第七話 王都への連絡
メイドさんに起こされた。
「おはようございます。アレク様」
「……おはようございます」
目の前に、昨日お世話をしてくれたメイドさんの顔がある。まだ眠い……が、誘惑に抗い体を起こす。窓の外はまだ暗い。
「朝食の用意が整っております」
「分かりました。すぐに行きます」
俺はベッドを出て着替えをする。メイドさんがいるが、昨日色々見られているので気にしない。準備を終え、メイドさんに連れられ食堂に向かう。食堂には伯爵とトーマスさんがいた。
「おはようございます」
挨拶をして席に座る。
「おはようアレク。体調はどうだ」
「軽い疲労はある感じですが、問題はなさそうです」
伯爵の質問に答える。すぐにメイドさんが朝食を運んできてくれた。
「このまま残っても構いませんよ?」
「……いえ、行きます」
トーマスさんは暗に残れと言っているのかもしれない。だが、俺の気持ちに変化はない。
俺は食事をしながら伯爵に話しかける。
「魔物は来ましたか?」
「ボアが数頭、城壁の近くまで来たくらいだ」
「それなら問題なさそうですね」
「サザーランドは城壁に囲まれているからな。問題は周辺の村だ」
城壁で囲われている街というのは、サザーランドのような相当大きな街だけだ。普通の農村に防壁はない。良くて丸太の柵と空堀くらいだ。ボアが一頭でも来れば、それなりの被害は出るだろう。
「サザーランドから兵士を出したが、実際どうなるか予想できん」
「避難はさせないのですか?」
「周辺に偵察は出しているので、その結果次第だな」
兵士を出しているなら、一匹二匹来ても問題はない。群れで来たら偵察が気付くだろう。伯爵の言葉に納得して頷く。
トーマスさんが食事を終え、席を立つ。
「馬の用意をしておきます。食事を終えたら邸の外へ来てください。日が昇り始めたら出発します」
「はい」
トーマスさんが食堂を出て行く。俺は手早く食事を済ませ、その後を追った。
◇
邸を出ると、空が明るくなり始めていた。俺はトーマスさんの元へ歩いて行く。
「お待たせしました」
「丁度用意が終わったところです」
昨日と違いトーマスさんも装備を外している。
「トーマスさん、装備は?」
「今日は馬で行きますから」
重くしたくないということだろうか?それなら昨日と同じように走っても良い気がする。――あっ、俺がいるからか。
「馬を使わなくても走った方が早いのでは? 俺も走りますよ?」
「王都に着いたら即出兵もあり得ますから。なるべく体力は温存します」
「でも、走った方が早いですよね?」
俺やトーマスさんなら、身体強化魔法で走った方が早い。長距離なら尚更だ。トーマスさんの反応を窺う。すると、トーマスさんが腰に下げた袋から何か丸い物を取り出す。
「それは何ですか?」
「魔法薬です。馬に飲ませることで、身体強化魔法を使ったのと同じ状態になります」
「そんなものがあるんですか!?」
「高価な上に使用期限が短いですけどね。こういう事態が起きたときのために、領地貴族は常備しています。これは伯爵から頂きました」
そう言うと、トーマスさんは魔法薬を馬に飲ませる。おお! 馬から魔力を感じる。
「出発します。騎乗してください」
トーマスさんが馬に跨る。俺も同じように、もう一頭の馬に跨った。
◇
街を出るまでは普通だった。人通りのない早朝の通りを速歩で進む。城門まで辿り着き兵士と挨拶を交わす。サザーランドの外に出て、王都へ向け――駆け出した。
「えっ!」
「舌をかまないように気を付けてください」
魔法薬を飲んだ馬は、昨日の俺達と同じ――いや、それ以上の速さで走る。馬車でのんびりやって来た街道を、その何倍もの速さで進む。三十分程度で、サザーランドを見渡せる小高い山の頂上だ。馬に疲れは全く見えない。通常時の全速力くらいの速度かも知れない。
……
昼前には来る時に泊まった村を越えた。馬は延々走り続ける。
「アレク様、大丈夫ですか?」
前方を走るトーマスさんが、視線を前に向けたまま聞いてくる。
「俺は大丈夫です。馬は平気なんですか?」
「夕方くらいまで効果は持つはずです。その頃には王都に到着しているでしょう」
……魔法薬凄いな。
トーマスさんの言う通り、馬は休むことなく走り続けた。そして、日が落ちる前に余裕を持って王都に到着した。
◇
王都南門に詰める兵士が近寄って来た。兵士は俺達の顔を見て敬礼を行う。
トーマスさんは騎乗のまま兵士に告げる。
「急使だ。このまま城へ向かう」
「はっ!」
兵は城門の方を向く。
「トーマス様とアレクシス殿下だ。道を開けよ!」
兵士達は一斉に道を開ける。南門に詰めていた騎士が馬に跨り、俺達を先導する。王都の通りは大勢の人で賑わっていた。
「急使だ! 道を開けよ!」
騎士の声で人々は次々に道を開ける。俺達は速歩で城へ向かう。城への移動中、気になっていたことをトーマスさんに聞く。
「トーマスさん。この馬、死んじゃったりしないですよね?」
魔法薬のドーピングで死ぬのは可哀そうだ。
「大丈夫ですよ。酷い筋肉痛にはなるでしょうが、数日すれば元気になります」
俺はホッと胸をなでおろす。トーマスさんが笑顔を浮かべているのが見えた。
そのまま走り続け、十数分後に城に到着し馬を降りる。
「良く頑張ってくれたな」
首元を撫でながら馬を労う。
「アレク様、行きますよ」
「はい」
トーマスさんの後ろに続き、城内へ入って行く。
◇
トーマスさんは陛下や騎士団に報告を入れた。すぐに関係者が招集され、緊急の軍議が開かれた。
「――という状況です」
トーマスさんが説明を終える。この場には陛下を始め、王太子殿下、父上、それに国家の重鎮達。王太子殿下の子で、既に成人しているオーウェン殿下とカール殿下もいる。
「森から溢れた魔物が何処まで進むかだね」
王太子殿下が発言する。ブリスト伯爵領の魔物領域の付近に人里はない。一番近いのがダミアン達の向かったメア子爵領の村で、次がサザーランドとその周辺の村々だろう。ブリストとその周辺の村々も同程度の距離のはずだ。
「まずはブリストへ使者を出しましょう。同時に情報収集と騎士団の出撃準備を」
父上が提案し、王太子殿下が頷く。二人は陛下に視線を向け判断を仰ぐ。
「ブリストはそれで良い。サザーランドとメアはどうだ?」
陛下がトーマスさんに発言を促す。
「サザーランドは伯爵が既に対応していますので、問題ないと思われます。仮に群れでやって来ても、城壁外の民の避難は間に合うでしょう。サザーランドの城壁が破られることはありません」
トーマスさんの説明に陛下が頷く。
「問題があるとすればメアです。領境に川が流れていますが、ビッグボアなら越えて来るはずです。バート達が急行しましたので、最も近くの村の避難は問題ないと思います。ですが、他の村の避難が間に合うかどうか……」
トーマスさんがメアの防衛について不安な点を述べる。
「避難が間に合ったとしても、メアに城壁はないからな……」
「メア子爵の対応に期待するしかないね」
メアに城壁はないらしい。父上が心配そうな表情を見せる。王太子殿下も同じような表情だ。
「……メアの防衛に兵を出したりはしないだろうな」
陛下が呟く。声にはしなかったが、「ブリスト伯爵はメアの防衛に兵を出さない」ということだろう。そんな人ならこの状況を招いてはいない。ダミアン達は大丈夫だろうか。
「使者はいつ出られる?」
陛下が同席している騎士団長に尋ねる。
「もう日が暮れます。夜間移動も出来なくはありませんが、意味はないでしょう。明朝、馬でブリストに向かわせます」
馬は夜でも走れるが、夜行性というわけではない。今から向かうなら身体強化が得意な騎士だろうが、魔法薬を使えば馬の方が早い。騎士団長の言う通り、明朝の方が良いだろう。陛下も納得したように頷く。
「騎士団はメアまで向かうことを想定して準備を進めよ。明朝、使者を出すのと同時に騎士団を出撃させる。指揮は騎士団長に任せる」
『はっ!』
陛下の判断が下り、軍議は終了した。
◇
軍議が終わり、俺は父上の執務室に呼ばれた。執務室にいるのは俺と父上だけだ。
「まずは座れ」
父上に席を勧められ、ソファに座る。父上も俺の正面に座った。
「ご苦労だったな」
「恐れ入ります」
父上は真剣な顔で俺を見ている。何の話かは想像出来る。
「……討伐に参加するつもりか?」
「はい」
父上が僅かに顔を歪ませる。俺を討伐に参加させたくないのだろう。俺は未成年だ。予想はしていた。
「お前は氾濫の情報を短時間で王都まで伝えた。既に十分な仕事をしている」
「俺は討伐に参加するために戻ってきました。そうでなければ、トーマスさんに任せてサザーランドに残っています」
父上は困った表情で考え込む。俺は父上の返答を待つ。
「何故参加する?」
「何故」か……返答が難しい。そもそも冒険者志望なわけで、性分だというのが一番正しいのだろう。でも、父上を納得させる答えは――
「俺も王族の一員ですから。王族としての責務を果たします」
陛下はともかく、王太子殿下も父上も参加するはずだ。オーウェン殿下にカール殿下、ベンジャミンも当然参加だろう。俺が参加するのは普通のことだ。
俺の言葉に父上は一瞬固まった後、瞑目してまた考え込む。それほど参加させたくないのだろうか?
「友人も戦っています。何もせずにはいられません」
ダミアンは間違いなくメア子爵領で防衛に参加している。レイチェルも参加しているかも知れない。
「……未成年を軍に組み込むわけにはいかない」
視線を下に向けたまま父が言う。正論かも知れないが、査察に参加出来るように協力してくれた人の言葉とは思えない。
「お前は騎士団に組み込まない。これは公爵としての決定だ」
「納得出来ま――」
「下がれ」
俺に有無を言わせず父上は退室を命じる。不承不承部屋を出て、帰りの道を歩き出す。騎士団に参加出来ないなら俺にも考えがある。冒険者として参加すれば良い。……冒険者登録は必要だろうか?




