第3話 わからない!
数日たったあくる日の日中…。家事を終わらせた恵子は…親友の冬子に電話してみた。
「もしもし。トーコ?」
「あ!ケイコ!あんた、意識戻ったの?大丈夫??」
「うん。退院できたよ。」
「あ!ホント!?よかったぁ~。お見舞い行ったんだけどさぁ、まだ意識が戻らないって聞いて…帰ってきちゃった。でも良かった。退院できたなら。カズトくん毎日いっててさぁ、ずっと心配してたみたいだね。」
「あ…そうなんだ。」
「うん、そうだよ。」
「あの…聞きたいことあるんだけど…。」
「なに?ノロケなら聞かないよ?どーせ、退院してから毎日お盛んですとかそういうのでしょ?あ~、買い物行きながら聞きますか?お茶しに行く??」
「いや…ちょっと…そーゆーの…やめて…。」
「え?なにを??」
「あたしと…杉沢クンのこと…。」
「え?なんか様子がおかしいね?杉沢クン??」
「うん…。あの事故で…記憶がないの…。」
「えっ!?」
冬子は絶句した。数秒会話が途絶えた。
「ウソでしょ?…え?ウソ…マジ??」
「うん…結婚してたこととか…。子供たちのこととか…。」
「え?だって、日本語しゃべってんじゃん。」
「うん…。杉沢クンと結婚してからの…てか杉沢クンと付き合ってたこととか全然記憶にないの…。」
「え?まーじーでー??」
「そうなの…。」
「ホントに?そんなに深刻なの??」
「あの…あたしの恋人の…会社の上司って…どうしてるのかな…。」
「はぁ??」
とたんに機嫌が悪くなる冬子。当時の恵子は不倫していたのだ。
冬子はその相談を乗ってはいたが、別れるように諭していた彼女だ。
まさか、その男の話を蒸し返されるとは思っていなかった。
「なんで、ダンナのこと忘れて元の不倫相手のこと気にしてんの??あたしが知るわけないじゃん!いい?アンタはねぇ!カズトくんに愛されて、アンタも愛して、二人で頑張って家建てて…子供三人に恵まれて、それでも冷めることなく愛し合ってる、世間もうらやむ仲のいい夫婦なの!それがアンタなの!」
「だって…わからないんだもの!」
「じゃ、よくアンタのダンナを観察してごらん!すぐにまた好きに戻れるよ!」
「ウン…。」
電話口で冬子は深くため息をつきながら
「早く…記憶戻るといいね…。」
「ウン…。」
冬子の電話の奥から、赤ちゃんの泣き声がした。
「あ、ゴメン…子供起きた。切るね。」
「あ、ウン。」
冬子との電話が切れた。恵子は思った。
トーコも結婚して…子供いるんだなぁ…。
そうだよね…。時間がたってるんだもんね…。
はぁ…ヒデちゃんの情報はなかったなぁ…。
余計な情報は入ったけど…。
杉沢クンを観察しろっていったって…。
あんなにオドオドしてるとついイジメたくなっちゃうんだよね。
図体ばっかりでっかくて家事はなんにもできないし…。
はぁ…疲れる…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日曜日…。恵子の両親が来た。
この家の近所。歩いてこれる距離だ。
恵子の父は、和斗と一緒に、階段に滑り止めをつけていた。
恵子と母は、みんなの食事を作っていた。
一番下の階段に滑り止めを付けた時、恵子の父は額の汗を拭きながら
「よし。これで大丈夫だろ~。」
「さすが、お義父さん。オレ、こういうのやったことなくて。助かりました。」
「いや。吞みに来るいい口実だ。」
「でしょ?そういうと思って、冷やしておきました。」
「ケイコ!カズトとオレの分、グラス出してくれ。」
二人は、階段の作業が終わってリビングのテーブルに座った。
「あ…ちょっと…杉沢クン、出してくれる?」
「あ、はーい。」
「いや…ちょっとまて…。」
恵子の父は、立ち上がる和斗の服の袖を引っ張って止めた。
「…え?」
「杉沢クン…?」
「…いや…。あの…記憶喪失で…。」
「ケイコ!お前が用意しろ!!!」
彼女の父は彼女の背中を見ながら怒鳴った。
あきらかにブチ切れている。
「なんで…。今、手を離せないんだって。掃除も洗濯もしないんだから、グラスぐらい…。」
「…そうですよ。お義父さん。オレ…準備しますから。」
「ケイコ!自分のダンナ捕まえて、なにが杉沢クンだ!記憶がない?そんなんで、納得できるか!」
「なによ。うるさいなー!夫婦の問題でしょ!?」
父親は、立ち上がって
「母さん…。」
「え?」
「帰るぞ。こいつはケイコじゃない。ケイコの皮を被った違うヤツだ!」
「いや、お義父さんちょっと…吞みましょうよ…。」
「こんなとこで楽しく呑めるか!」
恵子の母親はエプロンで手を拭きながら駆けてきた。
「ごめんね。カズちゃん。いいだしたら聞かないから…。またね。」
「あの…。」
二人は出て行ってしまった。庭では子供たちが遊んでいて帰ろうとするおじいちゃん、おばあちゃんにすがっていたが、彼らが家の門を開けるのが見えた。
恵子は、和斗をめがけて小鉢を投げた。
和斗は、それを胸で受け止めた…。
「なんで…!なんで!だれも優しくしてくれないの!?あたしが一番辛いのに!」
「ママ…ゴメン…オレ…なにも言えなくて…。」
和斗は、恵子の肩に触れて慰めようとした。が
「さわんないで!」
恵子は和斗の手を、強引にはねのけた。
「あんたのせいよ!うう…。」
「ごめんね…ケイちゃ……ママ…。」
あたしは、杉沢クンにあたった…。
逆らわないの知っているから。だってどうしろっていうの?
今のあたしは自分ではどうしようもないの。どうしようもないストレス。
そこに、子供が三人。杉沢クンだって…大きな子供みたいなもんじゃない。
ちょっとぐらいイジメたって…ねぇ…。
それに、怒ればいいじゃん。腹立つなら…。
本性だせばいいじゃん。そしたらもっと嫌いになると思うけど。
もう、イライラ、イライラ…。