第一話 セラフィナの暗躍とメア子爵家が抱える問題
城での報告を終え寮に戻った。
丁度昼食の時間だったので、食堂に向かいリア達と合流する。
食事の間、今日の出来事を皆に話した。今回の結果は最良の結果だ。皆の顔も自然と笑顔になる。
食後、モニカに手紙を渡す。モニカは申し訳なさそうに、手紙を受け取った。コリーとモニカはこの後、夏季休暇の話をするらしい。
「セラにも父上から手紙を預かっている」
「おっ! ありがとー」
心当たりがあるのだろう。セラは嬉しそうに手紙を受け取る。
「何の手紙だ?」
「お茶会で話すよ」
俺の質問に、セラがご機嫌で答える。
今日は恒例のお茶会の日だ。夏季休暇前は、今日で最後になるだろう。
「今日はモニカが欠席だし、折角だからダミアンも参加しない?」
セラがダミアンに声をかける。突然の誘いだが、ダミアンはレイチェルと視線を交わし了承した。
◇
お茶会の時間となり、ダミアンと一緒に談話室に来た。手紙の内容を知っていそうな気がするが、ダミアンは特に何も言ってこない。セラが話すと言っていたので、俺も特に聞いたりはしない。
談話室には、俺達以外の顔ぶれが集まっていた。セラの前には封筒が置いてあり、手紙はリアが読んでいた。今日の席は、右隣がセラで左にダミアンだ。ダミアンの隣にレイチェル、順にアンジェリカ、リア、セラだ。
俺達が席に座ると、いつも通り紅茶が用意される。
メイドさんが下がると、セラが話しかけて来た。
「アレク、遮音壁をお願い」
「遮音壁?」
セラは意味深な笑みを浮かべ頷く。俺は疑問に思いつつ、言われたとおりに六人を囲う遮音壁を張る。リアを見ると、手紙を読んで何やら微笑を浮かべている。
「何かありましたの?」
アンジェリカは、俺と同じく状況が分からないようだ。疑問の表情を浮かべている。
レイチェルとダミアンは理解している雰囲気だ。
セラはリアと視線を交わし頷いた後、全員を見回し話し始めた。
「少し説明が長くなるけど、質問は後にしてね」
俺達が頷き、セラは説明を始める。それは驚きの内容だった。
◇
セラの話は、レイチェルの実家、メア子爵領に関する話だった。
メア子爵領は、いくつかの問題を抱えている。数年に渡り問題となっているのは、流通の問題だ。
メア子爵領は、果実の生産を主産業としている。鮮度の問題から、果実を販売する主な市場は、近隣の二つの伯爵領となっていた。
一つはブリスト伯爵領。メア子爵家の寄親、ブリスト伯爵の領地だ。メア子爵領の北から東にかけて広大な領地を持ち、領都ブリストは北端にある。子爵領から王都への街道も、ブリストを経由している。
もう一つは、サザーランド伯爵領。セラの実家で、メア子爵領の南東方向に位置する。
流通の問題は、メア子爵領とサザーランド伯爵領の間で起きている。メア子爵領とサザーランド伯爵領の間には、一本の街道が通っている。この街道付近で、年々魔物が増え続けているそうだ。そのせいで流通が滞り、今年に入り完全に止まってしまったらしい。
街道の中央付近は、ブリスト伯爵領になる。
街道付近の魔物は、ブリスト伯爵領の魔物領域から来ているそうだ。
魔物領域は領都ブリストからは遠く、領都付近では問題になっていない。
距離的には、ブリストよりもサザーランドの方が、僅かに近いらしい。
とはいえ、サザーランドも街への直接的な被害が出ているわけでもない。
魔物領域の管理は領地貴族の義務なのだが、人里が近くにないという理由で、ブリスト伯爵は無視しているそうだ。
しかし、実際の理由はどうも違うらしい。
最初は単なる怠慢だったようなのだが、メア、サザーランド間の流通が阻害されたことで、メア子爵領を始めとする南方の農産物の販売先が、ブリストに限定された。その結果、ブリストでは農産物の需給バランスが崩れ価格が下落。ブリストでは低価格で農産物が手に入るようになり、領民は豊かになった。逆に、メア子爵領を始めとする南方領地では、価格の下落で困窮し始める。
セラの実家も他人事ではない。サザーランド伯爵領では供給不足に陥り、徐々に価格が高騰。伯爵はここ数年、農産物の供給に苦労しているらしく、我慢の限界だそうだ。
この状況を知っていたセラは、レイチェルの縁談申し込みにピンと来た。今の状況を変えるために、父上と縁を繋ごうとしていると予想したそうだ。セラはレイチェルに話を聞いた。最初のうちは誤魔化されていそうだが、親しくなるにつれ、徐々に話をしてくれるようになったらしい。
その結果、ブリスト伯爵の悪事が発覚する。
ブリスト伯爵家は、市場を限定することで経済的にメア子爵家を支配し、立場の弱いメア子爵に対し色々と要求をするようになった。
農産物の価格低下要求に始まり、金品の要求、ついには自分の第四夫人にレイチェルを要求してきた。
レイチェルは婿を取る立場なのだが、妹に婿を取らせれば良いと言ったらしい。
流石にそれには応じられないと思ったメア子爵は、レイチェルが学園に入学することを理由に、婚約の話をとりあえず延期させることにした。その上で、ブリスト伯爵には内緒で俺に縁談を申し込んだ。
俺との縁談で公爵である父上と縁をつなぎ、現状を打破――具体的には街道封鎖の解消と、寄親の変更を訴えるつもりだったそうだ。
直接相談すれば良さそうなものだが、国が動いてくれる確信がなかったらしい。セラに言わせると、子爵や男爵の要求を国が聞いてくれることなど、まずあり得ないそうだ。通常は寄親が寄子の要求を聞き、寄親である侯爵や伯爵がその問題に対応する。
寄親が対応出来ない場合は、寄親から国に話をする――という手順らしい。
セラはレイチェルの話を聞き、自分の父親であるサザーランド伯爵に相談。さらに、伯爵と一緒に俺の父上とも秘密裡に話し合いを行った。父上は陛下や王太子殿下に話をしたらしく、預かった手紙はその結果だ。
陛下は現状に大きな問題があると判断し、父上に街道と魔物領域の調査を命じた。状況如何によっては、ブリスト伯爵から魔物領域を没収し、メア子爵の寄親変更を認めることを了承したそうだ。
◇
「これが陛下のサインが書かれた書類よ」
そう言って、セラは書類を見せる。確かに陛下のサインが入っている。
「何というか……セラ、凄いな」
「頑張ったのよ。もっと褒めて」
セラが可愛く要求する。セラの要求に応え、目一杯褒める。
「知らない間にそんなことをしていたのですね」
アンジェリカも驚いている。
「メア子爵家のために、ありがとうございます」
「気にしないで良いよ。サザーランドも困っていたから」
レイチェルが礼を述べ、セラが明るい口調で返事をする。セラへの賞賛の気持ちが止まらない。
「ダミアンも知っていたのか?」
「メア子爵領の話は知っていた。俺の実家も同じようなものだからな」
「そうなのか?」
「ああ。ブリスト伯爵の寄子は、大なり小なり迷惑を被っている」
メア子爵に限った話ではないようだ。
「言ってくれれば良かったのに」
「セラフィナが動いてくれているのを聞いていたからな。それに、アレクはコリーとモニカの件で忙しかっただろう?」
そうなんだが、少々寂しい気持ちになる。
「具体的には、どうするのですか?」
アンジェリカがセラに質問する。セラは頷き説明を始める。
「ブリスト伯爵に知られたくないから、調査は秘密裡に進めるわ。具体的には、夏季休暇が始まったら私の帰省に同行する形で、リアとレイチェルにサザーランドに来てもらう」
一度俺達の顔を見回す。リアとレイチェルが普通に頷いているので、計画自体は事前に話していたのだろう。
「リアがいるので、当然近衛騎士が護衛につくことになる。で、その護衛の一部が本当は査察官。私とリアがサザーランドで休暇を満喫している間に、査察官とレイチェルがメア子爵領に向かう。レイチェルが行かなくても問題はないけど――」
「行きます」
「だよね」
レイチェルが断言し、それを見たセラが微笑み返す。
「レイチェルと査察官一行は、魔物の状況を確認しつつメア子爵領に向かう」
俺達は頷く。
「メアに到着したら子爵から話を聞く。賄賂の要求の手紙があれば、確実に罰せられるんだけど……ある?」
レイチェルは少し考え頷く。
「多分あります。手紙を読んで悩んでいる姿を見たことがありますから」
「行ってみないと何とも言えないわね」
多分あるだろうな。ブリスト伯爵が認めるかは不明だが……
それよりも気になることがある。
「俺は不参加か?」
セラに尋ねる。先程の会話に俺は登場しなかった。この件では蚊帳の外だ。ダミアンからも相談されなかったし……
「行きたい?」
「行きたい」
「それはサザーランドまで? それともメア子爵領まで?」
「出来ればメア子爵領まで。魔物領域が気になる」
セラは俺の回答にクスッと笑うと、一枚の書類を取り出す。
「多分そう言うと思って、許可を貰っておいたわ」
――特別査察官任命書――と書いてある。
「特別査察官?」
「査察官見習いと解釈して」
見習いか……
セラに頷きを返す。
「メア子爵領に同行する口実よ。ダミアンの分もあるわ」
「準備が良いな?」
セラの準備の良さに、ダミアンも驚く。
「二人は絶対同行すると思って、用意して貰ったのよ」
「考えが読まれているな……ありがとう」
「どういたしまして」
セラが笑顔で返事をくれる。ダミアンもセラに感謝を述べている。セラの段取りは完璧だ。
「セラ達は待機なんだな」
「私とリアは許可が下りなかったわ。サザーランドでお留守番ね」
「私も行きたいのだけど……流石に無理ね」
リアが残念そうに笑う。魔物が氾濫している場所に、リアを連れて行く許可は出ないな。
セラはアンジェリカに顔を向ける。
「アンジェリカはどうする? 口外しないでくれればそれで良いけど」
本来アンジェリカに言う必要のない話で、それは俺やダミアンも同様だ。セラはここにいる友人達を信頼しているのだろう。アンジェリカは少し考える素振りをした後、返事をする。
「折角なので、わたくしもサザーランドに行きたいですわ。それに、五人が行くのにわたくしだけ行かないのも怪しまれますし」
この顔ぶれでお茶会を開いているのは知られている。コリーとモニカは別にして、アンジェリカだけいないのは確かに少し不自然だ。
「了解。アンジェリカも参加で」
セラは笑顔で了承する。その後、詳細な日程を伝えられお茶会は終了した。
◇
寮の部屋に戻り、一人呟く。
「セラは凄いな」
今日は、幼馴染の意外な実力を知った日となった。
 




