第十一話 祝福と手紙
モニカがコリーの求婚を受け入れたことは、翌日には貴族学園に広まった。二人が同級生達から祝福を受ける場面も見られ、コリーが令嬢に囲まれるようなこともなくなった。
学園生活は何事もなく過ぎ、夏季休暇前の最後の休日を迎えた。今日はパトリックさんへの返答のため、コリーが登城する。俺はその付き添いだ。
◇
城の入り口で要件を伝えると、前回と同じ部屋に案内された。部屋にいたのは、トーマスさんとパトリックさんの二人だ。挨拶を交わし、早速本題に入る。
「答えは出ましたか?」
パトリックさんが笑みを浮かべてコリーに聞く。コリーは一呼吸置いた後、パトリックさんを真っすぐに見据えて答える。
「申し訳ありません。お誘いの件は辞退させていただきます」
コリーの表情に迷いは見られない。パトリックさんは笑みを絶やすことなく質問を続ける。
「理由を聞かせてくれますか? コリー君にとっても良い話だと思ったのですが?」
コリーは頷きを返し、理由を説明する。
「夏季休暇はアルハロ男爵領に行くことにしました」
「アルハロ男爵領ですか?」
「はい。先日アルハロ男爵家のモニカ嬢に婚約の申し込みをし、了承を頂きました。婚約を男爵に認めてもらう必要があるので、アルハロ男爵領に行きます」
コリーは淀みなく答えた。パトリックさんの隣に座るトーマスさんは、笑みを浮かべている。パトリックさんはトーマスさんの方に顔を向け、仕方なさそうに笑みを見せる。
「トーマスさんの予想通りでしたな」
「ええ。そんな気はしていました」
二人の会話を聞いて、コリーは意外そうな顔をする。トーマスさんは実地訓練に同行して二人の関係を知っているし、岩ゴーレム討伐の目的も知っているので、俺としては意外というほどでもない。
「分かりました。残念ですが仕方ありません。コリー君、おめでとう」
「コリー君、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
二人の祝福に、コリーは照れながら答える。その様子を見て、二人は笑みを深める。
「トーマスさんは予想していたんですね?」
「実地訓練の時の様子を見ていますし、結果も出しましたから。こういう結果も予想はしていました。」
「まあ、分かりますよね」
「ええ、なので別のお願いがあります」
トーマスさんの言葉に、一瞬固まる。
「え?」
「ウィリアム公爵をお呼びしますので、このまま少々お待ちください」
トーマスさんが席を立ち部屋を出て行く。部屋には俺、コリー、パトリックさんが残される。
「あの? パトリックさん?」
パトリックさんに話しかける。パトリックさんは、俺達の表情を見て微笑を浮かべる。
「公爵が説明されると思いますが、アルハロ男爵領での検証の話です」
「アルハロ男爵領での検証ですか?」
コリーは疑問を浮かべる。
「色々ありますが、アルハロ男爵領の岩ゴーレムから、ミスリルが抽出できるかの確認からですな」
パトリックさんの説明にコリーが頷く。
同じ岩ゴーレムでも、場所による違いがあるかも知れない。
「アルハロ男爵領は、岩ゴーレムが名産ですから」
パトリックさんの『名産』という言い方に、俺とコリーは笑い声をこぼす。実際、ミスリルが安定的に取れるようになれば、良い意味で名産になるかも知れない。国としてもミスリルの供給は重要な課題だ。
「検証の人員を送る必要がありますが、コリー君が行くなら丁度良いのでお願いしたいということです」
パトリックさんはそう言って紅茶を口に運ぶ。その後も説明を聞いていると、トーマスさんが父上を連れて戻ってきた。父上と軽く挨拶を交わし、二人も席に座る。
「どこまで話した?」
父上がパトリックさんに尋ねる。パトリックさんは俺達に話した内容について、父上に説明する。
「大体のことは説明済みだな」
父上はそう言うと、一枚の書類と三通の手紙をテーブルに置く。
「確認するが、夏季休暇にアルハロ男爵領に行くことは確定か?」
「はい。モニカ嬢と話は済んでいます」
「滞在期間は?」
「男爵の許可次第ですが、出来れば夏季休暇の間はアルハロ男爵領で過ごしたいと思っています。実戦を見て貰う必要がありますし、研究もしたいですから」
父上はコリーの回答に頷き、一枚の書類をコリーの前に差し出す。
「これが君への依頼書になる。内容を確認してくれ」
コリーが書類を確認する。俺も横から覗き見るが、パトリックさんの説明と相違ない。コリーが問題ないことを確認し、父上は次の手紙を差し出す。
「この手紙はアルハロ男爵への手紙だ。これまでの経緯と検証内容が書いてある。君に依頼をしたことも書いてあるので、滞在することに問題はないだろう。君から男爵に渡してくれ」
「分かりました」
コリーは手紙を受け取る。父上は二通目の手紙を今度は俺に差し出す。
「俺ですか?」
「アルハロ男爵への手紙だ。モニカ嬢に渡してくれ。内容は縁談への正式な断りだ」
「俺の意思を尊重するってことは、伝えてあるんですよね?」
「念のためだ。お前への縁談申し込みを気にして、コリーとの婚約を断る可能性もなくはないからな」
正式な断りを受けずに、別の縁談を進めるのは不義理ということか。
「……一応聞いておくが、二人の婚約はお前が強要したものではないな?」
「違いますよ」
父上が訝し気な目を向けてくる。そういう可能性もあるのは否定しないので、文句は言わない。コリーに顔を向け発言を促す。
「コリーからも言ってくれ」
「協力はしてもらいましたが、強要はされていません。二人で話をして決めたことです」
コリーの真剣な表情を見て父上は頷く。
「なら良い。婚約は当人同士の意思が尊重されるからな」
父上はコリーを見て、話を続ける。
「君とモニカ嬢の婚約については、私から言うことではないので、手紙で言及はしていない。だが、君はアルハロ男爵家の婿として、これ以上ない人材だと私は思う。男爵に認めて貰えるように頑張りなさい」
「はい! ありがとうございます」
父上の激励にコリーが礼を述べる。コリーの様子に父上は頬を緩ませ、トーマスさんとパトリックさんも微笑ましそうに見ている。
「以上でこの話は終わりだ」
父上はそう言って、残っている最後の手紙を俺に差し出す。
「この手紙は?」
「別件だ。寮に戻ったらセラフィナに渡してくれ」
セラに?
「内容を聞いても良いですか?」
「セラフィナに聞け。必要ならお前に話すだろう」
「……分かりました」
手紙を受け取る。俺とコリーはそのまま部屋を出て、城を後にした。




