94 、愛すべき我が家へ
いつの間にか、後ろにいたはずの仲間たちの気配は消えていた。
黒い瓦礫の中には、4人だけが残っていた。
既に何もない単なる城跡。
それでもそこに複雑な想いだけは残っていて。
セイジは改めて横に立つ愛しい女性に視線を向けた。
サラリ、と長い薄色の髪が風に舞う。
セイジの視線に気付いたサラが目を細めて口元を綻ばせる。
その表情が、その仕草が、全てがこの手に戻って来たのだと、セイジは腕を伸ばした。
サラの細い身体を掻き抱く。
自身の口から嗚咽が漏れるのがわかったけれど、止めることは出来なかった。
「サラ……サラ」
「ルーチェ。迎えに来てくれて、ありがとう」
「遅くなった」
「全然遅くないわよ。だってルーチェ、全然見た目変わってないもの。アルだけはおじさんになっちゃったけどね」
抱きしめるセイジ、いや、ルーチェの背中に手を回し、サラが苦笑する。
こうやって人前でこの人が泣くのは、いつでもサラに何かあった時だけだった。
あやすように背中を叩こうとした手を直前で止めたサラは、ふふっと声を上げて笑うと、自身も負けじと背中に回す腕に力を込めた。
込み上げるのは、沢山の後悔と愛しさと。
どちらからともなく、二人は唇を重ね……。
グランデ王国、ディエテ辺境街のアルフォードの家に四人が戻ってくると、そこにはアルフォード最愛のジャスミン王女が待っていた。
「おかえりなさい、皆様。ご無事のおかえりをとても嬉しく思います」
「ジャスミン。ただいま。待たせたな」
アルフォードがジャスミンの前に足を進め、抱きしめ、抱き上げる。
ジャスミンも嬉しそうに笑顔を見せて、アルフォードに腕を回した。
髪を指で梳き、頬やボロボロの鎧の汚れに指を這わせ、自身の顔が汚れるのも厭わずに、アルフォードの頬に自身の頬を摺り寄せる。
「……よく、ご無事で……」
「頼れる仲間が沢山いたからな」
「ふふ……弟子、ではなくて、仲間、ですのね」
「ああ。仲間、だな」
アルフォードの言葉に、本当に嬉しそうに微笑んだジャスミンの目から、一粒の雫が零れ落ちる。アルフォードはそれを仲間たちから隠すように、三人に目を向けると、自身の館の中に入っていった。
トレ街に三人が戻ってくると、エミリは色々とやることがあるから、と一度冒険者ギルドに抜けていった。
ルーチェとサラはそれを見送り、とある場所に足を向けた。
昔は良く二人で遊んだ、我が家。
トレ街表通りにある、雑貨屋。
今は両親が隠居し、何の因果かエミリの息子クラッシュが切り盛りする家に、街並みを堪能しながら並んで向かう。
大通りは、街の人たちや異邦人たちで賑わっている。
活気のある街は、皆が旅立つ前は見ることの出来なかった光景だった。
どちらともなく指が触れ、しっかりとお互いの手を包み込む。
ずっと、夢見ていた。
もう一度、サラと共にこうやって街を歩くことを。
何度諦めようと思ったかわからない。けれど、諦めきれず、あがき、そして、ここまで来た。
ぐ、とサラの熱を感じる手に力を込める。
握り返してくれるその力強さが、胸に響く。
声もなく足を進める二人の間には、確かな繋がりがあった。
「変わってないわ」
トレ街の雑貨屋の建物を見上げて、サラは目を輝かせた。
「そうだな。クラッシュが変わらないよう尽力してくれてるんだ」
「ふふ」
ルーチェがドアノブに手を掛ける。
このドアを開けて店に飛び込んでは両親に怒られていた。拳骨されては涙目になったルーチェを、サラは笑いながら見ていた。父親が様々な書物を仕入れてくるのを確認しては、こっそり二人で読んでいた。中には異国の文字の本もあり、二人で解読しようと頭を悩ませた。二人でトレの森に入って、様々な素材を手に入れた。魔物に襲われ血まみれになって帰ったルーチェの頭を、父親は厳しい顔つきのままそっと撫で、よくサラちゃんを護った、と呟き、その言葉にとても誇らしくなったのは、どれほど前か。
ドアを開けると、とてもいい香りが店の方まで漂ってくる。
カウンターには、一人の男性が厳しい顔をして座っており、ドアベルの音で顔を上げた。
その目が、見開かれる。
口が開かれ、そして、ゆっくりと閉じ、見開かれた目が、細くなる。
「……おかえり、ルーチェ、サラちゃん」
何かを言いたげだったその人、ルーチェの父親は、深く息を吐いた後、ただ一言、そう言った。
店の奥では、クラッシュとルーチェの母親がテーブルに沢山の料理を用意して二人の帰りを待っていた。
母親はサラの顔を見るなり相好を崩し、涙とともにサラを抱擁した。
「おかえりなさい、サラちゃん」
「ただいま、おばさま。お元気そうで何より」
「あなたも。とても、とても悪い噂が流れたのよ。でもね、あの人が大丈夫だって。きっとサラちゃんはルーチェと共にここに帰って来るからって。本当だったわね」
「おじさまが嘘をつくはずないじゃない。私、一度もおじさまに嘘をつかれたことはないわ。心配かけてごめんなさい」
「いいの、いいのよ。こうして元気そうな顔を見れたんだもの」
サラを腕から解放すると、母は今までにない笑顔を浮かべて、目元の涙を拭った。
そして、二人の格好を見て、呆れた様な顔をした。
「二人とも、まずはお風呂に入ってらっしゃい」
そう言って二人の背中をぐいぐい押し、「一緒になんて入れるわけねえじゃねえか!」とルーチェを大いに慌てさせたのだった。
「本当に皆、真っ黒になって帰って来るんだから」
ドアの向こうに消えていった二人を見て、そう呟いた母親に、クラッシュは声を上げて笑い、「あなたもよ、クラッシュ」と窘められた。
エミリも合流し、六人で囲んだ食卓は、いつになく賑やかだった。
今までは疲れた顔か、伏し目がちの笑顔しか見せたことのなかったルーチェも、今までにないほどの穏やかな表情を浮かべ、いつもどこかしら張りつめていたエミリの気配も、安堵のそれにかわっている。
それは全て、ルーチェの隣に座るサラの存在があるからだった。
そんな皆の様子を見て、クラッシュは嬉しくなって口角を上げた。
こんな風に穏やかに、この家で食卓を囲めるなんて、夢のようだった。
だからこそ、口を開いた。
「セイジさん、いえ、ルーチェさんがサラさんを連れて戻って来たってことは、ようやくこの店を」
「継がねえよ」
クラッシュの言葉を遮るように、ルーチェが口を開く。
少しだけ身を乗り出し、正面に座ったクラッシュの頭を撫でると、ルーチェはニヤリと笑った。
「この店はもうクラッシュのもんだろ。親父たちも隠居したんだしよ。俺らは……そうだな、エミリの所に登録でもして、魔物でも倒して生計を立てるか、サラ」
な、とサラに視線を向けたルーチェの目に、呆れた様な表情のエミリと、驚いた顔のサラが飛び込んでくる。
「ルーチェ、それは、もしかしてプロポーズのつもり? 最悪に雰囲気つくるの下手すぎよ……」
エミリの言葉に、今度はルーチェが目を見開いた。
「え、いや、そんなつもり……っ!」
自分の言葉を反芻し、口を手で隠し、カッと赤くなるルーチェに、サラがたまらずに声を立てて笑った。
「エミリ、ルーチェはそういうのすっごく苦手だって知ってるでしょ。しかも今のは無意識よ」
「ああ……そうね。知ってたわ」
「そういうところもいいんだけれどね。ルーチェ」
真っ赤な顔を手で覆っているルーチェをサラが覗き込む。
「今度こそ、ずっと一緒にいてくれるんでしょ」
「……」
「ねえ、嫌なの? ルーチェ」
「……んなわけ」
ねえだろ、という声は、誰にも聞こえないほど小さくて、業を煮やした父親にルーチェは「シャキッとせんか!」と十数年ぶりの拳骨を貰うのだった。




