第16話 みんな元通り
恵子は朝食とお弁当を作り、和斗を送り出した後、実家へ戻った。
子供たちはすでに幼稚園へ出ていたので、母の車に子供たちの荷物を乗せて、自分たちの家に運ぶ。
和がちょこまかちょこまかと広い家の中をうろつく。
恵子はそのスキにいろんなものを、各部屋に運び込む。
夕方…子供たちを連れてきた。
恵斗と恵美はすごく喜んでいた!
「あたしたちのへやだぁ~~!」
「メグミ、ホラ、まどからまちが見える!」
「すごーーい!」
「あの、大きいの小学校かなぁ?」
この景色が見えるように、この丘の角の土地を買ったのだ。
恵子は洗濯をしながらベランダから街を見るのが好きだった。
子供たちの姿を見てホントに、戻ってこれてよかった思いを嚙み締めた。
和斗は、定時で上がって来た。
和は、和斗に人見知りしてたけど、すぐに遊びだしていた。
恵子が和に
「アイ?パパって言ってみな?」
「やーや…。」
「ふふ…ちょっと反抗期。」
「こんなに大きくなっちゃったかぁ~。」
恵斗は和斗の前に立ち、ペコリとお辞儀した。
「パパ、おしごとごくろうさまでした!」
「お~。やっぱり空手やってるだけあってキレイなお辞儀だなぁ~。ちゃんと、ママたちを守ってたかぁ?」
恵子は恵斗の肩をポンと叩いて
「守ってたよ!ね?ケイト。」
「んと、んーと、えっと…えーと…。」
「えーとじゃわからん!はは」
と和斗は大きく笑った。
「ははは。パパ、ダッコ~~!」
恵斗を抱っこする和斗。
おもむろに立ち上がる恵美。
しょうがない。あたしもダッコされてやるか。という感じで、手を広げて和斗の前に立った。
その素直じゃない様に和斗と恵子はまたも笑った。
みんなの笑顔。楽しい家族。
ここだ。あたしの居場所…。
帰って来たんだ。来れたんだ。
ほんとうに…。
「あ…ママ泣いてる。」
「ママ、泣き虫なんだよ。パパいない時も泣いてた。」
「…バカ…。」
「似たもの夫婦かぁ…ふふ」
「そうだね…ふふふ…。」
その時、玄関の扉が開いた!
ガサガサとビニール袋の音がする。
「こんばんわ~!よいしょっと!」
「カズト!すごいウィスキー持って来たぞ~!…ちょっと飲んじゃったけど…。」
「マジスカ!お義父さん。」
和斗は立ち上がって恵子の両親を迎えに行った。
「おまえ、山崎の18年飲んだっていってたじゃん?」
「ま、まさか…。」
「25年だぞ~!!!」
「来た来た来た――――!!!じゃ、お義父さん、私がお持ちしましょう。」
「オイオイ!大事に持てよ…。ゆっくりゆっくり…。」
ビニール袋に反応した子供たちが恵子の母に近づく。
「ばあちゃん、何買ってきたの~?お菓子?」
「メグちゃん、オレンジジュースがいいなぁ~。」
「ちゃんと買ってきたよ!今日はみんなの好きな鶏肉の料理だよ~!」
子供たちは両手を上げてはしゃいだ。
「かっらあっげ!かっらあっげ!」
恵子と、母でお祝いの料理を作る。
父と和斗はグラスを用意して、ウィスキーを注いでいた。
「カァー―――!最初の一杯は味も何もわからない。改めてもう一杯。」
「おいおい。大事に飲めよ。スポーツドリンクじゃねーんだからよぉ…。一杯いくらすると思ってんだよ…。」
「まぁまぁ…固いこと言いっこなし!お祝いなんですから。」
「それもそうだー!わはははははは!」
「今度は、50年ですね!」
「じゃ、二人で積み立てしよう。」
などといいながら、二人で楽しく飲んでいた。
キッチンの女二人はそれをとても微笑ましく思っていた。
「いいねぇ。男同士は。」
「そうだねぇ。」
「積み立てだって。けっこうするものなの?10万円くらい?」
「え?いや…25年の金額は聞いてないの?」
「聞いたよ。3万円。」
「はー…。騙されてる…。」
「お酒に3万もだすなんてねぇ…。え?騙されてる?」
「その10倍だよ?」
「は??」
「50年になると、限定だったから、プレミアついて、まーいい軽自動車買えるんじゃない?」
恵子の母の目に怒りの光が宿る…。
「だめだ。あいつら。お小遣い減らす。あんたも減らしな。」
「そうしようか。ふふ…。」
そんな話しを知らない男二人。ウイスキーのグラスを片手に庭を眺めていた。
「カズト。春になったらまた芝植えなきゃダメだなこりゃ。」
「一年ほったらかしでしたからね。」
「また、サーバー用意して…な。」
「プレモル?」
「そー!そー!そー!」
楽しい夜は更けて行った。
恵子の両親が帰った後、酔っぱらって眠そうな和斗に、婚姻届を書かせた。
ミミズみたいな字だったけど、嬉しそうに書いていた。
良かった。ふふ。
次の日…二人で婚姻届を出しに行った。
全部、全部元に戻った。
恵子が、巻き起こした大事件はこうして幕を閉じた。
家の借金はちょっとだけ増えたが「また、二人で頑張ろうね!」と和斗は言った。
杉沢家の「黒歴史」
たまに、二人の部屋で二人っきりの時に
和斗が“ママ”と言ってからかってくる時がある。
その時、恵子は無理矢理キスして、唇で和斗の舌や唇を甘噛みして引っ張ってやるのだ。
「いてててて」とか言っている和斗の姿を見て、二人して笑いあいじゃれ合った。
二人は帰ってきたのだ。
元の場所に。
みんなの場所に…。
恵子はバイト先の荒神で仕事が終わって、和斗が車を止めている場所まで走る。
道路の脇に車を止めて、車から降りて、白い息をはきながら待っていてくれる。
恵子が来ると、助手席のドアを開けてくれるんだ。
「ケイちゃん。おかえり。」
「ただいま。」
【おしまい】