97、後始末
更新とても遅くなり申し訳ありません。
ルーチェのやりたかったこと、それは、二度とこの地に魔王などという得体のしれないモノを顕現させないようにすること。その為には、魔王が生まれ出た根源である錬金釜を消し去ること。
アルの弟子たちが魔大陸に渡る当日。
ダメだと言われてはいたが、四人はその場にいた。
決行日は目の前で決められたので、その日に合わせるのは容易だった。
魔王を倒した場所は、変わりなく魔素が濃く、瓦礫の山が形成されている。
崩れ去り見る影もない当時城だった物の上に立っていると、遠くの方に誰かが現れた気配がした。
四人は瓦礫の裏に姿を隠し、様子を伺う。
現れたのは、聖剣の持ち主ユキヒラともう一人だった。
しばらく様子を見ていると、次々と異邦人たちが転移の魔法陣によって現れた。
程なくして、元凶探索が始められた。バラバラに動く異邦人たち。
皆、元凶の錬金釜を、瓦礫を避け破壊しながら探していく。その姿を4人は歯噛みしながら見つめていた。
「あれだけ凶悪な気配がするのに気付かないのか? 情けない弟子どもだ」
「そう言うなよアル。異邦人ってのはスキルとかいうやつを体得しないとそういうのはわからねえらしいぜ」
禍々しい気配は未だ消えてはいなかった。
魔王自体の気配はなくとも、まだ根源が残っているのは感じる。
それを必死で探す異邦人たちを見守っていると、とうとうブレイブが何かを感じ取ったらしかった。
「見つけた、これだ。この紋章がどこかと繋がってる。くそ、見辛いな」
何らかの力を使っているようだった。
瓦礫の間に落ちている、城ごとの紋章のような物を見下ろしたブレイブは、険しい顔で何かを呟いていた。
隣で様子を見ていたサラが、あれは、と口を動かす。
「この国の、昔から使われてきた王家の紋章よ。あの紋章を胸に掲げた王が魔王となったのよ」
「あれが元凶……って訳ではないんでしょうけど。あの紋章、レリーフが女神のはずなのに気持ち悪いわ」
「エミリ、あの魔素に当てられないでね。私でもあれには触れることが出来ないわ。アルも、ルーも絶対に触れちゃだめよ」
サラの言葉に三人は一斉に頷いた。言われなくても、という心境である。
「触れた瞬間最強の魔王の爆誕ってことだろ」
アルが茶化して言うと、ルーチェは笑いながら「冗談になってねえよ」とアルの腕を肘で突いた。
何かに苦戦しているようで、ブレイブが顔を顰めて頭を振ると、その動きに合わせて首元のアクセサリーがちらりと見えた。
縦長の瞳孔をした蛇の眼球のような宝石のついたネックレスが、光を反射して光る。
それを見て、ルーチェは口元をクッと上げた。
もう自分には用なしだからと手放した力は、ブレイブの首でその力を存分に振るっているようだった。
「なるほどな」
釜の場所が分かった。少なくとも、ブレイブにはあの紋章付近がどう見えているのか、ルーチェにだけはわかった。
ルーチェは誰にともなく、そう呟いた。
次元の亀裂を見通す目の力と転移の魔法陣を組み合わせるのに苦戦しているアルの弟子たちに近付いていったルーチェを視線の隅に捉えて、一緒にいた三人を含む皆が一斉に息を飲んだ。皆が一斉に「なんで来てるんだよ!」という視線をルーチェに向け、思わず苦笑する。
「その力、いきなりは難しいか」
ブレイブに近付くルーチェに、他の隠れていた三人が諦めたようについていく。
ぞろぞろと出てきた魔王討伐メンバーたちに、揃っていた異邦人たちは呆れたような視線を向けた。
そんなことお構いなしに紋章に近付いたアルが「気持ち悪い」と一言呟くと、エミリも同意した。
問題の紋章に視線を落とすと、吸い込まれそうな、手を伸ばしそうな感覚になり、舌打ちしてその感覚を打ち消す。
同時に、腰に下げた『覇王の剣』が何かを察したかのように熱を持ち始めた。
「俺らが触れたらヤバいとは聞いてたが、本当にヤバそうだなこれは」
気味が悪い物を見るような眼つきで紋章を見下ろしたアルに、エミリが同意する。
二人が顔を顰めている間に、ルーチェは亀裂への転移のコツをブレイブとユイに伝授していた。
『次元の先』。
それが、件の魔王の大本がある場所だった。ルーチェにとっては行き慣れた、次元の狭間のダンジョン。
今回はついて行くわけにはいかないので、全て異邦人に任せるため、出来る限りの助言をすると、皆が真顔で頷いた。
アルは顔を顰めつつ、腰にある『覇王の剣』を片手で牽制している。
紋章を真っ二つにしたくて居ても立っても居られない、という感情が、アルに流れ込んでくる。
キンキンと『覇王の剣』から金属音が鳴り響き、それに共鳴するように、紋章が淡く光りはじめる。
「くそ、押さえるのがキツイぜ」
剣を押さえながら、アルが呟く。しかしその呟いた内容に反して、顔は獰猛に笑っていた。
紋章から溢れ出ていたモノは、アルの剣を欲し、手を伸ばす。剣はそれを振り払おうと反発する。
微動だにせず立っていたアルだったが、その腕は今までにないほど力が入っていた。
極上の餌に食いついたわね。
サラがいつもと同じ微笑でそう呟いた瞬間、紋章から、とてつもなく濃い魔素が溢れ、辺りに広がった。
黒い魔素が瓦礫を巻き込み、今までは単なる瓦礫だったものが壮大な音と共に大きくなっていく。
息を飲んで見守っていると、集まった瓦礫は一つに組み上がり、見上げるほどの石の人形が出来上がった。
「うわあ、ゴーレム!」
すげえ、と高橋とドレインの弾んだ声が聞こえた。
その嬉しそうな声は、状況をまるで覆すほどに楽し気で、その一言で皆が冷静さを取り戻していた。
ルーチェも声を出して笑いそうになりながら、アルの弟子たちに視線を向けた。
目を輝かせて小さな砦一つ分はありそうな瓦礫の魔物を見上げる異邦人たちに、毒気が抜かれる。いい意味で、肩の力が抜けた。




