第四話 メア子爵領へ出立
「明日の話だが、査察にはアレク、ダミアン君、レイチェル嬢の三人もついて行くと聞いているが?」
「はい、その予定です」
伯爵の質問に俺が答え、ダミアンとレイチェルが頷く。伯爵は俺達の返事を確認し、トーマスさんに顔を向ける。
「大丈夫か? 街道の状況は先程言った通りだが」
「通常の魔物領域と同程度であれば、戦闘は問題ありません」
「Cランク魔獣も出るぞ?」
この世界の魔物は、冒険者ギルドによって、強さごとにランク分けされている。
Eランクが初級冒険者向けで、実地訓練で討伐したウルフが一番有名だ。
Dランクが中級冒険者向けで、先日戦った岩ゴーレムもDランクだ。
Cランクも中級冒険者向けと言えるが、やや難易度が高い。
Bランクは上級冒険者向けだが、このレベルの冒険者はあまりいない。騎士団や領兵が対応する場合が多い。
Aランクになると、近衛騎士レベルの実力者を集めないと無理だ。
「アレク様とダミアン君なら何とかなるでしょう。私も行きますし、対処するのは基本的に騎士ですから。レイチェルさんも実地訓練は行っていますから、護衛対象としてなら問題はないと思います」
トーマスさんの説明に、伯爵は少し考えてから納得したように頷く。
「分かった。三人とも無理はしないように」
「「「はい」」」
査察の話はそれで終わり、各自与えられた部屋に案内された。夕食はセラの言った通り、海鮮料理が用意された。王都でも滅多に食べられない海鮮料理に俺達は舌鼓を打ち、普段以上の食欲を発揮した。女性陣はアイリーン様とずっと話をしていた。俺への王命の話もしていたようだが、巻き込まれないように逃げた。
◇
翌朝。装備を整え邸の前に集合した。俺とダミアンの武器は、慣れているという理由で戦槌だ。どんな相手でも有効なので不満はない。
伯爵家の馬車を一台借りて、騎士団の馬車と合わせて二台で行く。
人員は予定通り、俺、ダミアン、レイチェル、トーマスさん、バートさんを始めとする騎士団の皆さんだ。近衛騎士を除く騎士団の人数は十人で、合計で十四人。レイチェルを除く全員が戦闘員だ。
俺達は伯爵達に見送られ、サザーランドを出立した。
◇
街道を進み始めて十分。魔物に遭遇した。
「予想よりも早い……」
バートさんは魔物を見て呟く。ランドール王国では、魔物領域の外で魔物に遭遇することは滅多にない。それは、貴族と冒険者によって、適切に魔物が討伐されているからだ。
「街道と魔物領域が最接近するのは、丁度中間位だったよな?」
「明日の昼頃に到着予定だな」
俺の確認にダミアンは淀みなく答える。サザーランドからメアまでは三日の旅程だ。
メア子爵領まで村がないため、野宿の用意を含めての予定となっている。一日目は魔物が多くなる前で野宿をし、二日目に魔物領域の付近を通り過ぎる予定だったのだが……
「バートさん」
「何でしょうか?」
「野営出来ますか?」
「行ってみないと何とも言えませんね」
バートさんは、俺の質問にもっともな回答をする。
「とりあえず魔物を倒しましょう。折角なので、アレク様かダミアン君にお願いします」
「俺がやります」
バートさんの指示にダミアンが答える。ダミアンは戦槌を構え、魔物と向かい合う。
魔物はボア――大きな牙の生えた、体長二メートルくらいの猪だ。Dランク魔獣で、肉が上手いことで人気の魔獣だ。耐久力や突進力はあるが、ウルフよりも攻撃は当てやすい。
ボアがダミアンに向って突進してきた。ダミアンは左手をボアに向ける。
「土弾!」
ダミアンの掌の前に現れた土弾は、勢いよくボアに飛んで行く。ボアは避ける素振りもない。
土弾は正面からボアに衝突し、ボアを仰け反らせる。ダミアンは戦槌を手にボアに突進。
「フンッ」
ダミアンは、戦槌をボアの横面目掛けて振りぬいた。戦槌はボアの頭部を砕き、ボアはその場に倒れた。
「やった!」
俺の側でレイチェルが声を上げて喜ぶ。その様子を見ていると、俺の視線に気づいたようだ。レイチェルはハッとした後、顔を赤くして視線を反らす。
微笑ましい気持ちになっていると、トーマスさんが小声で話しかけてきた。
「もしかして、ダミアン君とレイチェルさんも?」
コリーとモニカと同じか? ということだろう。
「多分ですけど」
「それで、アレク様は二人をくっつけようと?」
「無理強いはしませんよ」
少し真剣な表情でトーマスさんを見る。
「俺への縁談の申し込みも、本人の意思にそぐわない政略結婚ですから。それを回避するために協力しています。その後で二人がどうなるかは二人次第です」
トーマスさんは納得したように頷いた。ダミアンは騎士団の人達に教わって、ボアから魔石を取り出している。
「肉は放置ですか?」
トーマスさんに尋ねる。
「勿体ないですが、仕方ありませんね」
ボアの肉、美味しいんだけどな……
◇
その後も十分置きくらいに魔物が出てきた。全てボアだ。俺も討伐したが全て放置だ。勿体ない。
昼食後二時間くらい進んだ所で、バートさんが野営の指示を出した。丁度、ボアを倒し終わったところだ。
「少し早いですね?」
「遭遇間隔が短くなってきている気がします。早めに野営をして、明日の早朝……出来れば日の出と同時くらいに出発しましょう」
納得して頷く。
既に騎士団の人達が野営の準備を始めており、倒したばかりのボアの解体に取り掛かっている。
馬車の中で寝るので、テントの準備は不要だ。
ダミアンは馬を馬車から外し、近くの木に繋いだ。
レイチェルも馬のために、餌や水の準備をしている。
「二人とも慣れているな?」
「何度かやったことがあるからな」
「家族で王都に行く場合は家の馬車を使うので、領地貴族の子供は出来る人も多いと思います」
ダミアンは当然のように答え、レイチェルは微笑を浮かべて説明する。
そうか……なんか悔しいな。
「今日は見ていてください」
「……分かりました」
トーマスさんに言われ、渋々頷く。皆が野営の準備をしていると、またボアが近づいてきた。
「俺がやりますね」
宣言してボアを倒しに行く。戦槌一閃、あっさりボアを倒した。数体倒しているので、既に作業になってきている。魔石を取り出して、ボアを引きずって戻る。
「もう一体、要りますか?」
「この人数だと一体で十分でしょうね。その辺に転がしておいてください」
バートさんに言われ、少し離れた場所に捨てる。実に勿体ない。
「街を作れば、冒険者が集まりそうですよね」
「そうですね」
俺のぼやきの様な質問に、バートさんが同意を示す。ボアの肉ならいくらでも需要がある。少し前のアルハロ男爵領なら、羨ましくて仕方ない魔物領域だろう。
「怠慢でしょうね。街を作るのは大変ですから。以前は定期的な討伐で済ませていたようですし。……今はそれすらやっていないですが」
トーマスさんも、ブリスト伯爵に呆れているようだ。
ブリスト伯爵領の魔物領域は広い。周囲に複数の冒険者の街が必要だ。最低でも二つ――北側と南側に冒険者の街を作る必要がある。南側はこの街道の中間辺りが良いだろう。
「この状況なら、陛下から命令が下るでしょう」
どういう形かは分からないが、大規模な魔物の討伐が実施され、街道封鎖はなくなる。
その上で、最低でも南側には町が出来るだろう。サザーランド伯爵の管理となれば一番良い。
メア子爵家は、ブリスト伯爵家からサザーランド伯爵家に、寄親変更が認められる。
◇
夕方頃には夕食を終えた。俺とダミアンとレイチェル、トーマスさんの四人は先に寝ることになった。戦力分散が理由で、トーマスさんのいるこちらの戦力は三人のみだ。深夜頃にバートさん達と見張りを交代する。
レイチェルは戦闘要員ではないのだが、男と同じ場所で寝かすのもどうかということで、人数が少ない俺達の組になった。一台の馬車はレイチェルが一人で使う。
「おやすみなさい」
レイチェルが馬車に入る。俺達も、もう一台の馬車に入り横になる。思ったよりも疲れていたようだ。普段よりもかなり早い時間だが、俺はすぐに眠りに落ちた。




