第一話 神様からのプレゼントと転生
自分の感覚では、ほんの少し前の出来事だ。歩道を歩いていたら、トラックに撥ねられて死んだ。あれは居眠り運転か飲酒運転だろう。
享年三十九歳。妻も子供もいない人生だったが、結果的には良かっただろう。俺が死んでも、困る人はいないだろうから。
未練はない……死んだこと自体には。
◇
俺は巨大な雲の上にいる。空は暗闇に覆われており、月明かりのようなものは見えない。にも拘らず、周囲がはっきりと見える。邸のような建物があるし、巨大な物も色々置いてある。そして、目の前にはおっさんがいる。
「……お前さん、なんで記憶が消えんのだ?」
目の前にいるおっさんが、困惑顔で何か話している。割と厳つい感じの、ガタイの良いおっさんだ。悪人面ではないが、決して美形でもない。ファンタジー小説の宿屋の親父みたいな感じである。そんな彼は自称神様だ。
「全部聞こえているからな。お前さん体がないんだからな。考えていること駄々洩れだからな。気を付けて喋れ――じゃなかった。気を付けて考えろよ」
「……はい。神様」
気を付けよう……
「それで、なんで記憶が消えんのだ?」
「俺は魂初心者なんですから。聞かれても分かるわけがないでしょう」
今の俺は、ゆらゆら揺れる感じの青い人魂だ。自分の姿は見ていないが、自分と同じ立場の人魂はたくさん見ている。今現在も、神様の後ろでぐるぐる回っている。
「もう一度洗浄してみるか……」
「またですか……」
神様の後ろにある巨大な水槽を見る。巨大な水槽の中では、たくさんの人魂がぐるぐると回っている。その様子は、まるで透明な洗濯機の中を見ているようだ。
神様は厳つい手で俺を掴むと、巨大な水槽の中に放り込む。俺は空中を飛び、ドボンと水槽に落ちる。この水槽は生前の記憶の残りカスを、綺麗に消すためのものらしい。今回で既に三回目だ。俺はぐるぐると回されながら、神様の説明を頭の中で整理する。まあ、頭もないのだが……
今いる場所は神の世界で、俺は輪廻転生の途中。人は死ぬと肉体から魂が抜ける。生前の記憶はその際に消えるが、記憶の一部が魂に残ってしまう場合がある。そのため、俺が入っている水槽で記憶の残りカスを落とす。綺麗な魂になったら、改めて新しい肉体に向かう。それが輪廻転生。
生前はあまり良い人生ではなかったので、記憶を消すことに抵抗はない。でも、俺の記憶は全然消えない……
半ば諦めの気持ちで回転に身を任せていると、回転が停止し洗浄が終了した。俺の記憶は全然消えていない。他の魂はつやつやと輝いて見える。きっと彼らは純真無垢な赤ちゃんになるのだろう。綺麗に整列して先に進んで行く。
俺は神様の元に向かう。神様は困惑顔で俺を見ている。きっと薄汚れているに違いない。
「……」
「……」
お互い無言だ。俺は黙って待つ。しばらくすると、神様は大きなため息をつきぽつりと呟く。
「もう、記憶が残ったままで良いか……」
神様は諦めたようだ。こうなる気はしていた。
「多少は希望を聞いてあげるので、こちらに来なさい」
神様は住まいと思われる邸に向い、ゆっくりと歩き出す。俺は黙って神様について行く。
◇
移動した先は執務室のような部屋だった。部屋の奥に少し大きめの豪華な机が置いてある。壁には豪華な本棚が並び、たくさんの本が収納されている。部屋の中央には応接用のテーブルとソファがある。俺以外にもお客さんが来るのだろうか。
「まあ、座りなさい」
神様はソファに座り、俺に対面の席に座るように指示をする。今の俺は人魂状態なので、座ることは出来ない。ソファの上でゆらゆらと佇むことにした。
「さて……本来は出生間際の肉体に、順番に魂を放り込んでいくだけなのだが、何か希望はあるかね?」
「肉体を選んでも良いのですか?」
「特に問題はない。幸せな人生を送ってくれればそれで良い。それが私にとっての幸せでもある」
「御立派ですね」
「神とはそういうものだ」
神様は説明を続ける。
「自分の管理する世界が幸せで満たされる。それこそが神自身の幸せだ。逆に不幸な人間が増えれば、それだけ神自身も不幸になる」
そう話す神様はあまり幸せには見えない。
「神様はあまり幸せそうには見えませんね」
「私の管理する世界では、魔物による被害が多いのだ」
魔物いるんだ……
「魔力が還元する仕組みさえ作れば、魔物は勝手に発生し続ける。魔物がいれば人間同士の争いも起こらない。それに魔物は資源にもなる。……良いと思ったんだけどな」
神様が落ち込んでいるが、それどころではない。魔力があるということは魔法もあるよな。俄然、楽しみになってきた。
「神様の世界では魔法が使えるのですか?」
「当然であろう? ――って、お前さん別の世界の出身か?」
「多分」
俺がそう言うと、神様は再びその厳つい手で俺を掴む。何やら集中している。記憶を覗いているのだろうか? それが出来るなら最初からやってほしかった。
「ムムッ、そうか……お前さんはテラ殿の世界の人間か」
テラというのは地球の神様だろうか? 地球どころか宇宙全体のような気もする。
「とはいえ、記憶が消えない理由が分からんが……まぁ良い。分かりやすく説明すると、私の世界はお前さんの知識で言うところの、ファンタジー世界というやつだな」
ファンタジー世界か……分かりやすい説明だ。一応確認しておこう。
「つまり、貴族がいて、冒険者がいて、魔獣やドラゴンがいて、獣人やドワーフやエルフがいる世界ですね」
「魔物はいるが亜人はいない。貴族と冒険者はいるな」
う~ん、少し残念。美人エルフやケモミミ少女はいないようだ。
「話を戻すぞ。何か希望はあるか?」
「神様のお話を聞いている限り、チートはないんですよね?」
「チートとはなんじゃ?」
記憶の全てを把握したのではないようだ。俺は神様にチートの説明を行う。
「チートとは、神様から特別に頂いた、他者を圧倒する特別な能力のことです」
某小説サイトの定番だ。
「そういうのはないな……というより無理だ。私に出来るのは、お前さんが入る肉体を選ばせてやることだけだな」
これまでの話で、何となく仕組みは分かっていた。試しに聞いてみただけだ。
「神様のお勧めはありますか?」
「そうだな……私の世界はお前さんのいた世界に比べて、かなり文明のレベルが低い。なるべく文明の発達した場所が良いとは思う」
なるほど。確かにそうだ。出来れば上下水道は欲しい。風呂とトイレも清潔で、不便なく使えたら最高だ。
「私の世界で人が住んでいる星は一つしかないのだが、その星の島国の一つにランドール王国というのがある。そこが一番良いだろう」
「なら、その国である程度裕福な家庭……いえ、貴族に限定します」
文明レベルが低いなら、平民でない方が無難だろう。栄養不足で死亡とか洒落にならない。
「折角なので魔法も使いたいです。健康な体であることも重要ですね。容姿も優れているに越したことはありません」
「お主要求が多いな……少し待て。リストアップする」
神様はそう言うと、タブレット端末っぽいものを取り出した。というか、神様の手に突然現れた。流石は神様だ。
神様が端末を操作すると、俺の目の前に情報が表示された。バーチャルウィンドウと言った感じだ。家柄や魔法の能力、予想される成長後の容姿まである。裸なのはどうにかならないだろうか。
「貴族の子で魔法の才能が高い体をリストアップした。才能の順に並んでおる。身体能力や容姿は自分で確認しなさい」
「ありがとうございます」
神様にお礼を言って、最初の候補を確認する。
ウォルバー伯爵家次男。魔法の才能は各属性全て百以上。無属性は百五十以上ある。……百ってどのくらいの才能なのだろう?
「神様。この数値は何か基準があるのですか?」
「現在生きている人間の中で、項目ごとに最高の能力を持つものを百としたときの数値だ。百なら現時点の世界最高の能力に届く素質を持つということになる」
この候補は全属性で、世界最高の素質があるってこと? 身体能力も凄く高いよ?
「最初の候補が全ての項目で百以上なんですが……」
「一番能力の高い候補だから当然だな。あくまで素質だから、ということもある。実際にそこまで能力が上がるかどうかは成長次第だな」
そういうことか。実際に強くなれるかは自分次第ということだ。
それにしても、この候補で決まりではないだろうか? 身体能力も高いし、予想される将来の容姿(成人時)を見てもイケメンだし。
もう決めてしまおうか――と思ったら、目の前の情報が突然消え、次の候補に切り替わる。
「え? 神様。情報が消えました」
「ああ、別の魂が入ったのだろう」
「今の候補はもう選べないということですか?」
「そうなるな。ここでの時間経過は、お前さんの生前の感覚よりもかなり早い。他の候補も早く決めないと消えるぞ」
何ということだろう。最高の候補が消えてしまった。悩んでいる間に他の候補も消えてしまう可能性が高い。
「そういうのは先に言って欲しかったです。え~と、次の候補は……女かよ!」
裸の女の子が映っている。
可愛い。少し綺麗系だ。でも、女はちょっとな。
「女の体でも問題はないぞ」
「将来、男に言い寄られるのはゴメンです」
王太子長女。魔法の才能は各属性全て百以上で、非常にバランスが良い。身体能力は流石に最初の候補に比べると低いな。女だからだろう。
次の候補を見る。
「また女か……」
サザーランド伯爵家次女。魔法の才能は各属性全て百以上で、非常にバランスが良い。王太子長女と凄く似ている。でも女だ。……可愛いけど。
最初の候補を選んで置けば良かった。
次こそはと願いを込める。……男!
ウィリアム公爵次男。魔法の才能は各属性全て百以上で、非常にバランスが良い。前二つと同じ感じだな。あまり得意属性のようなものはないのだろうか? 気になったので、後ろの候補を見る。
ロチェスト男爵家次男。この候補は百に満たない項目もあるが、火属性が突出して高く百五十以上だ。
バーナム子爵家次男。こっちは土属性に優れている。ついでにイケメンだ。
こう見ると個人差で得意属性はあるようだ。ウォルバー伯爵家次男も、ややばらつきがあったと思う。無属性がやたら高かったのは憶えている。何故か次男が多いのが気になるけど……偶々だな。
改めてウィリアム公爵次男の情報を見る。
魔法の素質は問題なし。頑張れば世界最強も狙える。身体能力も高い。
容姿も悪くないと思う。ウォルバー伯爵家次男やバーナム子爵家次男には負けているが、ロチェスト男爵家次男よりもイケメンだろう。彼はちょっと童顔だった。
問題になりそうなのは、公爵家ということくらいだろうか。次男だし面倒事に巻き込まれる可能性は低いかな? 折角なら冒険者になりたい。
「神様少し良いでしょうか?」
「なんだ?」
「この公爵次男が良さそうなのですが、ランドール王国の貴族は長子継承でしょうか?」
「少し待て……」
神様は端末を操作する。対応が早い。出来る神様のようだ。
「明確な決まりはないが、基本的には正室の長男が継ぐ場合が多いな」
正室の子か……家族構成の情報はあったかな? そう考えながら情報を見ると、家族構成の情報が表示される。何とも便利だ。裸が消えなかったのは何故だろう?
家族構成を確認する。ウィリアム公爵の妻は一人だけで、長男と母親は同じ。これなら跡継ぎにされることはなさそうだ。安心して、詳しい家族構成を見る。よく見ると父方の祖父が王様で、叔父が王太子だ。先程の王太子長女というのは従妹になるのか。そう考えると魔法の才能は遺伝なのだろう。
「そろそろ決めないと、その候補も消えるぞ?」
「えっ!?」
神様から指摘され、急いで残りの情報を確認する。特に問題はないはずだ。この候補に決める。
「神様。このウィリアム公爵次男に決めました」
「二言はないな?」
「はい!」
神様は満足そうに頷くと、その厳つい手で俺を掴む。何をするのかと思ったら、野球のピッチャーのように俺を放り投げた。行先はきっと来世の肉体だろう……大丈夫だよな?
「次は記憶を消してから戻って来いよ~」という神様の声が聞こえた。
――そして、俺は異世界転生を果たした。




