第五話 奈落の華
第五話 奈落の華
『さっきの子、すごかったな色々な意味で』
先程まで大人しくしていたユーピーが腰に付けたポーチからひょっこり顔を出す。
「久しぶりに見たよあんな生真面目なやつ」
あのレッドラワンと触れ合って感じた感想はまさにそれだった。しっかりヒーローらしく行動し、義務を守ってしかも危険地区で働いている。個性豊かなヒーローの面々だがここまで真面目な者はそういるものではない。
どちらかというとヒーローというのは自由気ままに動くやつが大多数だ。
『あれで英雄会じゃ期待の新人って注目されてんだぞ』
「どんな能力か分からなかったけど色々できるみたいだし、真面目ならよく働いてくれて英雄会からすればそりゃありがたいだろうさ。でもちょい堅すぎる気はするけどな。少しくらい不真面目な方が疲れずに済むしな。現にトップヒーローであそこまで真面目なのは一人くらいしか思いつかないし。筋肉バカ、鍛錬狂い、愉悦部、悪人絶対ぶっ殺すマンとかが頂点だからな」
もはや誰もが知る超有名なヒーロー達を思い浮かべる。ただどれもこれも色物揃いで心の底からヒーローをやれているものはそんなにいないような気がしていた。
『じゃあ余計に貴重で有望な人材ってことだな! 美人だし』
「お前素顔まで検索するなよ。プライベートの侵害だって怒られるぞ」
『いいのいいの。俺ってばAIだし。調べるのが仕事でそれ以上は人の領分だし。基本』
「基本はそれで本心は?」
『のぞき見って楽しいよね!』
「同意できるか!」
ユーピーの頭をぶん殴ってポーチの奥に押し込んでしまう。
そんな会話をしている間に流星は一軒の店の前にたどり着く。
「スナック夕暮。ここか」
家出少年、七橋斗夢の実の母探しは順調に進んだ。顔写真を見せればかなりの人がこの店の名前を上げてくれた。
どうやら奈落街では人気の店らしく、その経営者である遡乃明美は知る人ぞ知るちょっとした有名人のようだ。
その店の扉に手をかけようとしたところで流星が停止してしまう。
『どうしたんだ?』
流星は止まったままの姿勢で眼だけを動かし、左右を確認する。
「……いや何でもない」
だが特になにもせずに改めて扉を開けて店に入っていった。
「お邪魔しまーす」
酒場であるスナック夕暮は太陽がてっぺんに上ろうかという時間ではまだ閉店中だ。だがドアが開いているということは誰かしらが店の中にいるということだろう。
「すいませーん。誰かいませんかー」
当然ながら店は客の一人もいないし、店員も見当たらない。夜になると酔っ払いで騒がしくなる場所だが、今は静かなものだ。そんな中を流星の声が響くと奥から何やら誰かが出てくる気配がした。
「誰だいこんな時間に。悪いけど帰ってくれるかい。しばらく店はやらないよ」
現れたのは腰までかかる長さがる茶髪の妙齢の女性。どこか扇情的に思える首にかかるネックレスが輝いて見える。
「客じゃないんだ。ここに遡及明美という女性が働いてると聞いてきたんだが、それはあんたで間違いないか」
店のカウンター奥から出てきた女性の顔は、斗夢少年が描いた似顔絵の人物によく似ていた。あまり褒められた画力ではないと思っていたが上手く特徴を捉えれていた作品だったようだ。
「…………あんた何者だい?」
見るからに警戒している態度が見て取れた。知らない人物が自分の名前を知っているというだけでも怪しいと感じるものだろう。ましてやここは治安が著しく悪い奈落街だ。この状態で武器に手を伸ばしていないだけまだましと言える。
「これは失礼。俺は代行屋ナガレボシの紡木流星だ。ある人からあんたを探してほしいと頼まれてここにたどり着いたんだ」
「誰に頼まれたかしらないが、こんな私を態々さがすとは暇な奴もいたもんだね」
明美はおいてあった煙管を手に取るとそれに火をつけ一服しだした。味わうようにゆっくりと吸い吐き出す。その煙にはどこか甘い香りがした。
その様はとても絵になる立ち姿で、この店が人気で彼女が有名なのもよくわかる。
「早く見つかってこっちとしても助かったよ」
「用が済んだのならさっさと帰ってくれないかい。こっちもそれなりに忙しい身でね」
「そう言わないでくれよ。そうだ、一つ伝言を預かってたんだ」
明美は煙管をふかして一見寛いでいるように見えるが、その目からは警戒の色はまだ消えていない。そして帰ってほしいというのも正直な気持ちだった。
「『誕生日、そしてクリスマスのプレゼントありがとう』だってさ」
それを聞いて思わず明美はお気に入りの煙管を落としてしまった。
かつて空から落ちてきた来訪者によって人類は大いなる力を得た。しかしそれと同時にこの地球という星全体を危険な場所に作り替えてしまった。
人類はその脅威から逃れる為に壁を作り、兵器を作り続け、強者を求めている。この世界で生きて行くには絶対に力が必要なのだ。そうでないものはただただ淘汰されていく。力なき人は国家という力に頼らなければ生きていけない。だが国家に頼れない者はどうすればいい。ただ死を受け入れるのか、理不尽を享受するのか。そんなわけがない。
簡単に自分を諦められるわけがない。生きていくためならなんにだって縋り付いてみせるのが本能だ。
それがたとえ悪だったとしても。
落とした煙管を拾い上げ改めて火を灯し直す明美。そのまま少し歩くと机の備えられた席に付く。
「なんでよりにもよって今…………」
小さな声で忌々しく呟く。視線は流星を向いておらず肘を机について煙を吐き出す。
それを見て流星はなにか感じ取ったのか口を半開きにして軽く頷いた。
「そうだもう一つ。『最近身の周りに変わった事は無かった?』だってさ」
それを聞いた明美は一瞬にしてその眼光が鋭くなり、その目線を流星に向けた。
「ごめんごめん。気に障ったなら別に答えなくていいぜ。それじゃあこっちの用は済んだしこれでおさらばさしてもらうよ」
かぶっていた帽子を手で浮かし、軽く会釈して踵を返す流星。
入ってきたドアに向かおうとすると一人の男が入店してきた。白いスーツの下に派手なアロハシャツ。金製の趣味の悪いネックレスに肩まで髪がかかるセンター分け。この街には掃いて捨てるほどいる、まさにチンピラという言葉がよく似合う格好だった。
その男が突然壁を殴ると流星を睨みつけた。
「この街であんまりネズミが嗅ぎ回るなよ。突然人が消えていなくなったなんてのはこの街じゃよくある話なんだぜぇ?」
「プッ」
脅しとも取れる男の発言。しかしそれがあまりにも典型的すぎて流星は思わずで噴き出して笑ってしまう。
「てめえ喧嘩売ってんのか」
「いやいや。お前が三下感丸出しなのが悪いんだろ。古典の中から飛び出してきたかと思ったぞ」
「このボケが……」
笑いをなんとか堪えようとしているが完全に馬鹿にしたようにしか見えない。というより実際に馬鹿にしている。どこの誰とも分からない相手にこんなことしているような奴はとてもではないが大物といえるものではない。
もしも流星が警察官だとしたらこの男は一発で逮捕される。逆に敵対組織の一員だったとしても無用な争いを呼ぶだけの間抜けだ。稚拙に過ぎる
だがその態度が気に食わない男は眉間に皺を寄せ額の血管を浮かび上がらせていく。
「この俺様を舐めてただで済むと思ってるのか」
「もうちょい捻りの効いた言葉はでないのか? 底が知れて哀れになってきたぞ」
挑発に怒り心頭の男は拳に力が入り一触即発となっていた。流星としては喧嘩を売られたから買ってやったに過ぎないのだがどうもこの男は煽りに弱いようだ。
「私の店で喧嘩をすんじゃないよ!」
「ちっ」
「おっと悪いね。今度は店が開いてるときにでも来るよ」
チンピラは固めた拳を解き、流星はそのまま外へと出て行った。
しかし男の横を通り過ぎる時に改めて流星はその顔を確かめて覚えておく。なぜまだ店も開いていないこんな昼間に訪ねてくるのか。明美との関係が少し気になった流星だった。
店を出てしばらく歩いたところで少し流星は振り返る。
「ユーピー、さっきの男は記録できたか?」
『アロハ男のこと? 一応覚えたけど』
「あの男の情報を洗っといてくれ」
『なにか気になることでもあった? 珍しくあんな分かりやすく喧嘩売ってたけど』
「あれは喧嘩を買ったというのが正しいんだけど。気になったというか悪い予感が当たったみたいだ。ほんと嫌になるぜ」
『流星の悪い予感はよく当たるからな。もしかして予知能力でも授かったんじゃない? 占い師に転職したら大儲け間違い無し!』
帽子を深く被り直すとため息を吐く流星。仕方なしに受けた人探しの依頼だったが、場所が場所なだけに直ぐ様解決するとは思ってはいなかった。
「思っていた以上にややこしそうだ。一旦出直す」
身体に力を入れ直して流星は、足早に奈落街の外へと足を進めた。