ、必死に笑顔を作って見せる。
「ああ。今のローレンスさんなら、きっと侯爵も認めてくれると思う」
「ありがとうございます。アレク兄さま!」
クラリスはとても嬉しそうな笑顔でお礼を言ってくれた。その向こうにいる姉は、笑いを堪えているが。
「アンジェリカ。聞きたいことがあるのだが?」
「その話は討伐が終わってからで良いのではないですか?」
「そうですね。森の中にいる間は、周囲に注意した方が良いでしょう」
そう言うトーマスさんも、笑いを隠しきれていない。
――トーマスさんも知っていたな。
「……そうですね。集中しましょう」
討伐が終わったら全部聞き出してやる。
◇
「魔物、来ませんね?」
クラリスが退屈そうに呟くが、来たら困る。討伐開始から一時間くらい経った。相変わらず探知範囲に魔物はいない。
「クラリスがいるのに、魔物が来たら困りますわ」
アンジェリカがクラリスに笑いかける。この姉妹はとても仲が良い。
「そうだな。来ないですむなら――」
突如――
魔物の咆哮が鳴り響いた。
その声は俺達の遥か前方から聞こえて来た。ブリスト伯爵領の時の声に似ている?
「トーマスさん!?」
「撤退します。全員速やかに森の外へ」
俺が声をかけると、トーマスさんはすぐさま撤退の判断を下す。
『了解』
騎士と領兵はすぐさま応じる。アンジェリカは大丈夫そうだが、クラリスは動揺している。
「クラリス。落ち着け」
「は、はい!」
「森から出る。動けるか?」
「大丈夫です!」
少し心配だが、返事は出来ているので大丈夫だろう。クラリスの様子を確認した騎士が先行して進む。俺、アンジェリカ、クラリスがその後に続き、トーマスさんは俺達の近く。左右と後方を領兵が囲んで進んで行く。
「アンジェリカは平気か?」
「ええ。多少は訓練もしていますから」
実地訓練の成果はあるようだ。
少し早いペースで進んで行く。だが、断続的に聞こえる声は近づいて来ている気がする。
「トーマスさんは探知出来ますか?」
「声の主は捉えていません。ですが、他の魔物は探知範囲に入って来ています」
「追いつかれますか?」
「分かりません。ですが、その場合は私が食い止めますので、アレク様達は先に森を出て隊長に連絡をお願いします」
「……分かりました」
俺達がいても足手まといなだけだ。
「声の主が何かはまだ分かりませんが、状況によっては森の外に引きずり出して戦います。森からは極力離れてください」
「了解です」
二人の安全が最優先だ。納得したところで、また叫び声が聞こえた。
「お父様やローレンス様は大丈夫でしょうか?」
クラリスが心配そうな声を出す。
「大丈夫だ。護衛も付いている」
……嘘だ。
先程の叫び声の感じだと、多分戦闘を行なっている。それが侯爵達でないとは言い切れないし、無事という保証はない。
「……はい」
クラリスも分かってはいるのだろう。自分を無理やり納得させているように見える。
「アレク様」
「はい」
トーマスさんから声をかけられる。
「声の主の反応を捉えました。迎撃が必要ですので先に行ってください」
「……分かりました」
トーマスさんが歩みを止める。どうやら声の主は、相当強い魔物のようだ。




