第八話 ミスリル検証作業
魔物領域を出た俺達は、休憩がてら昼食を取り、夕方前に王都に戻ってきた。馬車は貴族学園の寮に到着し、俺達は馬車を降りる。背中には、岩ゴーレムの部材の詰まった背嚢を背負っている。
「明日の放課後にまた来ます。岩ゴーレムの部材は、各自部屋で保管しておいてください」
トーマスさんはそう言って、城に帰っていった。この後報告を行い、ミスリルの鑑定をしてもらうそうだ。
俺達はトーマスさんを見送って、部屋に戻ることにした。寮の中に入ると、エントランスでセラとレイチェルが話をしている。二人は俺達に気付くと、こちらに歩いてきた。
「お帰り」
「ただいま」
笑顔で近づいてきたセラに返事をする。
「怪我は……大丈夫そうね」
「無傷だ。疲れたけどな」
セラは俺達の様子を見まわし、怪我がないかを確認する。全員怪我がないことを伝えると、レイチェルもホッとした表情になる。
「それで、倒せたの?」
「全員討伐成功だ」
「おー、おめでとう」
セラの祝福に俺達は笑みを見せる。
「それで、その荷物は何?」
セラは俺達が背負っている背嚢に視線を向ける。ミスリルの件は、まだ秘密にしておいた方が良いだろう。
「まだ内緒だ。明日の放課後トーマスさんが来るので、それからだな」
「そうなの? 分かった」
セラは詮索することなく納得した。
「それじゃあ俺達は部屋に戻る」
「うん、分かった。皆には無事戻ってきたことを伝えておくね」
「ああ、頼む」
そう言って、セラ達と別れて部屋に戻った。
◇
翌日の授業が終わり、校舎を出たところで、トーマスさん達が待っていた。周囲には友人以外にも学生が大勢おり、トーマスさん達に視線を向けている。
「トーマスさん。お待たせしてしまいましたか?」
「授業が終わる時間は分かっていますから、大丈夫ですよ」
トーマスさんは笑顔で答える。隣には女性騎士が一人と、文官らしき男性が一人いる。
女性騎士は知り合いだ。近衛騎士の一人で、リアやミュラ様の護衛をすることが多い。女性騎士にリアが声を掛ける。
「ベティも一緒なのね?」
「はい。今日はトーマスさんのお手伝いに呼ばれました」
女性騎士のベティさんは、リアに笑顔で答える。ベティさんはまだ若く、確か二十才前後だったと思う。近衛騎士になれる実力者ということもあるのだろうが、未婚の女性だ。美人で話しやすい人なので、モテないわけではない。
「とりあえず移動しましょうか。許可は取りましたので、学園の訓練場を使います」
「分かりました。部材は寮の部屋に置いていますので、すぐに取って来ます」
「お願いします。私達は先に移動しています」
トーマスさん達と別れ、俺、コリー、ダミアンの三人は、一旦部屋に戻る。寮は学園に併設しているのですぐ隣だ。
◇
岩ゴーレムの部材を持って訓練場に戻ると、リア達や他の学生が数人集まっていた。
「トーマスさん、持ってきました」
「ありがとうございます。こちらに出してください」
トーマスさんは一画を指示する。周りに人が大勢いるが、良いのだろうか?
「見せても構わないのですか?」
周囲に視線を向けて尋ねる。
「構いませんよ。城には報告済みですし、隠す内容でもありませんから」
「そうですか。なら広げますね」
俺達は背嚢から岩ゴーレムの破片を取り出す。部位ごとに分けてあるので、混ざらないように広げて置いていく。
「岩? もしかして岩ゴーレムの破片?」
リアが聞いてくる。
「正解」
「どうするの」
「見てのお楽しみだ」
俺の意味深な言い方に困惑している。俺はトーマスさんに向き直る。トーマスさんが俺達三人に向い、話し始める。
「作業の前に紹介しますね。こちらの男性はパトリック。城の鑑定士です」
「お話するのは初めてですかね。初めましてアレク様。それに、コリー君とダミアン君も。鑑定士のパトリックです。今日は自分の目で確認するために同行しました」
パトリックさんは、四十才くらいだろうか? 父上や王太子殿下よりも、年上に見える。
「「「よろしくお願いします」」」
パトリックさんに挨拶を返す。次に、ベティさんの紹介だ。
「こちらの女性はベティ。アレク様はご存じですね。私の同僚の近衛騎士で、優秀な火魔法の使い手です。今日はコリー君のお手伝いに来てもらいました」
「ベティです。よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
ベティさんにも挨拶を返す。得意魔法までは知らなかった。
「それで、確認は取れたのでしょうか?」
「ええ。間違いなくミスリルです」
俺の質問に、パトリックさんが笑顔で答えてくれる。ミスリルという言葉に、周囲が騒めく。そんな中、リアが話しかけて来る。
「ミスリルって……岩ゴーレムから?」
「ああ。昨日コリーが発見した」
リアの質問に答えると、周囲の騒めきが大きくなる。岩ゴーレムからミスリルが取れると聞けば、驚くのは当然だろう。トーマスさんは手を叩いて、騒めきを鎮める。
「見学の学生に説明しますね。昨日、私とこちらの学生三名で、岩ゴーレムの討伐に行きました。その際に、岩ゴーレムから少量のミスリルを抽出出来ることを発見し、今日はその検証作業を行います。見学は構いませんが、近づきすぎないように」
トーマスさんの説明に、さらに周囲が騒めく。
「岩ゴーレムからミスリル……」
モニカが呟く。
「コリーの発見だ」
ダミアンがモニカの呟きに答える。
「コリー君の?」
ダミアンは頷き、俺も同じように頷きを見せる。
「コリーが火魔法で、岩ゴーレムを溶かしたんだ。そうしたら、溶けた岩ゴーレムの中からミスリルが浮かんできた」
「僕だけじゃないよ。狩りは皆でしたことだし、ミスリルかも知れないって気付いたのは、トーマスさんだもの」
俺の説明に、コリーが微笑を浮かべて謙遜する。それでも、一番の功績はコリーにある。
「検証を始めましょう。まずは昨日と同様に、頭部の欠片を使います。コリー君、お願いします」
「はい」
トーマスさんに促され、コリーが欠片に近づき火魔法を使う。昨日と同じバーナー状の青い炎だ。パトリックさんとベティさんが食い入るように見ている。
「この火魔法は凄いですね」
「ベティさんでも可能ですか?」
「出来ると思いますが、このレベルの火魔法が必要なんですか?」
ベティさんとトーマスさんが会話をする。
「検証は必要ですが、私の火魔法では溶けませんでした。アレク様やダミアン君も同様です」
「トーマスさんでも無理ですか……相当使い手を選びますね」
トーマスさんも火魔法が不得手というわけではない。ベティさんが少し悩む素振りを見せる。
「出てきましたな」
パトリックさんの言葉で、破片に意識を向ける。昨日と同じように、表面にミスリルの粒が浮かんでくる。ミスリルが十分に浮かんできたところで、全員が距離を取る。
「これから水魔法で冷やすので蒸気が発生します。近づかないように注意してください」
トーマスさんが周囲の学生に声をかける。学生の様子を確認したトーマスさんは、水魔法を行使する。溶けた岩ゴーレムの欠片から、水蒸気が上がった。水蒸気が落ち着いたところで、パトリックさんが近づく。欠片を手に持ち、表面を確認する。
「……間違いありません。ミスリルです」
周囲の騒めきがまた大きくなる。パトリックさんが満面の笑顔でコリーを見る。
「素晴らしい! 大発見です!」
「えっと……、ありがとうございます」
パトリックさんの言葉に、コリーが照れながら返事をする。俺もダミアンもトーマスさんも、その様子を笑顔で見つめる。
「私もやりたいです。トーマスさん良いですか?」
「そうですね。では、ベティさんも頭部の欠片から始めましょう。コリー君は別の部位をお願いします」
ベティさんがやる気を見せ、トーマスさんの指示で作業を再開した。俺とダミアンも水魔法で協力する。
「ベティさんが溶かした物も、差はなさそうですな」
ベティさんの溶かした破片を見て、パトリックさんが呟く。ベティさんも、コリー同様に溶かすことが出来た。コリーの時よりも早く溶けていた気がする。
「腕からは、あまり抽出出来ていませんな」
パトリックさんが、コリーの溶かした腕の部材を見ながら言う。確かに頭部と比べて、浮かんでくるミスリルの量は少ない。頭部の欠片二個と、右腕、左腕、右足、左足、胴体の欠片を、各々一個ずつ調べた結果、頭部以外からは、あまり抽出出来なかった。
「この結果を見ると、頭部に集中している感じですか?」
「そうですな。まあサンプルを増やさないと、何とも言えませんが」
トーマスさんとパトリックさんが会話をする。個体差もあるかも知れないし、適当に砕いてきたので欠片の位置による違いもあるかも知れない。
「明日以降も同じ時間に作業を行いましょう。一週間もあれば、持って帰ってきた部材の検証は終わるでしょう」
トーマスさんはそう言って俺達の方を向く。
「次の休みに報告書を提出します。時間を指定しますので、三人は登城の予定を入れておいてください」
「分かりました」
俺が代表して答え、その日の検証作業は解散となった。




