第四話 トーマスに相談
翌週の授業も順調で、何の問題もない。問題があるのはローレンスさんとの関係で、何か避けられている感じがする。放課後の訓練でも見かけない。
後期二度目の休日。ダミアンとコリーを誘って、騎士団の訓練場にやって来た。今日の講師もトーマスさんが勤めてくれる。
「それでは始めましょう」
◇
今日の訓練も大変厳しく、ダミアンとコリーが必死に食らい付いていた。
「前の時よりも厳しくなってないか?」
「比較にならないよ」
訓練を終えたダミアンとコリーがぐったりしている。厳しい理由を教えておこう。
「この訓練の目標は、Bランク魔獣と戦えるようになることだからな」
「Bランク!?」
コリーが驚く。普通は貴族学園の一年生が想定する相手ではない。驚くのも当然だ。
「もしかして、キングボアが理由か?」
「正解だ」
肯定の返事を返すと、ダミアンは軽くため息を付く。
「……誘わない方が良いか?」
「いや、参加させてくれ」
「僕も参加する。大変だけど、絶対自分のためになるから」
二人の返事に嬉しくなり、頬を緩ませる。トーマスさんも俺達の様子を見て、嬉しそうな顔をしている。
今日はトーマスさんに聞きたいことがある。訓練も終わったので、聞いてみることにした。
「トーマスさん。教えて貰いたいことがあるのですが?」
「何でしょう?」
「魔力は十分あるのに魔法が使えない人が、魔法を使えるようになる良い方法はありませんか?」
ローレンスさんのことだ。一週間色々考えたが、良い方法が浮かばなかった。トーマスさんが疑問の表情を浮かべる。
「アレク様の御友人達は、皆さん魔法が上手ですが、誰かそういう人がいるのですか?」
俺、リア、セラは勿論のこと、ダミアンもコリーも魔法が上手い。アンジェリカ、レイチェル、モニカの三人も順調に成長している。
「貴族学園の二年生でローレンスさんという方なのですが、俺の見た所魔力が上手く動かないのが原因みたいで」
「二年生のローレンス? もしかして、ウォルバー伯爵家ですか?」
「御存知ですか?」
「ええ。甥です」
「えっ!?」
俺は驚きの声を上げる。ローレンスさんが甥?
「私の兄が当代のウォルバー伯爵で、ローレンスはその次男ですね」
「トーマスさんって、伯爵家の人だったのですか?」
「ええ」
「知らなかった……」
「まあ、成人して家を出たら関係ありませんから」
トーマスさんが微笑を浮かべる。成人して家を出た貴族の子は、姓――というか領地名なのだが――を名乗らない人も多い。家を出れば貴族籍から外れるので、名乗らないのが普通なのだ。貴族籍であっても、平民出身の一代貴族は姓に相当するものがない。騎士は貴族籍だが、それでも名乗らなくなる人の方が多い。
「まあ、そういう関係です。それで、ローレンスがそういう状態なのですか?」
「はい。その様子だと御存知ないですね?」
「ローレンスが生まれる前に家を出ていますから。今までに数回会っただけですね」
それが普通なのかも知れない。
「伯爵は何も言っていなかったのですか?」
「余り優秀ではないという話は聞いたことがあります」
そういう評価になるのか……
「そうですか……魔法が使えるようになれば相当優秀になると思うのですが」
「何か根拠があるのですか?」
知っているからです。
……とは言えないので、先週の手合わせの話をする。
「先週手合わせをした時に、身体強化魔法で吹っ飛んでいました」
「吹っ飛んだ……ですか?」
「えーと……ローレンスさんは無理やり魔法を使おうとすると、制御が出来なくて暴発するのです。その時は一足飛びで五メートル以上は飛びました」
「一足で五メートルですか……なるほど」
トーマスさんが考え込む。身体強化魔法を使っても、一足飛びで五メートル進むのは異常だ。
「……方法はなくもないです」
「教えてください!」
少々食い気味に質問してしまう。トーマスさんが少し驚いている。
「随分熱心ですね。ただの親切心ではないのですか?」
「えーと……内緒です」
「もしかして、アンジェリカ様の婿に考えておいでで?」
「!?」
何で分かるの!?
俺の様子を見て、トーマスさんが微笑を浮かべる。
「モニカさん、レイチェルさんとくれば、次はアンジェリカ様かな……と」
俺の横では、ダミアンとコリーが苦笑を浮かべている。
「アレク様は、アンジェリカ様は好みではないのですか?」
「好みとかじゃなく、俺はバミンガム侯爵家の婿にはなれませんから」
「なれないのですか?」
「あっ!?」
しまった。また失言してしまった。リアとセラのことはまだ秘密なのに……バレてるかも知れないけど。
「内緒にしておきます」
トーマスさんがクスクス笑いながら言う。これはバレてるな。
「……ま、まあ、アンジェリカも大事な従妹で幼馴染ですから。良い婿を見つけられればそれが一番かなと思っています。ローレンスさんも一度は縁談を申し込んだみたいですから、好意も持っているとは思いますし」
「ローレンスがアンジェリカ様に縁談の申し込みですか?」
「ええ。侯爵に一蹴されたみたいですけど」
「……そうでしたか?」
何やら考えるトーマスさん。
「何か知っているのですか?」
「いえ。詳しいことは何も。それより訓練の方法ですけど――今は内緒です」
「ええ?」
何故?
「来週、ローレンスも連れてきてください。準備はしておきますので」
「……? はい、分かりました」
訓練方法が気になりつつ、その場を後にした。
◇
その日の夕食前。寮のローレンスさんの部屋を訪ねた。
「こんばんは。少しお話があるのですが、宜しいでしょうか?」
「……どうぞ」
ローレンスさんは訝しみつつも部屋に入れてくれた。勧められた席に座る。
「それで、ご用件はなんでしょう?」
「訓練のお誘いです」
「大変ありがたいお申し出ですが、私ではアレクシス様の相手は務まりませんので……」
ローレンスさんは視線を外して断る。かなり卑屈になっていそうだ。
「そうではなく、近衛騎士の訓練です。来週の休みの日なのですが」
ローレンスさんは一瞬驚き、訝しむ視線が強くなる。
「それこそ無理だと思います。近衛騎士の方にもご迷惑でしょう?」
「いえ。あちらから連れてくるように言われました」
ローレンスさんは不思議そうな表情をする。
「トーマスさんです。御存知ですよね?」
「叔父上ですか……」
何かがっかりしたような、諦めの微笑を浮かべて俯く。身内の情とか、叱責とか、考えたのかも知れないが……まあ気にすることはない。
「ローレンスさんが魔法を使えない理由が気になりまして、トーマスさんに質問をしたのです。そうしたら良い方法を知っているらしく、連れて来るように言われました」
ローレンスさんが顔を上げる。興味はありそうだ。
「私の考えですが、ローレンスさんは魔法を使えるようになると思っていますし、魔法が使えれば誰にも負けないくらいの強さを身に付けられると思います」
「私が……ですか?」
「はい。身体強化魔法で一足飛びにあんなに飛ぶ人は、近衛騎士にも見たことがありません。ローレンスさんには才能があります」
力強く断言すると、ローレンスさんは不安と希望が入り混じった表情になる。
「来週、御一緒していただけますか?」
ローレンスさんは少しだけ迷ったが、了承してくれた。
◇
翌週の休日。ダミアン、コリー、そしてローレンスさんを連れて訓練場にやって来た。ローレンスさんの件があったので、ダミアンとコリーは今日の訓練の参加を遠慮していたのだが、気にせず連れて来た。必要なら、先週トーマスさんから言われているだろう。
訓練場には、トーマスさんだけでなくベティさんも待っていた。
「お久しぶりです。ベティさん。サザーランド以来ですか?」
「慰労会で、アレク様が勲章を受ける姿は拝見しましたよ」
揶揄うように言うベティさん。
「少し恥ずかしいですね……今日はベティさんも稽古をつけてくれるのですか?」
ベティさんは「名誉なことですよ」と笑い、言葉を続ける。
「今日は私が皆さんの稽古のお相手をします」
「私はローレンスに付きっ切りになると思いますので、ベティさんに相手をお願いしました」
トーマスさんはそう言って、ローレンスさんに顔を向ける。
「久しぶりだな。ローレンス」
「お久しぶりです。叔父上。本日はよろしくお願いします」
ローレンスさんが頭を下げ、トーマスさんが頷く。
「では、三人はベティさんと稽古を始めてください」
「その……ローレンスさんの訓練内容が少し気になるのですが」
俺がそう言うと、ダミアンとコリーも頷く。俺達の態度にトーマスさんとベティさんが苦笑を浮かべる。
「では最初だけ」
そう言って、ローレンスさんに視線を戻す。
「ローレンスは魔法が使えず、無理やり使おうとすると暴発する――と、聞いているが、間違いないか?」
「はい。間違いありません」
「ふむ。では身体強化魔法を使って見せてくれ」
「えっ?」
唐突に身体強化魔法を見せろと言うトーマスさんに、ローレンスさんは疑問の声を出す。
「あちらの方向に向かって、身体強化魔法を使って全力で走れ。暴発して構わん」
「は、はい」
ローレンスさんは訳が分からないまま指示された方向を向き、構える。
「行きます」
ローレンスさんは勢いよく飛び出し――豪快に転倒し倒れた。
「これは凄いですね……」
「聞いていた以上です」
ベティさんとトーマスさんが冷静に述べる。五メートルどころじゃないな……十メートルくらい飛んでないか? ローレンスさん大丈夫かな?
暫く見ていると、ローレンスさんがゆっくり起き上がり歩いて来た。
「……どうでしょうか?」
「聞いていた以上だな」
ローレンスさんの問いにトーマスさんが微笑を浮かべて答える。大丈夫だろうか? トーマスさんに質問する。
「どうにかなりますか?」
「ええ。大丈夫です」
俺の質問に笑顔で答えたトーマスさんは、腰に下げた袋から何かを取り出す。
「これを使って訓練します」
「それってまさか!?」
トーマスさんが袋から出したもの。それは――
「魔法薬を使います」
馬のドーピング薬だった。
 




