96、『クエスト』を拾った者
「この度皆様が為そうとしていることを、皆様が直接為すのは正直悪手です。最悪と言ってもいいほどに。特にアルフォード様。今だあなたの剣技に勝てる異邦人はいないようですね。そうなりますと、あなたが闇に染まった瞬間異邦人ですら誰一人倒すことの出来ない魔王が誕生してしまいます。あなたの思考は闇に染まり、世界をとことんまで闇に染めることしか考えられなくなります。欲望の塊になります。もちろん、あなたの愛する者も見分けられなくなり、闇に飲まれて消滅してしまうでしょうね」
「だから尻拭いを異邦人に、か……。正直面白くはねえな。最近は誰かの手を借りてばかりだ。一人で立ってるとは言わねえが、あまりにも情けなさ過ぎる」
「その心意気に心からの敬意を。しかし、ここは甘えなければいけない場面です。ですので、この場はお引き下さると私としましてもとてもありがたいのです」
「一体その瞳にはどんな未来が見えてるのやら」
アルフォードがフンと鼻を鳴らしながらそう言うと、レガロは意味深に微笑んだ。
どの方が拾ってくださるのか。
そう呟いたレガロは、四人が見てる前で宙に魔法陣魔法とは違う何かを指で描いた。魔力が乗っているのか、文字は仄かに光っている。
レガロが文字を描き終えると、それはスッと宙に吸い込まれるように消えていった。
「魔王の成り立ちをわかっている者、そして、そのことを憂えている者が、今の『クエスト』を拾うことが出来るでしょう。私の見立てでは『デプスシーカー』が最有力かと思われます。彼は深淵を覗くだけの道筋を引き寄せる力を持っていますので」
「『デプスシーカー』か。そういえば、サラが魔王討伐の時に『デプスシーカー』と『エッジラック』は鍵だとか言ってたよな」
カップを空にしながら、ルーチェが呟く。
その二人と聖剣、そして覇王の剣。それがカギだと。
「俺はてっきり『聖剣』で止めを刺さないといけないのかと思ったんだが、あの『聖剣』は持ち主を選んでたからあいつが止めを刺すはずだったんじゃねえか?」
アルフォードの言葉に、サラは首を横に振った。
「あの時は『覇王の剣』の怒りが凄かったの。止めを刺させないとそれこそ覇王の剣が魔に堕ちるくらいに。だから元凶である釜も、釜の使い手も本当に嫌いなのよ。でも、覇王の剣を使える者は、釜に気に入られる傾向にあるのよね。すごくジレンマを感じてるみたい。私のことをすごく威嚇してるわ。もう釜は手放したっていうのに」
「そういうことなら、この剣は『デプスシーカー』に返さねえとな」
「あそこも危ないと思うわ。何せ現役の子がいるから」
「でも片割れが向こうにいるみたいなんだよな。それを取り返せってうるさくてよ。俺の持ち物じゃねえってのに」
「両方アルが買い取っちゃえばいいのよ」
いきなり会話に加わったエミリが、こともなげにそんなことを言う。
スッと注ぎ足されたお茶に目を細め、レガロに礼を言うと、エミリはチラリとアルフォードの腰に下がっている覇王の剣に視線を向けた。
「その剣、そこがいいって言ってるじゃない。アルは『覇王』たりうる人物だって」
「俺は偉くなるつもりはないんだがな……」
「でもジャスミンとの子を作ることにしたんでしょ。そうしたら王家の正当な王位継承者になるじゃない。そういうしがらみがあるからこそ今まで作らなかったんでしょ。でも、アルが王様になるのは私大歓迎だけど。冒険者ギルドをご贔屓にね」
「エミリ、茶化すな。俺はただ、二人の間に形ある愛を残したかっただけだ。我が子を、最愛のジャスミンと俺の血がしっかりとまじりあった我が子が欲しいっていう単なる俺の我が儘だから、くれぐれもあの宰相のおっさんに変なこと言うなよ」
アルフォードが舌打ちとともにそう吐き捨てると、エミリは肩を竦めてわかってるわよ、と笑って一気にカップを呷った。
「じゃあ、やることもなくなったし、解散するか」
ルーチェはそう言うと席から立ち上がろうとした。
店に来てから、結構な時間が経っている。
意味もなく居座ったことを詫びると、レガロは「いいえ」と首を振った。
「意味はありましたよ。早速先程散らした『クエスト』を拾った者たちがいます」
「……早くねえか?」
「こういうのは早い者勝ちなので、皆敏感なのですよ。ここに顔を出しますが、皆様もここで偶然居合わせますか?」
どんな偶然だよ、とルーチェが笑うと、レガロはこういうこともまれにあるものです、とよくわからない返答を返してきた。
「待っている間に教えてくれ、サラ。サラはあの水晶の中で何を見て来たんだ?」
「色々よ。初代の勇者と呼ばれる人が魔王を倒した瞬間から、代々の勇者のこと、そして、歯車、光の道、面白くてついフラフラと遊び歩いちゃったわ」
「サラ……」
だからちょっとは裏のことも分かったのよ、と屈託なく言うサラに、皆が脱力した。
しかし冗談のように軽く言っている内容は、とても笑えるものではなく、サラなりに状況を何とか改善しようと奮闘していたことがうかがえる。皆と同じように。
「『エッジラック』と『デプスシーカー』が鍵だと言ったのは、彼らがいることで歯車が回り出し、勢いを増したからそう思ったのよ。彼らが出会わなかったときは、せっかく寄り集まった歯車がほとんど回らなかったの。単なる部品の寄せ集めでしかなかったのよ。そして二人に繋がる人物が、その歯車のほとんどを作り出していた、私が見たのはただそれだけなんだけど、でもとても重要だというのはわかったわ」
「でも、『エッジラック』であるヴィデロはグランデ王国の人族だろ。どうして魔王の所に来て無事だったんだ」
「彼は光の道を通って、異邦人たちの住む世界に向かったのよ。彼の母親がそうであったように」
「そんなことありうるのか?」
「私に同じことをやれ、って言われても、絶対に出来ないわ。何せあの光の道が作れないし、異邦人たちの世界に繋がりがないもの。でも、彼らはあった。それだけ。他の誰も同じことは出来ないとだけ」
「異邦人になった……そんなことが出来るなんてな」
アルフォードがホッと息を吐いた。
普通だったら即座に魔物と化すあの濃い瘴気の中、彼は普通に行動して、特に狂うことはなかった。
それは、サラの言葉を肯定していることに他ならない。
「あいつは、一度壁向こうに一緒に出たことがあるんだが、魔力はそこまで高くなかったのか、30分ほどで大分辛そうだったんだ。それが、魔大陸で平気っていうのがどうも俺の中で違和感しかないんだ……異邦人になったってのは、まさにそういうことなんだな」
アルフォードの言葉に皆それぞれが考え込むような表情を浮かべていると、コンコン、とドアが叩かれる音が響いた。
「おや、早速来たみたいですね」
レガロがにこやかに入り口に向かって行く。
商品棚の裏側にあるテーブルで、四人が入り口に注視していると、入ってきたのは良く見知った顔だった。
「いらっしゃいませ」
「店主さんども。なんかクエストでここに来いってなってたから来てみました」
「ちょっと高橋その言い方」
「ほんとのことじゃん」
明るい声が響き、聞き慣れた声とその顔に、四人が同時に苦笑する。
「ようこそいらっしゃいました、『高橋と愉快な仲間たち』と『白金の獅子』の皆様、そして、マック君とヴィデロ君」
レガロのクエストを拾ったのは、魔王討伐に同行した馴染みの異邦人達という、ある意味納得の顔ぶれだった。




