第十四話 ヒーロータイム
第十三話 ヒーロータイム
紅虎組の正面門。その守りに付いていた組員達と襲撃してきた羅剛の戦闘サイボーグ達の攻防は、じりじりと紅虎組が押されだしていた。
応援に駆け付けた門鞍の手下と戦車によって十二体いたサイボーグの内四体を活動停止に出来たものの、紅虎組は半数を超える人員がすでに戦えなくなっていた。
その差は戦力というよりも生身と機械というところに出てきていた。
人間は傷をおって血を流せば十全に動けなくなる。だが全身を機械化しているサイボーグは違う。例え手が折れようと腹を裂かれようと脳と動力源さえ破壊されなければ問題なく動くことが出来る。
「胸と頭を狙え! 腕と足をもいだぐらいで安心してんじゃねえぞ!」
実際残っているサイボーグはどこかしらに傷を負っている。機体によっては右腕を失い。また別の機体は胸部分が砕けて内部の部品が見えてしまっている。
人間では死に至る重傷だが、機械化している彼らにしてみればこれでも軽傷に過ぎない。その状態で動き回り紅虎組の戦闘員に襲い掛かる。徐々に油の匂いと血の匂いが鉄火場を包んでいく。
十分にも満たない戦いで紅虎側が負った被害は甚大だ。それに比べていまだ勢いの陰りを見せないサイボーグ。それを前にして戦闘員達の間に不穏な空気が流れ出した。
「チッ。立て直す! 覚醒者は前に出ろ! 門鞍のとこの戦車に流れ弾もらうなよ!」
戦闘員を纏めていた男が声を張り上げ前に出た。このままでは負けるかもしれないと何人かが脳裏をよぎっているのを感じ取ったのだ。こういうものは数人でも出ると周りに伝播していってしまうものだ。もしもそれが二割を超えようものなら急速に広がり戦線は瓦解してしまう。
今まで何十回と修羅場を潜り抜けてきた経験から、ここで空気を変えないと一気に不利になると勘が働いたのだ。
しかし隊列が動き出したところで思いがけないことが起こる。今まで一塊で動いていたサイボーグが二手に分かれたのだ。そして片方は紅虎組、もう片方は四脚戦車へと向かっていく。
「よく見てるなクソがっ!」
紅虎組にとっての生命線は四脚戦車だ。現に今現在倒せたサイボーグへ大打撃を与えたのは戦車の主砲だ。サイボーグを戦闘員で引きつけつつも戦車を守る為に動いてもいた。だがサイボーグは逆に戦闘員を半分で抑え、残りで戦車を仕留めるという選択をしたのだ。
紅虎組からすれば一番やってほしくない手を取られた。
「行かせるか!」
四脚戦車に向かおうとするサイボーグを無理やりでも止めるために男が飛び出す。今まで一対一ですら敵わなかったのに五体が集まっている場所に一人で立ち向かった。
倒せるなんて微塵も思っていない。ただ時間を少しでも稼げれば良しとしての突撃だ。
その結果が死だと見ている者もそして本人も確信してしまった。
「だらっしゃー!」
そしてそんな張り詰めた雰囲気をたった一撃で何者かが霧散させる。
その強靭さに苦戦していたサイボーグを文字通り粉砕することで。舞い散る機械の部品。衝撃により舞い上がった砂埃。その様子をあっけにとられて見てしまう紅虎組。
一瞬にして撃破してみせたそれを警戒して距離をあけるサイボーグ部隊。戦車に進んでいた者たちすら、その飛来物へと瞬時に向きを変えた。
すると空から来たそれの隣にもう一人別の誰かがそっと降り立つ。その場にいた誰もが固唾を飲んでそれに見入ってしまっていた。
突然の事に思考停止に陥ったところから最初に復帰した者が叫んだ。
「てめぇら何者だ!」
その乱入者にその場にいた全ての者達の視線が集められてた。
サイボーグが二手に分かれる所まで時を少し遡る。
羅剛と紅虎組の抗争にまさしく横合いから殴りつけた門鞍の部下達。高性能な武器を持ち、最新式の戦車を手を率いていた彼らはまさしく調子に乗っていた。
ここまでの修羅場を経験したことのないチンピラだらけの彼らだったが、自分たちの装備の性能がその未熟さを帳消しにした。
特にそれは四脚戦車の活躍に表れた。
当然だがチンピラの集まりに過ぎない門鞍一味の中に、戦車を操縦した経験のあるものなどいない。
しかし最新式だけあって戦車にはコンピューター制御による操縦アシスト機能が搭載されていた。レバーとペダルさえ踏めば自由に動きまわれるし、大砲の照準に至っては目標に視線を合わせるだけで後の調節は全てやってくれるという至れり尽くせりの仕様だ。
しかもその戦車によって紅虎組の者達ですら手を焼く、サイボーグを倒すに至っている。自分達が強くなったと錯覚しても無理からぬことだろう。
実際には戦闘員たちのサポートのおかげで安全圏から一方的に射撃できているし、当たりやすいように隙を作っているのもまた紅虎の者達だ。
「へへへ、イケるんじゃないかこれ」
「これで出世間違いなしだな」
戦車の乗り手が通信で会話を交わす。
実際には戦力差がじりじりと開いてきていたのだが、その様子を分かっておらずサイボーグという強敵を撃破出来たという成果に彼等は浮かれていた。
確かに戦車の主砲はサイボーグを破壊できる威力があり、四体の撃破も戦車のおかげと言っても過言ではない。
だがそれも紅虎組の戦闘員による足止めがあってこそだ。サイボーグがもし戦車に集中して向かってきていたならば三分と持たずに全滅していたであろう。
「そういや門鞍さんはまだか? 終わるまでに来とかないとまずいんじゃねえの?」
「もう来るだろ。だけどその前にもう少し倒しとこうぜそうすりゃ褒美が増えるかもしれねえ。最後の最後にいいとこだけ譲れば文句は言わないだろ」
「ちげえねえ…………ん?」
「どうした?」
「なんか急に操縦桿が重くなったぞ」
そして外を映していたパネルの映像が乱れ、車内を照らしていたライトも点滅しだした。
「……なんかお前の戦車の上になにか乗ってね?」
「上なんて見えねえよ。あれ? ちょっと待てっ!」
反応しなくなってしまったと操縦者はボタンを適当に操作してみる。しかしどれもこれも応答が無い。仕方なしに再起動を試みるがそれすらなにも起こらなかった。
だが動かなくなったはずの戦車が急に向きを変える。砲塔がまっすぐ味方の方に正対すると轟音を上げてすぐさま発砲してしまった。見事にそれは命中し戦車の一部が抉られたように失われ、それはスクラップへと変貌をとげる。
「何事――」
残ったもう一機の戦車もそのまま続けて砲撃されるとその顛末を見ていた門鞍一味は静まりかえってしまう。
ここへきて頼みの綱である戦車の喪失。裏切り、スパイ、故障。目の前の出来事を見て思考の中にどんどんネガティブなモノが浮かび上がっていく。
そんな中味方を撃破してしまった戦車のパイロットが中から放り出せれる。その目で周りの状況を確認すると、自分の乗っていた戦車の上部へと振り向いた。
そこには月夜に照らされた何者かがくつろいでいるかのように座っていた。
「てめぇ何者だ!」
混乱と怒り入り混じった声が戦場に響いた。
幹部会の開かれた部屋に三人の男が座っていた。
一人は紅虎組副長。もう一人は若頭。いわゆる組の右腕と左腕的存在だ。
そして上座にどしりと座るのは紅虎組組長『虎鉄吟慈』である。沈黙の中で待つその三人の元へ一人の組員が走り寄ってくる。
「報告致しやす。現在サイボーグの三割を撃破。しかし味方の戦闘員は半分が戦闘不能に追い込まれております」
やってきた組員は簡潔に状況を伝える。
「この高性能さといきなり本丸に突っ込む気性。やはり羅剛でしょうか?」
「だろうよ。兄弟分である刹利の縄張りを分捕っちまった俺らへのお礼参りのつもりか。間抜け働いて勢力を激減させたのは自業自得だろうに逆恨みもいいとこだ」
紅虎組の組員とて腕に覚えのある者は多数いる。無法の奈落街の半数を牛耳っているのは伊達では無い。しかもその全戦力が今日この場に集合している。
それをもってしても不利な盤面になるなど余程の相手だ。そんな戦力を持つブラックガードで刹利と関係を持つといえば裏に精通する彼等なら推測は容易だ。
「やはり俺が出なきゃ駄目か」
そういうと虎鉄組長は立ち上がり、座っていた後ろに飾ってあった人の丈ほどある巨大な刀を手にした。
「組長出るのですか。しかしもしもの事があったら……」
「バカ野郎! これ以上組員失って明日かどうやってこの街を仕切って行く気だ!」
組長を制止しようとした副長を怒鳴りつける。
「ここで徹底的に叩いて打ちのめさなきゃ羅剛は何回もちょっかいかけてくるぞ。その為にはこの俺が出て一掃するのが最適だろう」
「……ではあっしらも参ります」
「足引っ張ったらただじゃおかねえぞ。じゃあとっとと行って片付けるぞ!」
二人を伴った虎鉄組長は勢い良く中庭に続くふすまを開け放った。
そして警備すらいなくなったはずのそこには一人の男が立っていた。それを見た副長と若頭は構えをとった。
整えられた庭園の中、よく育てられた鯉の泳ぐ池の前に闇夜に浮かぶように男が立っていた。だがそれが視界に入った瞬間にそこにいた全員に寒気が背筋を襲っていた。
「てめぇ何者だ!」
不気味な男に若頭が声を張り上げた。
殺気と緊迫に包まれ、火薬と血の匂いが充満する戦いの場に疑問が投げかけられる。
「「俺らが誰かって?」」「私のことが知りたいの?」「この俺の名が欲しいか?」
何人もの敵意を受けながらそれぞれがそれぞれの言葉で答える。
「ヒーローナンバー566ジェットアッパー!」
「ヒーローナンバー567キックホッパー!」
「「只今、参上!」」
機械的な篭手をしたオレンジ色に白のラインが入ったメタリックなスーツを着た男と機械的な具足をした緑に黄色ラインが入ったメタリックなスーツを着た男。
周りを囲まれながらも空から現れた二人は決めポーズをとって堂々とした様子で宣言した。
「ヒーローナンバー421ヒルドライダー。狩りの時間の始まりよ」
体の輪郭がわかるようなピッチリとした銀色のライダースーツに身を包んだ妖艶な女性。戦車の上に座ったままの彼女は口の周りだけが出ているヘルメットをかぶっている。そこからは赤いルージュが塗られた魅惑的な唇が覗いていた。
「ヒーローナンバー113ムラマサブレード。存分に殺り合おうや」
上は狐色、下は藍色をした袴を来た男。着崩した部分からは胸元が見え、靴ではなく草履まで履いたそれは、和式の庭にいるのも相まって古代の侍が降臨したようだ。
さらに見えるだけでもその身に七本の刀を携えるという異様さも持ち合わせていた。
そして正義が悪を砕くヒーロータイムが始まった。
現場から門鞍の元に通信が入ってくる。その声には戸惑いと狂乱する周囲の声が入り混じって聞こえてくる。
「ヒーローだと。しかも上位が三人も……」
「おっとムラマサも来てるから正確には四人だ」
報告に驚いている門倉の発言に流星はすかさず訂正を入れる。
「てめぇが呼んだのか」
その言葉を聞いて門鞍が流星を睨み付けながら問いただす。
「そういうことになるな」
「そんなバカな! 上位ヒーローを四人も呼び出すなんぞデカ共でも難しい芸当だ。ただの代行屋風情が出来るもんじゃねえだろうが!」
実際に刹利を取り押さえしようとした時に警察からの要請で派遣されたのは、上級二人に中級一二人だった。
「たしかに唯の代行屋じゃ無理だろうな。じゃあ俺のもう一つの名前も教えとこうか」
流星はそう言うと帽子を脱いで懐から取り出した赤い仮面を顔に掛けた。
「ヒーローナンバー1444スレッド。以後よろしく」
礼儀正しく紳士のようにお辞儀をする流星。街灯に照らされたそれはまるでスポットライトが当たった舞台の役者のようだった。
わずかに驚いた様子の門鞍はすぐにしたり顔になる。
「なるほどなるほど、最初から英雄会の仕込みか。納得いったぜ。どうせ警察あたりに泣きつかれて動いたんだろう。ヒーローも国家権力の犬とはとんだ笑い話だぜ」
なぜヒーローが動いたのか。なぜ流星がここまで踏み込んできたのかを門鞍はそう解釈した。
「勝手に妄想して納得するなよ三下。俺は代行屋の仕事で来てヒーローを呼んだのはただのついでだ。警察に頼まれてもないし、ましてや英雄会の密偵でもねえよ」
「じゃあなんだってんだ! 上位ヒーローまで呼んでこの俺に真正面から楯突いてその女を狙う。脅されでもしたか? それとも目がくらむほどの大金を積まれたか? ありえねえ! その女にそこまでする価値があるものかよ」
「価値観は人それぞれ。少なくともこの世に一人、彼女にその身を賭ける価値があると思ってる奴がいたのさ。彼女が愛ゆえに今回の騒動を起こしたように、愛ゆえに危険を顧みず救いたいと思う者もいる。まあお前みたいな自分の息子を脅しに使うような屑には一生分からない話だな」
「――――てめえそこまで」
思わず門鞍は一歩引き下がる。
「坂野明美を脅してるネタが息子だってのは簡単に分かったよ。彼女にとって自分の命より大切なものといえば彼なんだと話してみて感じたからな。だがそれをお前がどうやって知ったのかが疑問だった。更になぜ一度は警察に保護されたのにそこから逃げてまで舞い戻ったのか。息子の安全も保証してくれと警察に言えば脅迫のネタは無くなるはずなのにな」
流星が語る真相を聞けば聞くほどにどんどん門鞍の表情は険しくなっていく。
「過去に遡って調べてみても彼女が母親だったという情報は何も出なかった。戸籍はもちろん写真一枚出てきてない。彼女自身も独身で子供を産んでいない周りに言っていることすらあった。彼女は意図的に息子の存在を隠していた。それでも息子がいると知っているのは出産に立ち会った医者、といってもこっちはご高齢ですでに他界してる。そして確実にそれを知っているもう一人。それは実の父親である門鞍庄司、お前だろ?」
一度眠っている明美の顔をチラリとみる流星。
「自分の息子さえ脅しに使うようなお前ならいつか息子に手を出すかもしれない。脅迫かそれとも誘拐か、なんにしても今幸せに暮らす少年の生活を壊すのは確実。そう思ったからこそ彼女は警察の保護を受けずに戻った。お前を亡き者にするために。さすがにこれはさっき羅剛が来たって情報が無ければたどり着けない答えだったよ。まさか自分もろともとはすげえ覚悟だ。母の愛は強しだな」
「じゃあ何か。お前はその愛とやらのためにここまでしたのか」
奈落街という危険地帯に単身飛び込み。裏賞金首にされてもブラックガードに正面から立ち向かい。さらに抗争のど真ん中にまで首を突っ込む。
端から見ればリスクに見合わなすぎる行為。もしくは危険そのものが好きな変人にしか思えない。
「仕事は最後までやり通すのが俺のポリシーだ。ヒーローを呼んだのは最高に気にいらねえクソ野郎にどでかい一発をぶち込みたかったからだ。自分の野望が目の前で砕かれるのはどんな気分だ門鞍庄司」
門鞍には救援を求める通信が響き続けている。その声はどんどんと恐怖を帯びたものに変化していた。それはもう紅虎組に勝機が無いと感じるには十分なものだった。
「ハハハハハハハ。よく分からねえ。分からねえがしてやられたってことは分かった。紅虎組は諦める。だがお前は殺す。明美も殺す。ついでにクソッタレな息子も殺す」
急に笑い出したと思ったらそこから一気に殺気をまき散らす門鞍。
「ここまで来るのにどれだけ注ぎ込んだと思ってやがる。それを愛だぁ? 気に入らないだ? ふざけやがって! てめえら無残に刻んで殺してやるよ。……そうだ。ついでにヒーローの首でも取れりゃ俺に箔が付くか。そうだよ。俺にはこの力がある。力さえ強ささえあればなんだって出来る、なんだってしていいんだよ」
怒りを露わにした門鞍はさらに一回り巨大化していく。感情が高ぶっているためか、全身の体毛が逆立ち揺らいでいた。
「俺は終わってなんてねえ。てめえらを殺して次へ行く!」
門鞍は爪を限界まで伸ばし、全身を躍動させて突進した。
「お前が強い?」
今まで見た中で最も速く襲い掛かってきたそれを流星は殴って迎撃してみせた。突っ込んだ勢いとカウンターで入った拳の勢いでもんどりうって門鞍は転がされていった。
「冗談じゃない。お前は力があるだけで強さなんて持ってねえよ三下が」
拳を突き出したままの流星。頬に走る痛みと思いもしなかった状況に、何が起こったのかわからずに混乱する門鞍。
身体能力に優れるバリアントが殴り倒されるという異様な光景がそこにあった。




