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異世界で王位継承争いに巻き込まれた(字下げ版)  作者: しゃもじ
第三章 レイチェルの不安とメア子爵領の問題
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第九話 村民救出

「このまま真っすぐです」


 トーマスさんの馬の後ろに乗った男が、村の方向を指示する。彼の名前はマックス。ブリスト伯爵の兵を辞めて、村民の避難を行なっていた男だ。昨日までは、領軍の小隊長の立場にあったそうだ。彼の後ろにいた兵士は、小隊の部下達だ。小隊は十名。誰一人欠けることなく行動しているらしい。部下に慕われているのだろう。


 一緒にいた冒険者も、元ブリスト伯爵の兵士達だ。伯爵は数年前に魔物領域の討伐業務を行わなくなった。その方針に反発して辞めたらしい。彼らは冒険者になり、魔物領域での討伐を続けた。しかし、人数が少ない上に魔物領域と街とは遠く、獲物を持ち帰るにも一苦労。彼らにも生活がある以上、倒してそのまま放置とはいかなかったようだ。ブリストに氾濫の情報を伝えたのも彼らだ。一昨日の昼頃、魔物領域の北側にいたらしい。


 彼ら以外にも、伯爵の方針に不満を持っている兵士は大勢いるらしい。そんな兵士の声を無視し続けているのが、彼らの元上司の兵士長。兵士長は伯爵の弟で、伯爵と同じタイプの人間らしい。無責任で怠慢ということだろう。


 そんな話を聞きながら村に向っているのは、俺、トーマスさん、マックスの三人だ。俺達の馬は魔法薬の効果がまだ続いているので、先行することにしたのだ。マックスは道案内として、トーマスさんの馬に同乗している。残りの人員は、避難用の馬車で後から追いかけてくる。


 マックスの案内で走ること三十分。目的の村が見えてきた。視界には多数のボアが確認出来る。


「柵が!?」


 マックスが叫ぶ。

 村を囲む丸太柵の一画が、俺達の目の前で破られた。柵を破ったボアが、村に侵入する。


「突入します!」


 トーマスさんはそう言うと、柵の破られた箇所目掛けて突入する。俺はトーマスさんの後に続いた。村民の叫び声が聞こえる。柵を抜けると、暴れるボアとそれを囲む村民、泣き叫ぶ子供達の姿も見える。


 トーマスさんは素早く馬を降りると、剣を抜き一瞬でボアの首を撥ねた。俺も馬を降り、ボアの侵入を警戒する。


「アレク様! 村民を指揮してボアの侵入を防いでください。私は周囲のボアを片付けてきます」

「了解です!」


 トーマスさんは村の外に走り出す。俺はボアの侵入に警戒しつつ後ろを向く。


「マックス。ボアの侵入を警戒してくれ」

「分かりました」


 マックスは柵が破られた場所に向かう。


「村長はいますか?」

「わ、私です」


 ボアを囲んでいた男達の中から、四十才くらいの男性が出てきた。


「救援要請を受けて来ました。あと二時間くらいで馬車が到着しますので、避難の準備を進めてください」


 俺の言葉を聞いて、村長が安心した表情をする。


「ありがとうございます」

「それと、怪我人は?」

「軽傷のものが数名おりますが、避難に支障はありません」


 ホッと胸を撫でおろす。


「では、戦える人は引き続き魔獣の侵入に備えてください。周辺の魔獣は先程の騎士が順次片付けます」

「騎士様ですか?」


 トーマスさんが騎士だと分からなかったのだろう。村長が疑問を呈す。すると、マックスが余計なことを言う。


「先程の方は近衛騎士のトーマス様。こちらの方は、アレクシス=ランドール殿下だ」

「殿下って……おっ、王族!?」


 村長が叫ぶと村民が一斉に跪く。

 ……面倒な。


「皆さん立ち上がって。魔獣の侵入に備えてください」


 俺がそう言うと、村人達は慌てて行動を始めた。



 ◇



「トーマスさん凄いな……」


 村の南東にある物見櫓に上り、辺りを見回す。周辺にいたボアは、あっと言う間にトーマスさんによって討伐された。今は村から少し離れた位置で、ボアを刈っている様子が見える。


 村は俺達が来る直前まで、何とかボアの侵入を食い止めていたようだ。柵が破られたのは先程の一画だけで、今はマックスと村民が防備を固めている。馬車が到着するまで持ち堪えられるだろう。


「おっ、ボアが一匹」


 村の東の方角から、ボアが一匹近づいて来ている。トーマスさんは南東の魔物領域方面で戦っているので、こちらで処理する。


「マックス! 東からボアが一匹近づいている!」

「了解!」


 村の北側にいるマックスに、大きな声で指示を出す。柵が破られたのは北側の一角だ。

 マックスが村民を二人連れて、柵の外側を東に向かう。ボアは真っすぐ村に向って来た。マックス達が東側に到着し、戦闘態勢に入る。


 俺も物見櫓の上から攻撃魔法の準備を行う。ボアが射程に入る。


「土弾!」


 魔力を込めて土弾を発射する。土弾はボアに直撃し、ボアが転倒する。すかさずマックス達が突撃しボアを攻撃。ボアはマックスの槍に貫かれ活動を停止した。討伐完了だ。


 ボアを難なく討伐出来たことで、村の男達が興奮している声が聞こえる。彼らの高揚した声を聴きながら、周囲の警戒に戻る。南東方向で戦っていたトーマスさんは、徐々に東に戦場を移動しているようだ。


「んっ?」


 南西から近づく魔物の反応を捉える。ボアの反応ではない――ビッグボアか? 探知魔法に集中する。


 ――違う、ビッグボアより強い。


『トーマスさん! 南西から強い反応が来ています!』


 拡声魔法を使い、トーマスさんに向って大声で叫ぶ。拡声魔法は風魔法の一つで、声を拡張する魔法だ。

 聞こえただろうか? 聞こえたと思うが……

 確認する余裕もなく俺は物見櫓を降りる。急いで南門側に向かう。


 ――魔物の動きが早い。


 魔物は、ボアとは比較にならない速さで村に近づいて来ている。おそらく村の柵では防げない。俺が南西側に出ると、すぐにマックス達もやって来た。


「アレクシス様。魔物ですか!?」

「叩きのめしてやります!」


 村民達が強気な表情を見せる。ボアを倒したことで気分が高揚しているようだ。マックスはともかく、村民に戦わせるのは危険すぎる。


「魔物はすぐに来る。多分ボアよりずっと強い。マックス以外は村の中に戻れ」

「俺達も戦います!」

「命令だ! 戻れ!」


 強い口調で命令すると、村民はビクッとして戻っていった。その背中を見ていたマックスが、俺に向き直る。


「もしかして、ビッグボアですか?」

「多分ビッグボアより強い。――来たぞ!」

「まさか!? キングボア!」


 魔物を視界に捉える。

 

 キングボアか……

 

 迫りくる巨体には相応しい名前かも知れない。正面に見据えるキングボアは、ビッグボアの更に倍くらいの大きさだ。高さは四メートルくらいだろうか? 正面からは見えないが、多分体長は八メートルあるのだろう。とてつもない巨体が、真っすぐに村に向って走ってくる。


「進行方向を村からずらすぞ」

「どうやって!?」

「魔法で気を引いて囮になる」

「そっ!? ……くっ、了解」


 他に方法が思いつかないので仕方ない。キングボアに掌を向け、全力で魔法を放つ。


「火弾!」


 直径一メートルくらいの火弾が、キングボアに襲い掛かる。「ボンッ」という音を立ててキングボアに直撃するが、止まる気配はない。予想通りではある。


「移動しながら魔法を連射!」


 マックスに指示すると、火弾を連射しながら南に走り出す。マックスも同じように火弾を放ちながら、俺の後に続く。


「掛かった!」


 キングボアは火弾に腹を立てたのか、叫び声を上げて俺達に向ってくる。俺達は東へ方向を変えつつ、キングボアを村から引き離す。


「アレクシス様、この後は!」

「トーマスさんが来るまで耐える!」

「そんな無茶な!」

「無茶でもやる!」


 俺とマックスはそんな言い合いをしつつも、火弾を連射し続ける。マックスはあまり火魔法が得意ではないようで、威力も低いし数も少ない。でも、気を引ければ問題ない。


 同時に身体強化魔法も全開だ。ビッグボアの突進をひたすら避ける。身体能力の差があるのだろう。俺よりもマックスの方が良い動きをしている。


 避け続けること数十秒、ついにトーマスさんが来た。俺達の目の前にいたキングボアが吹っ飛ぶ。横合いから体当たりを食らわせたようだ。


「ご無事ですか!?」

「助かりました!」


 トーマスさんは「後でお説教です」と言って、キングボアに向っていく。


「マックス平気?」

「はい……凄いですね」


 マックスの視線の先には、キングボアと戦うトーマスさんがいる。キングボアの周囲を立ち回り、次々に斬撃を入れていく。あっと言う間にキングボアが血だらけだ。


「近衛騎士だから」


 そうとしか言いようがない。俺もトーマスさんの戦いを見つめる。


「んっ?」


 血だらけで戦っていたキングボアが動きを変えた。標的を変えたのだ――俺達に。


「アレクシス様!」


 慌てるマックスを横目に、冷静なままキングボアを見ている。慌てる必要などない。トーマスさんが逃がすわけがないのだ。


 左の掌をキングボアに向ける。必要はないだろうが――


「火弾!」


 キングボアに火弾を放つ。同時にキングボアの動きが止まるのが見えた。トーマスさんが倒したのだろう。やはり必要なかったようだ。


 火弾が着弾した。「ボンッ」という音と共に土煙が舞う。土煙が治まった後に残るのは、キングボアの死体だ。


「さすがトーマスさ――」

『アレクシス殿下がキングボアを倒した!』

「えっ?」


 思わず振り返る。

 後方から村民の歓声が聞こえる。物見櫓から見ていたのだろう。

 今いるのは村の南側で、物見櫓、俺とマックス、ビッグボア、トーマスさんが一直線に並ぶ位置にいたため、俺が倒したと勘違いしているようだ。


「アレクシス様、凄いです!」

「いや、マックスは分かるだろう……」


 マックスを半眼で見る。


「?」


 分かっていないようだ。そこへトーマスさんが近づいてくる。


「お見事です。アレク様」

「いやいや……」


 笑顔で何を言うのか……。

 トーマスさんが俺に顔を近づけ、小声で囁く


「アレク様が倒したことにした方が、士気が高まります」

「いや、駄目でしょう?」

「キングボアも倒れた直後ですし、瀕死でも生きていたはずです。アレク様の魔法が止めを刺したのは嘘ではありません」

「そんな無茶な! 放っておいても死んでいましたよ」


 トーマスさんはニヤリと笑みを浮かべ、顔を離す。俺の抗議は無視する気のようだ。


「とりあえず魔石を取り出します。勿体ないですがキングボアも放置ですね」


 そう言ってキングボアの死体に向って歩き出す。

 くっ、避難が終わったら説明しよう。


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