92、逆転
ここまで追い詰めたのに、とセイジは歯噛みした。
このままだと、以前の二の舞だ。
最後の最後で苦渋を舐めた16年前の再現だ。
身体の中で浄化の魔法が暴れているのか、手を止めた魔王はかなり苦し気にしている。今がチャンスなのに、と動かない身体を叱責していると、どこからともなく詠唱の声が聞こえてきた。
「我は求む」
その声に何かを感じたのか、魔王が動き始める。
セイジは奥歯を噛みしめながら、足に力を入れた。
立ち上がり、詠唱をしているユキヒラとマックを守るべく、指を動かす。残り少ない魔力が魔法陣に持って行かれるが、気にしていられなかった
「この世を慈しみ、愛し、護り抜いた者を」
ここで二人を守れなかったら終わりだ。
そんな思考が頭を巡る。
それは皆が思ったことらしく、皆、ボロボロの姿のまま、折れかけた剣を片手に魔王の行く手を阻んでいく。
「この剣、胸、心、すべての力を持ちて、復活のエールを叫ぼう」
魔王自体もだいぶ弱っていたのか、『エッジラック』と『デプスシーカー』の防御陣を突破することが出来ないでいる。
エミリも少し回復したのか、剣を手に険しい顔つきで走ってくる。アルも肩から盛大に血を流しながらも、剣を振るう。光のネットを展開して魔王の足止めをしようとしたサラの魔力も、もうすぐ枯渇しそうなのが、ネットの展開範囲の狭さでわかる。
それでも、皆に阻まれ。
咆哮を上げながらの攻撃も、詠唱する二人には届かない。
『融和聖杯』
その声と共に、二人から光が発生した。
その光はまるで、身を焼くほどの熱量に溢れ、熱く、そして、圧倒的だった。
それは、聖魔法の最上位に位置する回復魔法だった。教皇一人の魔力では足りずに、同じような魔力の聖魔導士数名をもってして初めて発動できると言われている幻の魔法だった。
魔法を唱えた者たちが命を削る代わりに、周りにいる者たちすべてを癒す奇跡の光。
それを二人の異邦人が唱えていた。
その光はとても強い圧となり、身体にぐいぐいと入り込んできた。
内面から熱くなり、何かに包まれ抱擁されているような気分になる。
今まで感じていた様々な身体の苦痛が一瞬にして消え去っていく。まるで、光の炎が身体の中にある悪い物を全て焼き尽くすかのように。
フッと光が消えると、今までの苦しさが嘘のように消えていた。
身体が軽く、ほぼなくなりかけていた魔力も溢れんばかりになっていた。
見る影もなかったローブも、新品同様になっており、セイジは信じられない物を見る様に、最上級聖魔法を唱えた二人に視線を向けた。
言い伝え通り、二人は頽れる様にその場に膝をついた。
「やべえ!」
慌ててセイジが回復の魔法陣を飛ばすのと同時に、先ほど光となって消えていったはずのドレインが光属性の回復魔法を二人に飛ばしていた。
死に戻りというものをして復活した者たちをクラッシュが連れて来たようだった。
「え、何、何なのこの状況」
戸惑いながらも二人に回復魔法を飛ばすドレインの咄嗟の機転に感心しながら、セイジはこれが好機とばかりに魔王に向かって攻撃の魔法陣を描いた。
光が消えると、回復した仲間たちとは反対に、魔王は衰弱しているように見えた。
感じていた威圧感が薄れ、動きも遅くなっている。
ダメージ自体は受けていないらしい。近くで「HPが減るわけじゃないんだ」という異邦人の呟きを聞いたセイジは、改めて魔王を見た。
魔力をたんまり使った魔法陣を描きつつ、覇気のなくなった魔王を観察する。
先程までアルの攻撃にびくともしなかった魔王は、今は剣を止めるので精いっぱいの様に見える。そして、他の前衛たちの攻撃に反撃することもできていないようだった。
視線をその先に向けると、高橋たちによってユキヒラは既に立ち上がっており、聖剣を構えていた。もう一人の聖魔法使いであるマックに視線を移すと、そちらもヴィデロとクラッシュの手ですでに立ち上がっている。
ここが正念場、とばかりに、皆で魔王に総攻撃を開始した。
魔王の状態が悪いからと気を抜くと、また前の二の舞になりかねない。
アルもエミリも周りに発破をかけながらも攻撃の手を止めることはなかった。
弱っているとはいえ、今まで戦った中で最強の魔王は、それでもなかなか倒れはしなかった。
爪を振るい、視界に映るアルフォードを切り刻まんとする。後ろや横からくる剣はその身体自体で跳ね返している。
それでも、異邦人の顔つきがだんだんと笑みに変わっていくことから、きっとダメージは大分入っているんだろうということはわかる。
時折息つくように肩を揺らす魔王に休む隙を与えまいと、アルが剣で畳みかけていくと、ガキィイン! という金属音が辺りに響いた。
アルの手にあった剣先が宙に舞う。
魔の者を狩らんと呪詛の彫り込まれていた剣は、半分になっていた。当たり所が悪かったのかなんなのか。武器すらをも癒したあの光の恩恵を、その殘魔剣も受けていたはずなのに。
アルは手元を見ると、舌打ちして柄を手放した。予備として持っていた剣を即座に抜き、また構える。
すると、「勇者!」という呼び声と共に、ヴィルの手から『覇王の剣』がアルの所に飛んできた。
アルは咄嗟にそれを受け止めると、ヴィルに向かってニヤリと笑った。
手の中にある『覇王の剣』は、武者震いの様に震えていた。
中に込められた何かが、アルの心を駆り立てる。
『アイツヲ消ス』
『消滅サセル』
『スグニ、一分一秒タリトモ我慢デキナイ!』
『私ノ力ヲ見ロ! 侮ルナ!』
響くような声ともいえない声が、身体の中に反響する。
そこから感じられるのは、怒り、そして憤り。
鞘から剣を抜くと、痺れるような魔力が剣から吹き出した。
「お前もあいつが憎いのか。同じだな。俺もだ。一緒に倒そうぜ」
魔王から目を離さず、アルが呟く。
それに応えるように、『覇王の剣』は一層強く輝いた。




