第八話 信じるモノは
第八話 信じるモノは
パトカーのサイレンが鳴り、赤いランプがチカチカと奈落街の一角を照らす。普段は人の少ない静かな場所ではあるが、今は警察と連行されていく脛に傷持つ男達が賑やかしていた。
「じゃあ後よろしく」
この騒ぎの中心にいた流星は軽い調書だけを取って移動を開始する。
「気をつけてくんなせえ。アッシもアンタも狙いの対象なんですからね」
「なんとかなるさ」
この場を去る流星にイタチが忠告を飛ばす。この街で遡及明美を嗅ぎまわっていた二人には賞金が掛けられていた。それに釣られて集まったチンピラが襲ってきた結果がこの結末だ。
この奈落街の中でなら誰もが流星を襲う可能性がある。そう分かった上で彼はそこの中心地に近いスナック夕暮に戻っていこうとしていた。
背中を向けたまま軽く手だけを振って流星は早足で歩き出す。
『裏賞金首とか出世したナ』
「聞き込みしただけで五百万とは余程知られたくないことがあるらしい」
『命狙うにはやや安めだけどネ』
「妨害出来たらオッケー。上手く討ち取れたら儲け物とか考えてるんだろうな。狡賢いように見えるがやっぱりこの黒幕はやや足りてないな。これじゃあ遡及明美になにかあるって宣言してるようなもんだ」
賞金をかけられた二人の共通点は奈落街で聞き込みをしているというところ。
「そして遡乃明美は危機的状況なのは間違いないみたいだ」
そしてその調べる先に紅虎会がいるというところだ。
「これ見てみな」
『なになに。対象は妙齢の女性? なにコレ?』
「想定していた中でも一番悪いケースになりそうだ」
取り出して見せたのは一枚の紙切れ。そこにはとても簡潔な言葉が書き込まれていた。
「イタチが俺にくれたヒントだよ。流石に名前を出すのはまずかったらしいから最低限だけどな。でもこれだけで十分。遡及明美を嗅ぎまわっていた俺とイタチが狙われ、尾行してきた奴と監視してたのが紅虎組。そして聞いたところによればあのスナック夕暮は刹利のたまり場だったらしい。ならほぼ決まりだろ」
『確かにそうだな。でもそんなどこからつついても爆発しそうな危険人物をなんでまだ手元に置いてんダロ』
明美がいれば刹利の残党にも狙われるし、警察関係からは目を付けられる。なにかするにしてもほとぼりが冷めるまで時間をおくべきところだろう。
「それだけ利用価値が高いか、それとも俺らの思ってる以上のなにかがあるか……。それはそうとして、もしかしたらあんまり時間は無いかもな」
『なんの?』
「斗夢が言ってた危機ってやつだ。いまも四方八方から狙われてる状態だが同時に守られてもいる。その上で危なくなるなら、口封じか暗殺かのどっちかになるかもしれない」
『味方にも敵にも狙われるのか。それって助けれるのか?』
明美の保護はすなわち、その狙っている相手と敵対するという意味を持ってしまう。紅虎組はもちろん刹利残党からも目を付けられる。
「正直困ってる。けどとりあえず会って内情を確認しないと話にならない。逃がすだけでいいのかどうかすら分からないからな。最悪紅虎組そのものが敵か……」
想定していたよりも事態が大きくなりだした。しかもそれが手に負えないかもしれない可能性まで出てくる。
元々は危機を伝えてそれに備えさせる。または逃走すれば安全は確保できた見通しだった。
「ちょっと待ちなさい。あなたよあなた山田太郎!」
考え事をしながら歩いている流星に声がかかる。だが聞き覚えのない名前を叫んでいるのできっと自分ではないだろうなと思って先を進む。
「待ちなさいと言っているでしょう!」
その急いでいる流星の肩を掴んで足を止めさせる。振り返るとヒーロー、レッドラワンがそこにいた。
「人違いでは? 俺の名前は山田じゃないけど」
「……やっぱり偽名だったのね。印象通り不真面目な性格してますわねあなた」
『お嬢さん見る目アルゥー』
あまり関わり合いになりたくなかったので嘘の自己紹介をしていたのを流星はここでやっと思い出した。
不真面目と言われた流星だが、逆に生真面目という印象を彼女から受けた流星はきっと反りが合わないだろうと思って距離を置くつもりでいたのだ。
というのにここ最近どうも彼女と縁が合ってしまう。
「なにか御用かな? わりと仕事で急いでるんだけど」
「それはこの場所でしか出来ないことですか?」
「そうだ」
「あなた自分が命を狙われているという自覚が無いのですか」
人混みで襲おうというものは流石にないかもしれないが、それでも一部のトチ狂った馬鹿が今すぐにでも鉄の弾丸を飛ばしてきてもおかしくない。
「裏に足突っ込む仕事ならこれぐらいよくあることだよお嬢ちゃん。それにこれでも仕事には真摯に取り組む性分なんでね」
「それは危険を冒してまでしなければなりませんか」
「頼まれた事を途中でほっぼり出すってのはカッコ悪いでしょ」
正直なところ報酬が五万の仕事で命懸けというのはあまりに釣り合いが取れていない。それでも流星の中ではやり切ると決まっていた。
「なるほど。仕事を全うするという信念には同意できます。でしたらこの先は私も同行させて頂きますわ」
「は?」
予想外の回答に口を開けたまま間抜けな顔をして驚いてしまう。
「一般人が危険に晒されると分かって放置するのはヒーローとして、また私自身の矜持として許せるものではありません。本音としては内側に引き上げていただくのが最良ですが、妥協案としてこの私が付いてその身を守って差し上げましょう」
仕事を完遂するというのが流星のルール。そしてまた彼女のルールとしても仕事を果たすのは当然の行動らしい。
色々考えたんだろうがヒーローが一人を守る為に同行するという滅多にない事態を選択したようだ。
「……どうしても付いてくるのか?」
「ええ、でなければ力尽くでも戻ってもらいます。逃げても勝手に付いて行きます」
戦う戦力が増えたのはいい。護衛としては有用なのは先の戦いで見せてもらった。
だがしかし目立ち過ぎる。緑のロングスカートに装飾が潤沢に施された白銀の鎧と兜は誰もが注目せざるをおえない格好だ。レッドラワンが一緒では隠密行動なんてのは出来なさそうだし、逆にここにいるぞと主張して歩いているようなものだ。
「虫除けにはなるか……」
ぼそりと聞こえないように呟く。ヒーローがいると分かって手を出すような奴はそういない。なにせヒーローは一人ではない。もしレッドラワンを襲って倒したとしても他のメンバーが間違いなく救援に駆けつけてくる。
この地区の担当といえば先の騒動で大暴れしたジェットアッパーやキックホッパーがいる。そんな厄介極まりない者達を全て敵にまわすのは自殺行為だ。
「言っとくけど俺の指示には従ってくれよ。付いてきて仕事の邪魔になるんじゃ本末転倒になるし」
「それぐらいは心得てますわ。出来れば何をしようとしているかの説明くらいはほしいですけど」
「それは歩きながら話す。とにかく急ぐからついてきてくれ」
妙な同行者が増えたが流星は目的地、スナック日暮に向かった。
スナックに付けば斗夢の母である明美にすぐ会う、とはいかない。
賞金までかけるほど警戒しているならただの監視だけでは済まなくなるのは分かっていた。前とは違い店の周辺は数名の男が見張りに立っているし、中にも何人か詰めているだろう。もしもあれが紅虎会の手のものなら、目を付けられてしまった流星が姿を現せば襲われるのは間違いない。
『めーでー、メーデー。こちらみんな大好きミスターユーピー。今日も感度は良好で眺めは最高デース』
スナック日暮からやや離れたビルの非常階段でユーピーとレッドラワンは待機していた。
レッドラワンの腕に抱えられたユーピーはそこからスナック日暮の様子を自前の望遠機能を使って偵察している。
「どうだ。対象の姿は確認できたか?」
通話でやり取りしているようでその場所に流星の姿は無かった。
『窓から何人か見えたけど男ばっか。俺たちを尾行してたあの二人組も家の周りにいるゾ』
余程彼女を重要と考えているのか守りの数はかなり多い。だがそれは明美が紅虎組にとって人手を割いてまで守らなければならない重要な人物だという証明でもある。
「オッケー、予定の位置に移動完了した」
見張りが彷徨うスナック日暮に、流星はできる限り近付いていく。かなり厳重に警備されていたために、向かい側にある建物の影に隠れて店を目で確認できる距離が精一杯たった。
「ここまで来てなんだが一ついいかしら?」
『なんだいヒーローガール』
ユーピーを抱き抱えていたレッドラワンが会話に割り込んでくる。
「彼女を助けるのが君らの目的なのでしょ? でもこれは個人で対応すべき案件を遥かに超えていると思いますの。ここは警察もしくは私たち英雄会のヒーローに任せるべきでは?」
これはある意味では紅虎組への敵対行為に近い。というか相手からすればすでにそう捉えられているからこそ賞金まで掛けられて命を狙われたわけだ。
流星達からすれば家出少年の母親を危機から救うというのが目的なので紅虎組自体はどうでもよかったはずなのだが、いつの間にやらそれを無視して進むには明美は絡みすぎているようだ。
「ごもっともで正論だ。俺もそうしたいのは山々なんだけど、事情が色々立て込んでる上に時間制限付きだ。そもそも個人の事情でそのあたりを動かせないし確かな証拠も無いしな」
明美が危機に見舞われるという根拠は、その息子である斗夢が持つ能力から来ている。流星はそれを有り得る話だと信じたが戯言だと思う人がいてもなんら可笑しくない。文字通り夢物語の推論だ。
これを警察や英雄会に言ったところで信じてもらえる可能性は限りなく低い。もし信じたとしても裏付けの取れる証拠を探すところから始まってしまい、かなりの時間がかかってしまうだろう。
「ではなぜあなたは動いているのですか?」
「そりゃやったほうがいいと思ったからだ。危険だろうがなんだろうが結局のところ理由なんてのは誰だってそんなもんだろ。やりたいからやる、やりたくないならやらない。単純明快だが重要なことだ」
『見えたぞ流星! 窓際の席に座った!』
レッドラワンの質問に答えているとユーピーの大きな声が通信を通じて耳に響いた。
「よしよし、予想通りあそこはお気に入りの席であってたか」
前回会った時に遡乃明美は自然に座り込んだあの窓際の席。もし彼女がまだ店内にいればそのうちそこに来るだろうと流星は予測していた。
「俺の能力で伝えるから返答はしっかり見といてくれよ」
物陰に隠れている流星からではしっかりと彼女を見ることができない。そこで高所からユーピーに望遠で覗いてもらっているのだ。
流星が耳につけたイヤホンのスイッチを入れるとユーピーが見ている映像が右目の前に映し出された。
『ラジャー。そっちも集中し過ぎて見つかんなヨ』
「正月に賽銭は奮発して投げ込んどいたからきっと大丈夫だろ。じゃあ始めるぞ」
開始を宣言すると流星は息をゆっくりと吐き出し、意識を冷たく落ち着かせていった。
愛用のキセルに葉っぱを詰めて火をつける。明美はそれを口で吸い大きく、肺の中の空気が全て出るかのように大きく吐き出す。
ちょっとした雰囲気が出るんじゃないかと強がって始めたキセルタバコだが、どうにも今は助けられている。どうにも出てしまう溜息を誤魔化すにはうってつけの隠れ蓑だ。
「嫌になるねぇ」
ぼそりと誰にも聞こえないような声で呟く。
すっと流し目で部屋の中を見渡すと顔の厳つい連中が何人も自分の店を我が物顔で占拠している。彼女を守るという役目を持って滞在しているが明美にとっては邪魔でしかない。
自慢の店もろくに営業できていないし、四六時中監視されては気の抜ける暇もない。吸っている空気ですら重く感じてしまう。
「はやく終わってほしいもんだね……ん?」
物憂げにキセルを味わっているとふと座っていた席の机に目がとまる。
何の仕掛けか細い線が一本づつ表面に描かれていた。
誰にも気付かれないように周りを確認するが誰もこちらの様子見ているわけではない。ならこれは外部からの接触だと推定して、明美は平静を装ったまま線が増えていく様子を確かめることにした。
【センジツダイコウヤ】
(昨日の代行屋? 流星とかいったっけか。あの坊やまだこの街を彷徨いてたのかい)
【ハイミギテイイエヒダリテウゴカセ】
(左右の手で返事か。どっか外からでも覗いてるのかしら)
今窓際の席に座っている明美は了解したという意味を示す為にキセルを持った右手だけを動かす。
ありえない。そう思っていた光明が射したのかもしれないと、人知れず鼓動だけが早くなっていた。