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第1話 失われた愛し合った過去

  ……え……?


  ここは…………??




「あ……あ……あ…………よかった……気がついたんだね……。先生! 先生!」



  え?


  なに……かっこいい……。

  誰? この人……。あたしの手を握って……。


  先生?


  病院?


  なに? あたし……入院してたの?



 女はベッドに横たわっていた。白い部屋に、自分を囲むようにカーテンがあった。

 パイプイスに座って、男が女の手を握って目を覚ました女を見て泣いていた。


 男は杉沢(スギサワ)和斗(カズト)。女はその妻の恵子(ケイコ)だった。


 そこに白衣の医師らしき男が入って来た。


「ああ。よかった……。目を覚まされましたか。あなたは二週間眠っていたのですよ。」


 恵子は医師に聞いた。


「あ……の……。なにが……なにがあったんです……?」


「事故で……階段から落ちて頭を強く打ったのでしょう。赤ちゃんを抱かれていて……それをかばったんですなぁ……」


 赤ちゃん……? 誰の……??


(あい)は大丈夫だったよ。もう……ケイちゃん。目を覚まさないのかと思った。でもよかったぁ……」


 と、手を握る和斗は恵子の愛称を呼びながら嬉しそうに話した。……が……


 あ、コイツ。髪の色違うけど。杉沢……杉沢和人じゃん。なんだコイツ。なんでここにいるの?


「……なんで……??」

「え?」


「なんで、アンタがここにいるの? 会社は?」

「え? ケイちゃんどうしたの??」


「プ。ケイちゃんとかって、上司に向かってなれなれしいんだけど…?」

「え? え?」


 恵子が和斗の上司だったのは今から数年の前の話しだ。和斗は困惑した。


 ケイちゃん、あきらかにおかしい……。どうしちゃったんだろう?


 医師とともに和斗は一時、病室を外れた。医師はため息をついて


「多分一時的な記憶障害だと思われます」

「先生、そんなベタな。漫画じゃあるまいし」


「いや、頭に衝撃をあてているわけですから、往々にしてあります。一時的ですから、ダンナさんと話してる間とか、お子さんと接してる間にきっと戻るとは思いますが」

「そうなんですか? よかった……ああ……よかった」


「ま……回復を待って、退院できるでしょう」

「先生ありがとうございます。」


 病室に戻り、和斗は恵子にそのことを話した。恵子は驚いてひどく狼狽した。


「え? は? アンタがわたしのダンナ??」

「うん。そう。子供も三人」


「え? やだ、ゾッとするんだけど」

「まーまー。そういうのはケイちゃんらしいっちゃ、らしいけど」


 と、和斗は恵子のいつもの冗談だと思い反応したが、あきらかに恵子の顔は嫌悪を示していた。


「ちょっと。ホントに馴れ馴れしいね。……ま、ダンナなんだから仕方ないけど……。嫌悪感を感じるんだけど」

「あ、ゴメン……」


「なんかさァ、もう帰ってくれる? 明日子供連れてきてよ。子供見たら思い出すかもしれないし」

「う、うん」


「はぁ、なんでアンタなんかと……」

「ご、ゴメン。じゃ、また、明日……」


 和斗は名残惜しそうに立ち上がって、ドアが閉まる最後まで恵子を見つめていた。しかし、恵子はそれすらも不気味に感じた。


 なんで、どうしちゃったのアタシ……? ヒデちゃんに捨てられてでもして、自暴自棄になっちゃったの?


 あたしには……、数日前にヒデちゃんに抱かれた想い出しかない……。

 それが、急に、部下の杉沢和人と結婚していた……?

 なんで……。やだよ……そんなの……。


 ヒデちゃんはどうしてんだろ……。

 思い出せない……。


 と、彼女の記憶には当時付き合っていた……、と言っても不倫関係にあった男の記憶しかなかったのだった……。



 ◇



 次の日……和斗は会社を早退して、子供達を引き連れ恵子の母である義母と四人で入院先に向かった。

 子供や、母親を見ればきっと思い出してくれる。そう思いながら。


「お義母さん、スイマセン。子供の面倒見てもらいっぱなしで……」

「いいのよぉ! アンタ、仕事頑張ってるんだから……。あたしも孫の面倒見れて楽しいわよ」


 義母に手をつながれて彼の子供たちは、無邪気に和斗に聞いた。


「ねぇ、ママげんきなの?」

「うん……元気だよ……」

「もうすぐママにあえるね。よかったね。おにいちゃん」


 とやりながら子供たちとエレベーターを降りて病室へ。病室に到着と恵子は週刊誌を読んでいた。


「だめだわ。最近のこと全くわからん」


 と、週刊誌を閉じた。そこに二人の子供たちが駆け寄って抱きすがった。


「ママーーーー!!」


 しかし、恵子は慌てた。知らない子供が入って来た。まさにそんな感じだった。和斗は赤ん坊を抱っこしながら恵子に近づいて行った。


「おはよう。ケイちゃん、どう?  子供たち見て……何か思い出した?」

「うん……。分からない……。でも……かわいいね」


「そっか……。でも、じょじょに……ね」


 和斗は残念そうに呟く。そこに恵子の母が涙ぐみながら声を荒げた。


「アンタ! 我が子も忘れたの??」


 和斗はそれに慌てて義母を止め、取り成そうと子どもを順番に指差した。


「えと、じゃぁ紹介します。長男の恵斗(ケイト)くん。4歳。年中さん。幼稚園の問題児。長女の恵美(メグミ)ちゃん。3歳。年小のおませさん。次女の(アイ)ちゃん。6ヶ月。ママに助けられたんでちゅよね~」


 と最後に(アイ)に頬擦りしながら紹介した。しかし、恵子にはやはり分からない。


 だめだわ……思い出せない……。


 恵子は長男と長女に向き直りその頬に手を触れながら謝った。


「……ゴメン……ね……。」


 子供たちは、そんなことにはお構いなしに自分の母親に楽しそうに話し始めた。


「ね、ママ、メグちゃん、ばあばのおうちでもひとりでおトイレできる~」

「そなんだ……」


「あの、あの、あの、あのねぇ。ママ……あのねぇ……んとねぇ!」

「あのだけじゃわからん! フフ……」


「あのーあのーあのーハハハぁ~ママだっこ!」

「ハイハイ」


 半身を起こしている母親に抱きつく子供たち……。

 そこに、和斗は自分の大きな手に抱いた赤ん坊を差し出した。


「さ……アイも抱っこして欲しいって」


 恵子はそれを受け取って大事そうに胸に引き寄せ抱いた。


「……寝ているね……。軽い……こんなに軽いもんなんだ……赤ちゃんって……」

「うん……」


「カワイイ……」

「ケイちゃんの……子だもの……」


 恵子は黙って胸に抱いた自身の子供を見つめて微笑んだ。

 恵子の母親は我が子すら忘れた娘を一喝した。


「アンタ……。あたしだったら、我が子を忘れたりはしないけどね!」

「お義母さん。でも、ホラ病気だし……」


 と、また和斗は厳しい義母から恵子をフォローした。


「杉沢クン……」

「はい」


「ちょっと、母さんと二人だけにしてくれないかな?」

「あ、はい……」


 義母は訝し気にどうしてそうなるのかと言わんばかりに眉を寄せた。


「お義母さん。いいですよ。おーい。子供たち。売店でなんか買ってやるぞぉ」

「やったぁ~!」


 喜んで子供たちは和斗の手をつないだ。和斗は心配そうな顔で恵子に聞いた。


「アイちゃんは……?」

「あ、この子は……いいよ。あたしが抱っこしてるから」


「あ。分かった。じゃ、みんな行こうかぁ」

「ウン!」


 娘の恵美は和斗の顔を見上げながら聞く。


「ねぇ。パパ、何円まで?」


 と子ども定番の質問であった。



 病室から三人は出て行った。

 恵子の腕の中には(アイ)が寝ている。自分自身の子供がそこに。しかし恵子にはこの現実が分からない。


「ねぇ……母さん?」

「なに?」


 それにぶっきらぼうに答える母。非日常が受け入れられないのはこちらも同じなのだ。だが恵子は質問を続ける。


「なんで杉沢クンとあたし……結婚したの……?」

「なんでって、理由なんて知らないよ。突然、連れて来て結婚するって言ったんじゃん」


「できちゃった婚? 強姦されたとかではないの?」

「はぁ? 何言ってんの?」


「いや……杉沢クンなら……無理矢理そういうことしそうだから……」


「ダメだこりゃ。アンタ、完全にイッちゃってるよ」

「だって……分からないんだもの……」


「アンタが好きで好きでたまらないって感じだよいつも。ひと月かふた月に一回は子供たちウチに預けて二人でデートもするし……。子供だって、家建ててからって、二年ぐらい我慢してからようやく年子で作ったんじゃん」

「そう、なの……? 家建てたの?」


「カズちゃん、あの若さでよくやってるよ! それを、その恩を忘れるなんて……。あたしゃ、母として女として情けないよ」

「……そうなんだ……。でも……」


「でも……なに……?」

「分からない……」


「……ん……まぁ……今はしょうがないかも……ね……」


 恵子の母はそういって、フゥとため息をついた。

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