第14話 嫌いだよ
恵子は、和斗の家の門を開けた。
帰ろう…。
実家で子供たちが待ってる…。
この家の近所にある実家に向けて歩き出した。
振り返って見ると和斗の家の電気は消されていた。
カズちゃん…。すぐ寝るのかな…?
近くにいるから…。
また会えるよね?
でも…
カズちゃんの心が…
離れてしまった…。
実家までの道のりは1kmほど…。10分もかからない。
でも、今日の足取りは重い…トボトボと歩き出した。
街頭のない道が少しだけある。暗くて女一人で歩くには怖い。
ふと…後ろから人が走ってくる音がした。
タッ
タッ
タッ
タッ
タッ
タッ
タッ
タッ
タッ
タッ
え?…なに…近づいてくる…。
怖い…ジョギング…の音かなぁ…?
でも、その音は恵子の後ろに近づいても恵子を避ける感じではなかった。
突然!
ギュッゥ!
後ろから抱きつかれた!恵子は小さく悲鳴を上げた。
「キャ…。」
「忘れない…忘れるわけないだろう!オレがケイちゃんのこと…。」
……和斗の…声だった…。
「ウン…。」
「なんで…あんなに残酷だったんだよ!ケイちゃん!」
「ゴメン…なさい…。」
「なんで…なんで…ああ…クソ!!」
「カズちゃん…ゴメン…ゴメンねぇ…。」
「ケイちゃんなんて、嫌いだ!嫌い!大嫌い!」
「…やだ…キライじゃ…やだよぉ…。」
「ケイちゃんのこと…子供たちのこと…忘れようとしたんだ!もう、一人で生きてくと思ったんだ!なんで!それなのに!ケイちゃんは戻ってきちゃうんだよ…。」
「ずっと…ずっと…探してたの…毎週…毎週…M市を歩って探したの…。」
「ケイちゃん、違う人になったと思ったんだ。オレからケイちゃんと子供をうばう悪い人だと…何度も何度も自分に言い聞かせて…そして、嫌いになろうとしたんだよ!」
「ウン…そうだよね…ゴメン…。」
「なれるわけないだろう!オレが、ケイちゃんを嫌いになれるわけないだろう!」
「ウン…。ゴメンね…」
「残酷だよ!忘れようとしたのに、急に顔だすなんて…。」
「会いたかったの…。」
和斗は、恵子の両肩に手を添え、くるりと回して、自分の方に向けた。
「ケイちゃん…愛してるんだ…。愛してる…。」
「ありがとう…。」
久しぶりに二人は、唇を合わせた。
時間が止まった。
いや、ようやく時間が動き出した。愛し合う二人の時間が。
「…家で…話し…する??」
「入れてくれるの?」
「もちろんだよ…。みんなの家じゃないか…。」
二人は久しぶりに…手をつないでこの道を歩いた。
短い距離だったけど…。
すごく楽しかったのだ。
「さっきもね…家に来た時…。ケイちゃんかもって思って…ウキウキしながら出たんだよ…。でも…心とは逆に…冷たくしちゃって…ゴメンね。怖かったんだ。ケイちゃんでも…“ママ”だったらどうしようって…。」
「あは…“ママ”かぁ…。」
家に着いた。和斗はカギを開けて、恵子の手を引いて中に入れた。
「さ、どうぞ。渡良瀬さん。」
「いじわるだなぁ~。」
「おかえり。」
「…ただいま…。」
和斗は恵子をリビングにあるテーブルのイスに座らせ、自分はキッチンへ向かった。
「お茶…淹れるね。」
「あたし…やろうか?」
「いえいえ、“ママ”は座っててください。」
「やだ…もう…いじわるだなぁ…。」
そして、紅茶を淹れながら
「記憶がなかったときはホントに辛かった。」
「ゴメン…ね…。」
「しょうがないよ…病気なんだもん。」
「でも、ホント…。家まで売らせて…離婚までして…。あたし…最低…。」
「ホントだ。最低ママさん。はい、どうぞ。」
「ありがと…。」
和斗は温かい紅茶を彼女に差し出し、迎え合わせに腰を下ろした。
「どうやって…思い出したの…?」
「あの時は…あたしはあたしじゃなかったような感じだった…。佐藤さんと付き合ってた頃のあたしがあたしを支配してて…。今のあたしを出さない感じで…。今のあたしは、一生懸命がんばって出ようとしてるの。カズちゃんを放しちゃダメだって言ってるんだけど…。お鍋に入れられて、蓋をされて…重しをのせられてる感じなの。」
「ウンウン。」
「最低だってわかってるの。カズちゃんを利用して、佐藤さんと再婚しようとしてた。がんばって、もう一人のあたしがそれを止めようとしてるんだけど、どうしても、別の力が強すぎて…。」
「二重人格みたいな感じなのかな?」
「でも、ふっと、昔のあたしも、気付いたの。佐藤さんと一緒にいちゃダメだって。そしたら、お鍋の蓋がパカーンって開いて今のケイちゃん復活!!」
「おー!復活!」
「佐藤さんとは…なにもなかったよ。」
それを聞いて、和斗はイスに大きくもたれた。
「あー…。よかった…。」
「だって、あたしは…カズちゃんのものだもんね…。」
「ケイちゃん…。」
「なに?」
「オレ…一年と半年くらい…してないから…。」
「あー…。」
「すっごい内容…濃いよ?」
「…あのね…。」
「ん?」
「あたしだって同じだから。受けてたとうじゃない。」
和斗はそれを聞くと、恵子をお姫様抱っこして、すごいスピードで、二階の二人の部屋に連れて行った。
部屋につくと、二人は熱く抱擁を交わし愛の終着駅に向かったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ハァハァハァハァ…ん……ハァハァハァハァ。」
「ハァハァハァ…ふふ…宣言した失神までは…させられませんでしたねぇ。」
「ハァハァ…いやぁ…また記憶失われてもイヤだから……手加減してやった。」
「ウソばっか!ふふふ…。」
「あ~でも…。よかったぁ…。」
「…ホント……今のだったら、記憶喪失治ってたかもね!」
「キスもさせなかったくせに…。」
「襲っちゃえばよかったじゃん!」
「あーーー!あの“ママ”の恐ろしさ知らないなァ?メチャクチャ怖いんだから…。」
「フフ…カズちゃん、オドオドしてたよね~。」
「もう…あの目…汚いもの見るようなさぁ~…なにしても減点されてさぁ~…。」
「ふふ…はははははは。」
「笑い事じゃないよ…。あの“ママ”がケイちゃんの中にいると思うと…あー怖い…。」
「嫌い?」
「嫌いになんかはならなかったけど…。怖かった…。オマエなんか絶対好きにはならねーぞみたいなさぁ…。」
「ゴメンなさーい♡」
「結局、別れさせられたし…。家も売らせて、お金も分捕ってさ~。悪魔!…ちょっと間違ったら、保険金殺人とかしてたんじゃない?ホントに…それぐらい怖かったよ…。」
「だから、ゴメンって。カズちゃんだって「愛していた」だって。「いた」って過去形。」
「あ…ゴメン…。やっぱ見たんだ。」
「取ってある。」
「捨てて。」
「やだ。カズちゃんからもらった手紙だもん。初めての手紙。」
「チガウ…あれ…書いたとき…オレ…どうかしてた…。」
「ふふ。またビビってる。ビビってる。」
「ケイちゃん…」
「なに??」
「愛してるぅ…。」
「あたしも…。」
そういいながらまた、二人は重なりあった。
じっくりと…じっくりと…今までの離れていた時を取り戻すように…。
二人とも、溶けて一つになっていった…。