第二話 夏季休暇の始まりとサザーランドへの出立
夏季休暇が始まった。学生の多くは、帰省に乗り合い馬車を利用する。学生一人の帰省のために、わざわざ馬車を用意する家は少ない。侯爵家や伯爵家くらいだ。そして、乗り合い馬車は朝早くに出発する。貴族学園の寮では、朝早くから大勢の学生が帰省のため出発した。
「それじゃあ皆、また後期に」
「皆さんも旅行、楽しんで来てくださいね」
コリーとモニカも出発して行った。二人には、サザーランドへ遊びに行くと言ってある。大変だろうから、余計な心配をさせる必要はない。
俺達が二人を見送り、学生が疎らになり始めた頃、四台の馬車が到着した。最も高価そうな馬車には、王家の紋章が刻印されている。リアの乗車用だろう。一台は何度も見たことがある。騎士団の馬車だ。もう二台には、サザーランド伯爵家の紋章が刻印されている。
周囲には近衛騎士が十数名と、サザーランド伯爵の私兵が数名いる。騎士団の中から、トーマスさんとベティさんが出て来た。
「お迎えに上がりました。オフィーリア殿下、アレク様」
トーマスさんの挨拶に合わせ、近衛騎士達が敬礼する。
「ご苦労様。ベティも来たのね?」
「私は基本的に、オフィーリア殿下付きですから」
「ミスリルの方は良いの?」
「パトリックさんが火魔法の使い手を集めていますので、問題ありません」
ベティさんが微笑みながらリアに答える。この短期間で、あのレベルの火魔法の使い手を集められるのか……
感心しながら聞いていると、トーマスさんが話しかけてくる。
「アレク様もご参加されるそうですね」
査察のことを言っているのだろう。
「ご指導よろしくお願いします」
俺が敬礼すると、トーマスさんがニコリと笑みを浮かべる。隣では、ダミアンも俺と同様に緊張の面持ちで敬礼している。
「サザーランドまでは、馬車で寛いでくださって結構ですよ」
トーマスさんは笑顔でそう言うと、アンジェリカ、セラ、レイチェルの順に挨拶をする。セラはトーマスさんと挨拶した後、サザーランドの私兵に声をかけに行った。
「それでは皆様、馬車にお乗りになってください」
挨拶が一通り終わり、トーマスさんに促され馬車に乗り込む。俺達は全員、王家の紋章が刻印されている馬車に乗り込んだ。サザーランド伯爵家の馬車の一台には、使用人が数名乗り込む。残りの二台は、近衛騎士と伯爵家の私兵が、護衛を交代しながら使うようだ。
馬車が動き出す。サザーランドへは馬車で二日、貴族の領地の中では割と近い。
単身で馬を使えば、一日で行けないこともない。馬がなくても、近衛騎士なら身体強化魔法で馬以上のことが出来る。俺だと、どうだろう? 出来なくもないとは思うが……
馬車の外の近衛騎士に目を向ける。近衛騎士は精鋭中の精鋭だ。能力の高い騎士が、必ずしも近衛騎士になるわけではない。しかし、能力がなければ近衛騎士にはなれない。
「リアの護衛のために、近衛騎士が十名以上か……」
近衛騎士はそれほど多くない。今は確か五十名前後のはずだ。リア一人に十名以上というのは、些かやりすぎだろう。
「近衛騎士は私を含めて五名だけです。他は普通の騎士ですよ」
馬車の横で護衛をしていたトーマスさんが教えてくれる。
トーマスさんに顔を向ける。
「そうなんですか? リアの護衛なのに?」
「サザーランドまでの街道は安全ですから。近衛騎士が数名いれば、オフィーリア殿下の護衛は万全です。今回はサザーランドの私兵もおりますから」
「そうすると彼らは……あっ、査察官ですか?」
「そうです。道中の護衛はしてもらいますが、オフィーリア殿下の護衛は近衛騎士の四名だけです」
よく考えれば、査察官に近衛騎士を使うわけがないな。自分で納得し頷く。
「アレク様が査察に参加するので、私だけは同行しますけどね」
「それは……ご迷惑をおかけします」
俺がそう言うと、トーマスさんは笑みを浮かべた。俺はそっと目を反らす。
◇
馬車の中では女性陣が会話に花を咲かせる一方で、俺の正面に座るダミアンは黙って外を見ている。
「今更だけど、ダミアンは帰省しなくて良かったのか?」
「問題ない。元々夏季休暇は、訓練に費やすつもりでいた。実家には帰省しないと伝えてある」
ダミアンは笑みを浮かべる。
「自分の成長が実感出来ているからな。今は訓練が面白い」
そう言ってもらえるのは素直に嬉しい。思わず頬が緩む。
「ダミアンもコリーもどんどん強くなっているよね。短期間で追い抜かれた気分」
「そうね。三人の訓練の様子を見ていると、敵う気がしないわ」
セラとリアが会話に混ざる。アンジェリカとレイチェルもこちらを見ている。
「接近戦に重点を置いていたからな。身体強化以外の魔法は、まだ二人の方が上だ」
「まだ……ね」
セラが言葉尻を捕らえる。
「そういう意味じゃないぞ」
「最近、訓練不足かしらね」
リアまでそんなことを言う。
「訓練不足ですか? 相当訓練していると思うのですけど?」
アンジェリカが、リアの言葉に疑問を呈す。レイチェルも頷いている。同じ気持ちのようだ。俺達が訓練している間、彼女達も訓練していた。探知魔法から始まり、それ以外の魔法も練習していたらしい。
「そうだけど……三人と比べるとね」
リアの言葉に、俺とダミアンが微笑を浮かべる。
入学から数ヶ月。俺達の訓練の量はかなり異常だった。毎日授業で訓練し、放課後も数時間自主訓練をした。休日は騎士団の訓練場で、トーマスさん相手に猛特訓。しかも接近戦特化だ。強くもなる。
「コリーの頑張りに感化されたな」
「恋は男を変えるよね」
セラの言葉に皆、声を出して笑った。
◇
途中の村で一泊して、翌日も朝から馬車を進めた。馬車は順調に進み、昼過ぎ頃に小高い山の頂上で一旦休憩となった。俺達は馬車を降りる。
「あれがサザーランドだよ」
セラが指さす先には、大きな街が見えた。王都以南で最大の街、サザーランドだ。眼下に見下ろす街は広大で、王都にも負けていない。その先には海が広がっている。サザーランドは港町でもあるのだ。
「綺麗な街……」
レイチェルが呟く。隣に立つダミアンも静かに街を見ている。
「伯爵領とは思えませんわ……」
アンジェリカも驚いている。
領地貴族の最高位は侯爵家で、その次が伯爵家だ。しかし、サザーランドは普通の伯爵家とは違う。海上貿易で大きな利益を上げており、はっきり言って侯爵家にも負けていない。
「メア子爵領にも海があればね……」
「海上輸送が使えたな」
レイチェルとダミアンの会話が聞こえる。メア子爵領の南は陸地で、海まではかなりの距離がある。川も通ってはいるが、輸送に使うのは難しい。
二人の会話に触れることなく休憩に入る。今日はここで昼食を取り、日が落ちる前にサザーランドに入る予定だ。
「順調ですね」
査察官として同行している騎士に声をかける。彼は査察官の代表で、明日以降は俺の上官になる。名前はバートさん。
「サザーランドとの間は、人通りも多くて安全ですから」
バートさんは答える。
「問題は明日以降ですか……」
「街道の状況次第ですね」
「バートさん達は査察官ですけど、戦闘も平気なんですか?」
「一応騎士ですから。トーマスさん達のようにはいきませんがね」
「近衛騎士の強さは、少し異常ですから」
俺とバートさんは微笑を浮かべて会話する。
「アレク様も同じようなものでしょう?」
トーマスさんが笑みを浮かべて会話に入ってきた。俺の強さは近衛騎士には程遠いと思う。
「近衛騎士には全然敵いませんよ」
「十三才という年齢を考えれば異常です。私の十三才の頃と比べれば、アレク様の方が多分強いですよ」
「本当ですか?」
「ええ。もしかしたら、ダミアン君やコリー君も私より上かも知れません」
本当かな? 嬉しさと訝しさが半々くらいだ。バートさんが感心している。
「アレク様とダミアン君も、戦力に数えて良いかも知れませんね」
バートさんがそう言うと、周りの騎士からも同意する声が聞こえる。元よりそのつもりだ。




