僕らはサンタクロース
「あーさむ」
今日は朝から雪がちらついていた。チキンが入ったスーパーの袋を持って早足に歩く。
「ホワイトクリスマスだな」
地面に落ちた雪はすぐに溶けて黒い染みになっていく。積もることはないだろう。クリスマスを楽しむには都合の良い天気だ。かといって、何も用事は入っていないのだが。
「さて、帰ったらなにすっかな」
テレビを見るか、本でも読むか。まったく代わり映えのない休日である。
どさ。
何か結構な重さのものが落ちる音がした。それも、俺のすぐ後ろで。
「???」
慌てて振り返ると、そこには赤い服を着た子供が座り込んでいた。小学生か?
「大丈夫か?」
地面が濡れているので、滑って転んだのだろうか。それにしては重そうな音だったが。
「うー、だいじょうぶ、です」
サンタの格好をした少年は自力で立ち上がり、投げ出されていた白い袋を持ち上げた。重い音の正体はこの袋だったようだ。
「随分重そうだな。何が入ってるんだ?」
「プレゼントです。僕はサンタなので、これを配って歩くんです」
少年は誇らしげに胸を張って言った。
「なるほど。頑張れよ」
適当に応援して背を向けると、くい、と服を引っ張られた。
「お兄さん、手伝ってくれませんか?」
ホットミルクを作りながら、何やら面倒なことになったな、と考える。
通行人が立ち話をしている子供サンタと俺を不審そうに見ていたので、とりあえずうちに連れてきたのだが。
「名前は?」
「リョウです」
「そのプレゼントって、町内会の行事か何かか?」
「いいえ、違います」
こんな寒い日に重いプレゼントを配って歩くなんて、罰ゲームでもしているのだろうか。
「ま、いいや。手伝ってやるよ」
どうせ暇な日曜日だ。たまには子供のお遊びに付き合ってやるのもいいだろう。
「ありがとうございます!」
リョウは嬉しそうに笑った。
「どこに配るんだ?」
歩きながらリョウに話しかける。
「いろいろです。まずは公園に行きます」
公園。ここから徒歩で10分ほどの所にある公園は、駅のイルミネーションが見えることで有名だ。確かに、プレゼントの受け取り手がたくさんいそうな場所だ。カップルも多い。
「いたずらじゃないだろうな?」
そんな場所で子供サンタにプレゼントをもらったら喜ぶだろうが、中身が虫だったりしないだろうな。そしたら大騒ぎになる。
「そんなことしないです。こっちですよー!」
本当に大丈夫だろうな?まあ、あやしかったら渡す前に中身を確認すればいいか。
雪は降ったりやんだりで、やっぱり積もりそうにはなかった。
「とうちゃーく!」
リョウが立ち止まったのは俺が予想していた場所ではなく、人気の無い児童公園だった。
「ここなのか?」
俺達の他には誰もいない公園はひっそりと静まり返っている。
「はい。ここにすわってください」
公園にあるベンチの一つに座ると、リョウは白い袋を足元に置いて口を緩める。
中から手のひらに乗るくらいのリボンがかかった箱を出してきて、俺に渡してきた。
「箱を開けてください」
びっくり箱だったりするんだろうか。そっとリボンを解く。小さな箱の中には、飛行機とパイロットの絵が描かれたカードが入っていた。
裏返してみると、平仮名で名前が書いてある。たなかだいすけ。彼がプレゼントの受け取り手なのだろうか。何のためにこんな面倒くさいことをするのだろう?
「名前を読んでみてください」
「たなかだいすけさん」
「はい!」
俺のでも、リョウのでもない声が聞こえた。
「え?えええ!?」
俺の持っていたカードからパイロットと飛行機が抜け出して、空へ飛んで行ったのだ。それが見えなくなると、今度は膝の上にあったリボンと箱、手の中のカードが煙のように消えてしまった。
「ほら、どんどんいきますよー!」
リョウが次の箱を渡してくる。言われるままに次々と箱を開け、名前を呼ぶ。箱は全部同じ、緑の箱に赤いリボンだ。中のカードは全部違って、電車、花、ドレス、サッカーボールなどいろいろ。クリスマスカードらしくない絵柄だ。プレゼントだと言っていたから、クリスマスに欲しいもの、ということなのだろうか。
「にいはらまなみさん」
「はい」
「あおめいずみさん」
「はあい」
「こうさかゆうきさん」
「はい!」
数十個はあった気がする。急に箱を渡すリョウの手が止まって、俺は彼を見る。
「これが最後です」
するりとリボンを解く。中に入っていたカードは真っ白だった。しかし裏返すと、他のカードと同じように名前が書いてある。
やまぐちりょう。
「名前を呼んでください」
ああ、そういうことか。
「やまぐちりょう、さん」
「はい!」
彼はカードの中に吸い込まれていった。カードには白い袋を担いだサンタクロースの絵。
「さて、帰るか」
小学校のクラスメートの顔を思い浮かべる。きっと皆、今夜はすてきな夢を見るのだろう。
――十年前のクリスマス。
「はい、それではみなさん、今配ったカードに、将来やりたいお仕事の絵を描いてね」
とある小学校のクリスマス会。教室を折り紙やテープで飾りつけ、黒板にはツリーの絵が書かれている。
「せんせー、欲しいものの絵じゃないんですか?」
「そうよー、なりたいものを描いてね。そうしたらいつか夢の中で叶うかもしれないわよ」
「そこはげんじつでかなうっていうところでしょー」
生徒の一人が突っ込みを入れて、教室が笑い声に包まれる。
「それはあなたたちしだいねぇ」
「あら、山口君はサンタクロースになりたいの?」
山口遼のカードを見て、担任は言った。
「うん!僕がプレゼントをくばって、みんなを笑顔にしてあげるんだ!」
彼は胸を張って答えた。
「そう。きっと叶うわよ」
赤い帽子をかぶった担任は笑った。
俺=山口遼=リョウ=十年前の山口君