第二話 こちら代行屋【ナガレボシ】
第二話 こちら代行屋【ナガレボシ】
朝日が部屋に差し込み部屋に心地よい暖かさと明かりをもたらしていく。
『ピピ――』
目覚ましが朝一番の仕事を開始しようとした。だが働いた途端にその役目は強制的に終わらされてしまう。
「……おはよう」
シャツとパンツ一枚で寝ていた流星は気だるそうにベッドから身を起こす。
いい天気で爽やかな朝だが流星の顔は曇ったままだ。といってもこれは今日に限った話ではない。
「幸せはいつだって儚く散る運命か」
流星は目覚まし時計が嫌いだ。安眠という至福の時間を終了させるそれに腹立たしい気持ちをいつも感じている。寝ていられるなら昼過ぎまで寝ていたいところだが、仕事をしないと生活できないのが悲しいところ。
大きく息を吸いながら背を伸ばし、手をぐるりと回して息を吸う。その動作で世の憂いを飲み込んでそのまま放り出した流星は、近くに掛けてあったズボンに手を伸ばした。
一日の始まりは朝食からなんていう人もいるが流星は正にその通りと思っている。
自家製の食パンをトースターに入れ、フライパンで卵とベーコンを焼く。彩りにレタスと二切れのトマトを皿に添える。狐色に焼けたトーストにマーガリンを塗れば流星的には満点の朝食が出来上がる。
「いただきます」
手を合わせてトーストにかぶりつく。朝一から口福を味わえば一日頑張っていける気がしてくるのだ。
ちょっとした幸せを満喫していると携帯の着信音が部屋に響き出す。
「通話」
音声認識の携帯は流星の声に反応して起動する。
今流星は自宅兼事務所である家の応接間で飯を食っている。客用のソファや机。あと一応仕事用のデスクが一つある。そのデスクの上にあった携帯の近くに転がっていた金属で出来た球体が動き出した。
『おはよう流星。今日も元気カー?』
「まあまあだ」
球体からせり出した部分には目のように見える部分があり会話に合わせて点滅している。そしてその球体から声が響き朝の挨拶を繰り出した。
『いつも通りか。ならいいや。メール見たんだけどなんか頼みごとがあるらしいけド?』
「次の仕事が入ったからな。この人の情報が欲しい」
流星が指を動かすと携帯から立体映像が浮かび上がる。
『うわ。今時似顔絵? またアナログな手がかりダネ』
流星が出した画像には上手いとは言い難い女性の似顔絵が描かれていた。それは家出少年【七橋斗夢】が探している人物を彼自身が描いたものだ。
手掛かりは奈落街にいるという事とそれだけ。
「細かい資料は貼付してあるから読んどいてくれ。ただし探してることは気づかれないようになユーピー」
『あれ? 今度はヤバめの仕事?』
「今んとこその予定は無い。けどそんなことになる気はしている」
捜索場所こそ危険地域ではあるが内容自体は直接危険のある仕事ではない。なにせ人探しだ。しかし今までいろんな修羅場を潜ってきた経験が警鐘を鳴らしていた。
『いわゆる勘というやつカ。流星も代行屋が板についてきたんじゃない?』
「もうちょい威厳があったらこの仕事も引き受けないで済んだかもな」
昨日の事を思い出してついつい眉間にシワが寄る。
『ナニ? 嫌な仕事なのコレ?』
「人探しに五万。経費込みだ」
『安っ! なにそれなんなの? 弱みでも握られたの? まさかついに飲み屋のツケの取立てがここまで!』
人探しなんてのは簡単そうでなかなか骨の折れる仕事になる。時間も労力もそれ相応にかかり、それを経費込みで五万円となるとその十倍でも安いくらいだといえる。はっきり言って凄まじい赤字だ。
「そこまでツケは切羽詰ってねえよ。若さに負けたんだよ」
結局今気強く説得した家出少年の説得だったが、折れる気配がまったくなかった。その目には覚悟と決意の色さえ見て取れた。無理やり家に返すなんてのはあまりに格好悪いと悩んだ流星が出した折衷案。
それは流星が少年が探していた人物を代わりに探すと言うものだった。
『それで五万なの……』
「ただでは流石に受けられないが、少年の出せる金額はこれが限度だったんだ。なんとか一週間以内には収めたい」
『人探しで一週間か。ビミョウ!』
探すためのヒントが不足している状態で人探しをするのはまずは情報集めから始まる。それすらできないなら人海戦術となるが、所属が二人しかいないこの【代行屋ナガレボシ】にその方法は取れない。
下手をすれば一週間どころか一ヶ月以上かかる可能性すらあるのだ。
だが今回はいそうな場所だけは特定出来ていた。一週間以内に見つけることは出来なくはない。
「あの家出少年の両親からもらった報酬はかなり多かった。それをこの依頼料だと換算すればまだ足は出ない」
『でも期限が過ぎれば足元が見え出すのか。よその情報屋も使わない方針?』
「予算がないからな。だから頼りにしてるぞ相棒」
『頑張ってみるけどこれ外側の話なんでしょ? あっちの話はちょっとずつしかネットに上がらないからナァ。あんまり期待しすぎないでヨ』
ユーピーが腕らしき部分を球体から突き出して親指を立てて了承のポーズをとる。それと同時くらいに事務所のドアが音を立てて開かれる。
「流星くん! ブツが見つかったというのは本当か!」
天辺はハゲ上がり髪も長い髭も真っ白になった初老の男性がそこに立っていた。右の目に眼帯のようにルーペが取り付けられて、ピントを合わせようとしているのか細かく動いている。
『アラ教授』
「おはよう教授。そろそろ来ると思ってた」
「ユーピーも今日はこっちに来とったのか」
『余裕が出たんだから遊びに出てもいいダロ』
「確かに仕事は一段落したか。わしも久しぶりに帰宅出来たしの」
ソファに座って食べていた流星の正面に来るように教授と呼ばれた男性はソファに座り込んだ。
「いやいや一週間も前に連絡をくれていたのに遅くなってすまんね。仕事は降って湧いてくるわ、研究がはかどるわで仕事場に泊まり込んでしまったよ」
「そんなことだろうとは思ってましたよ」
教授と呼ばれた男は慣れた様子で向かい側のソファに座り、流星はさっき淹れたコーヒーを来客用のカップに注いで机に持ってきた。
「今度出来たのはなかなかすごいぞ。フェーダー構造といって長期的に力を貯めておける物質を作り上げたのだ。これが実用されれば衝撃をためて推進力に変えるなんて真似もできるのだぞ」
「……それ二か月前くらいから始めた研究じゃあ?」
「なんせワシ天才だからの!」
研究というのはまず時間がかかる。考えついても実用化する為にはどうやったって手間暇かかるものなのだが、どうにもこの男には常識が通用しないようだ。
「相変わらずで」
「おっと話が逸れたの。頼んでた物が見つかったと聞いたが」
「なかなか苦労しましたよコレ」
そう言って流星は立ち上がると仕事机の隣に置いてあった腰の高さぐらいある金庫まで歩いていく。その扉に手を触れて指紋を認証させるといくつかの数字を入力して扉を開ける。
「はい、ご依頼のPDM7200で間違いないかお確かめください」
取り出した手のひらサイズの機械の部品を机に置き、教授に確認を促す。
「おおお、コレよコレ。この小ささでありえない性能を誇るロマンしか詰まってない素敵パーツ」
「三年前に限定で千台しか発売されてない上に、愛好家が多くて譲ってくれる人が見つからなくて困りましたよ」
「小さなスーパーコンピューターと銘打って売り出しとったからな。サイズからすれば性能は破格のもの。しかしその代償として消費電力の高さと発熱量の多さから扱いにくさは最悪との評判。まず半端な知識をもっとるものでは扱いきれんじゃじゃ馬よ」
発売された当初はコンピューター界の革命とまで言われたのだが、そのピーキー過ぎる性能に手を持て余す人が続出した。なんせ発熱で周囲にある機械を壊し、必要電力は車を動かすエネルギーよりも多いときている。
なんとか動かすために冷却装置を設置すれば元のサイズの十倍以上のスペースを必要とし、小型である意味さえ無くしてしまう厄介さだったのだ。
「なんで今更そんなマニアックな品を?」
あまり仕事で内情を突っ込むのはよろしくないのだが、普段からの知り合いである教授の思惑が流星は気になってしまった。
「こいつの欠点を補う方法が見つかったからじゃ。前回わしが発明したものを覚えとるか?」
「えっと過電圧式なんたらかんたらでしたっけ」
「過電圧式発散装置じゃ。まあ簡単な話電気を流すと冷えるという装置だの」
「ああ、PDM7200の欠点を補えるのか」
「そうじゃ! これでワシの夢が一つ叶うわい」
夢という単語を聞いて少しだけ流星の顔が険しくなる。この教授と呼ばれる男は基本思いつきとその場の気分だけで生きているような人間だ。それでも世の人々に喜ばれるような発明を副産物として数多く残してはきている。
だが夢という明確な物に関しては今まで碌でもないものしか聞いたことがないのだ。
「…………ちなみにその夢とは?」
「人類、いや男性全ての夢。完全なるメイドロボの完成じゃ!」
「家事手伝いロボならもういるでしょ」
実際富裕層の間では家のなかの料理洗濯掃除をしてくれるロボットは存在している。趣味に走って人型で女性のような見た目をしているものだって少なくはない。
「あれはロボット。わしが作るのはガノイドじゃよ」
「え、メイドロボに?」
「メイドだからじゃろ」
「なるほど。浪漫ってやつですね」
ロボットとガノイドの差は人工知能の差にある。現在では自我を持った人工知能というのは存在している。しかしそれはとてつもない性能のコンピューターをもってやっと可能となったものだ。
人型程度の大きさに搭載されている例はいまだ無い。もしもそれが実現したとなれば世界初の快挙となるだろう。
メイドだが。
「流石よく分かっておるの。やはり拘りの重要性を理解している君に頼んでよかったよ」
「ただやるのと拘りを持ってやるじゃ雲泥の差ですからね。何より恰好良くない上に満足も出来ない」
「うむうむ。やはり話の分かる男じゃな君は。わしの周りは無駄無駄とすぐに効率に走りよってからに。ヒーロー業などまさに浪漫が重要だというのに嘆かわしい話じゃて」
「世の中そういう人も必要ですよ。適材適所ってやつでしょ。好事家は言ってもマイノリティーの部類だしね。自分自身でそうだと思えるならそれでオッケーでしょ」
誰もかれもが趣味嗜好を最優先にしているわけではない。ただそうやって生きている人もいるが理解されづらいのも世の常だ。
「それもそうじゃのう」
「じゃあこれ依頼料になるんで後で振り込んでくださいよ」
「ほっほー流石に結構しよるな。しかし夢の為なら金は惜しむまい。これでご主人様と呼びながら手伝ってくれる助手ができるわい」
パーツと請求書を懐に入れると、教授は意気揚々と事務所を後にしていく。長い間仕事で忙しかったと言っていたはずなのにその顔と体からは熱気がほとばしっていた。
「どうだ? 生みの親の性癖を見た気分は」
いつもお喋りで会話に無理やりでも割り込んで参加するユーピーが静かだったので、教授が退室したところで話をふった。
『言葉も無いねとはこのことか。でもボクは言う。趣味も大概しとけヨ!』
「あの人はほぼ全てが趣味だよ」
自分の創造主がいつも通り全力全開で突き進む姿にツッコミを入れる。だがそれをあまり本人には言えない。なにせその趣味によってユーピー自身も生み出されたのだから。
「さて、コーヒーでも入れるか」
『ボクも飲んで一息いれる……ってロボットだから飲めナーイ! ガッデム!」
苛立ちという感情を処理しきれずにゴロゴロ転がりのたうち回るユーピー。それを放置して一仕事終えた流星は、次に備えて朝食の続きを取りだした。
久しぶりすぎてなろうの仕様を忘れる