第一話 夏季休暇最終日のお茶会
夏季休暇最終日。俺は公爵邸から貴族学園の寮に戻って来ている。帰省した学生達も、ほとんどが寮に戻って来た。
今日は久しぶりに、リア主催のお茶会が開かれた。いつものメンバーに加え、コリーとダミアンも呼ばれている。俺はダミアンに視線を向ける。
「そういえば、もう怪我は良いのか?」
「問題ない。元々軽傷だし、回復魔法もかけて貰っている」
ダミアンはそう言って微笑む。夏季休暇前に比べ、雰囲気が少し柔らかくなった。理由は分かっている。
「治ったからって、無理したら駄目よ」
「分かっている」
愛情の籠った声でレイチェルがダミアンに注意をし、ダミアンは柔らかい笑顔でレイチェルに返事をする。二人の距離が近づいたのが一目で分かる。そう、二人は正式に婚約したのだ。
今回の件で、ブリスト伯爵は爵位没収の上、処刑。伯爵領が王家の直轄領となったことで、魔物領域も王家で管理することになった。メア子爵家を悩ませていた問題にも、全て解決の道筋が立っている。そのため、俺への縁談申し込みは取り下げになった。俺の方も快く応じている。
代わりにレイチェルの婿に決まったのがダミアンだ。ダミアンが選ばれた理由は幾つもある。
優秀な魔法の才能を持つ稀有な人材である。
他家の子息でありながら、メア子爵領の問題解決に尽力し、多大な功績を挙げた。
両家の関係は非常に良好で、ダミアンの実家も今回の件で兵を出して協力した。
何より一番の理由は、お互いに好意を持っていること。
ダミアンも父親のバーナム子爵も異論などない。事件後の忙しい時期にも関わらず両家は話し合いを行い、夏季休暇中に正式な婚約を成立させた。
急いだ理由も一応ある。
今回の一件で、ダミアンの評価が急上昇した。
王都でもダミアンを評価する声は多い。
当然ながらバーナム子爵家周辺の貴族の評価も高まる。
他家からの縁談が来る前に決めたかったらしい。
「二人が婚約してホッとしたよ」
「そうね。両想いの男女が結ばれないのは悲しいものね」
セラとリアも本当に嬉しそうに二人を祝福し、ダミアンは柔らかな微笑で、レイチェルは顔を赤らめて、祝福を受ける。
二人は子爵領の問題解決のために、随分前から協力していた。特にセラの功績が大きい。問題解決のための段取りを秘密裡に行い、陛下の承認まで取り付けた。公な話ではないが、俺達が氾濫の情報を最初に知った経緯から、徐々にそのことを知る人が増えた。
ダミアン同様に、城ではセラの評価が急上昇しているそうだ。
「レイチェルさんが幸せそうで、本当に良かった」
「ダミアンはなんだか、顔が優しくなったね」
モニカとコリーも嬉しそうな顔で話している。俺は二人に話しかける。
「幸せなのは二人も一緒だろ?」
「まあ、そうだね」
「アレクさんのおかげです」
コリーとモニカが照れ笑いを浮かべる。
二人もこの夏に婚約が成立した。夏季休暇が始まると、モニカのアルハロ男爵領への帰省にコリーも同行した。コリーを婚約者として認めて貰うため。岩ゴーレムからミスリルを抽出するための研究を行うため。この二つが理由だ。
コリーとモニカの婚約は、すんなり認められた。
コリーはアルハロ男爵が求めていた人材に合致しており問題はない。
加えて、岩ゴーレムからミスリルを抽出出来るだけの魔法力がある。
王家からのミスリル抽出に関する命令もあった。
アルハロ男爵家にとって、コリー以上の婿は考えられない。
コリーの実家も当然賛成だ。ミスリルを産出するアルハロ男爵家との縁組の意味は大きい。
そういう諸々の理由で婚約は成立した。
「それで、研究の方はどうなんだ?」
「アルハロ男爵領の岩ゴーレムからも抽出出来ることは確認したよ」
コリーの返答に頷きを返す。
「あとは効率の良い抽出方法の検討だね。細かく砕いた方が火魔法は弱くて済むけど、それはそれで手間が掛かるから」
研究は進んでいるようだ。コリーの顔に不安感は見えない。
「気長にやれば良いさ」
「そのつもりだよ」
コリーは笑みを浮かべる。
「冒険者も少し増え始めているんですよ」
モニカが嬉しそうに教えてくれる。ミスリル目当ての冒険者だろう。冒険者が来るようになれば、アルハロ男爵の負担も減る。
「それは良かった。アルハロ男爵も喜んでいるだろう?」
「はい。あんなに嬉しそうなお父様は、久しぶりに見ました」
モニカが本当に嬉しそうだ。皆にも笑顔が広がる。
「私とレイチェルさんのことを聞いて、女子寮ではアレクさんの話題で持ち切りですよ」
「俺の話題?」
二人の話題ではなく俺の話題と何だろう? レイチェルが微笑を浮かべて教えてくれる。
「アレクさんにお願いすれば、素敵な縁談を見つけてくれるかも知れないって話をしている子達がたくさんいます」
「……それは難しいな」
皆がクスクス笑っている。するとコリーが男子寮の話をしてくる。
「男子寮でも同じような話を聞いたよ」
「そうなのか?」
「アレクに頼めば令嬢と仲良くなれるかもって」
「初耳だな」
「アレクは他の男子とあまり話をしないからね」
「入学式で令嬢に囲まれた件が、尾を引いているな」
俺がそう言うと、皆がさらに笑い声をこぼす。あの一件で、俺は男子に目の敵にされたところがある。勿論、今はそんなことはないが、コリーとダミアン以外の男子とは積極的に交流をしていないのも事実だ。
「頼まれても紹介出来る令嬢はいないし、男子には自分で頑張ってもらおう」
皆、笑みを浮かべながら頷く。
すると、セラがアンジェリカに悪戯っぽい笑顔で話しかける。
「アンジェリカは、婿を紹介して貰うといんじゃない?」
「あら、アレクが婿に来てくれれば問題ありませんわ」
二人がふふふと笑い合う。仲が良いのは知っているけど……会話が怖い。
俺はバミンガム侯爵家の婿になる気はない。アンジェリカには諦めてもらう必要がある。モニカやレイチェルの様に、良い相手が見つかるのが一番良い。だが、バミンガム侯爵家に相応しい婿となると――
「でも、そうですわね……」
アンジェリカの婿について考えていると、本人が何か意味あり気に呟く。アンジェリカは「失礼しますわ」と言って、遮音壁を展開した。遮音壁が俺達八人を包む。
「あら、遮音壁?」
「アンジェリカ、使えるようになったんだ」
「便利そうなので覚えました」
リアとセラが少し驚いている。アンジェリカは事もなげに言うが、遮音壁は地味に難しい。流石はバミンガム侯爵令嬢と言ったところだろう。
「それで、遮音壁まで張って何の話?」
セラが不思議そうに尋ねる。アンジェリカはリアに視線を向ける。
「そろそろわたくしにも、本当のことを話していただけませんか?」




