91、絶体絶命
次に狙われたのは魔導士たちだった。
魔王が目の前に現れた瞬間エミリが間に立ちふさがり、剣で攻撃を止める。途端に魔王から発生した魔法が至近距離でエミリに集中した。
まともに魔法攻撃を食らってしまったエミリは、そのまま地面に落ちて行き、咄嗟にクラッシュが受け止めた時には気絶していた。そのままクラッシュが攻撃範囲外の森にエミリを横たえ、怒りのこもった視線を魔王に向ける。
剣を構え、そのまま飛び出し、力負けして弾かれる。立ち上がってもう一度。しかし、もともとギリギリの強さでついてきたクラッシュには、今の強化された魔王は相手にならなかった。
「くそ、ここまで来たのに……!」
攻撃が全く通じず、それどころか近寄っても足手まといにしかならない自分にほぞを噛むクラッシュは、目の前で大剣を折られて飛ばされた高橋が目に入り、更に厳しい顔つきになった。
当たり所が悪かったのか、高橋は起き上がることもなく、地面に倒れている。魔王は無力化した者には目もくれず、執拗に魔導士たちに攻撃を加えようと剣を構えた。
サラとユイが立つ位置と魔王の間に咄嗟にアルが介入し、剣で攻撃を受け止める。その間に二人の魔導士からは攻撃魔法が絶えず魔王に注がれるが、そこまで効いているようには見えなかった。
魔王が剣を振る間にその身体から魔法が飛ぶ。アルの身体に当たっては魔法陣がパリンと砕ける音がし、その都度また魔法陣がアルの身を包んで守る。それが絶えず繰り返されるため、セイジはアルにかかりきりだった。
「ここまで来たのに! どうしてあと少しがこんなに難しいんだよ……!」
魔王の死角から剣を振り上げたユキヒラが、魔法と同時に攻撃を仕掛けるも、魔法は効いたが剣ごと身体を払われ地面を滑って瓦礫に激突する。
立ち上がり様に叫んだ言葉が、皆の心を代弁していた。
宙から瓶を取り出し、手早く飲み干し、またも魔法を繰り出すユキヒラの更に後方で、マックが聖魔法をひたすら飛ばす。
アルとの切り合いの最中、魔王はフッと姿を消した。
アルが視線を動かすと、魔王はブレイブの前にいた。
弓を構えたブレイブの腕を捕まえると、逃げられないブレイブの身体を爪で切り裂いていく。
「ブレイブ!」
海里が叫び声と共にブレイブを掴んだままの魔王の腕を切り落とし、その勢いのまま双剣を翻す。
瞬時にその攻撃に反応した魔王は、自身の爪で剣を防ぎながらも、もう片手の爪で海里の身体をも切り裂いていく。
倒れ込みながらもその身にブレイブを庇う海里にさらに攻撃を加えようとしたところで、アルが間に身体を滑り込ませた。
その隙にマックが転移の魔法陣魔法で二人の前に移動し、本来のジョブである薬師らしく手に持った回復薬を豪快にかけた。目に見えて傷は消えていくも、全快にはほど遠い二人の状態は、決して状況が良くなったとは言えなかった。
マックが回復するのを目にした魔王がアルの攻撃をかいくぐり、マックの背後に迫ると、今度はヴィデロがその攻撃をはねのけた。
魔王が魔法を放つも、ヴィデロの鎧が吸収してしまう。身に纏う黒い鎧は闇属性であり、闇属性の魔法を吸収してしまうようだった。魔法が効かないとわかると、魔王は全ての爪をヴィデロに向けた。しかし海里に切り落とされた片腕は、実体化しなかった時とは違い、その身体に戻ることはなく、地に落ちたままだった。片手のみでヴィデロと対峙する魔王に、横からアルが剣を振るう。
ガンツと月都も手持ちのアイテムで回復したのか、迅速な動きで参戦してきた。
ヴィルとクラッシュも背後から魔王の身体に剣を突き刺し、すぐ後にガンツの槍が魔王の身体を貫通する。
皆のガードにより、マックは次々アイテムで戦闘不能状態の者たちを回復させて回った。
隙を見せるとマックに狙いが定まるのを危惧したヴィデロがマックを守護し、皆を回復させる。
それでも、聖魔法を使う暇のなくなったマックはそこまで魔王の脅威になるわけではなかったのか、ユキヒラが攻撃に参加した瞬間そちらに目を向けた。
片腕でも魔王の攻撃はなお速く、アルとの激闘の合間にも周りの者たちが傷ついていく。回復役は既におらず、唯一の回復役と言ってもいいマックが転移魔法陣を駆使してハイパーポーションを片手に回復して回る。聖魔法で回復するよりは回復量が段違いに上だが、移動にタイムラグが発生する為か、あまり魔王の攻撃スピードに対応できているとは言えなかった。マックもそのことにジレンマを感じたらしく、聖短剣を手に取り、聖魔法を唱えようと構えた。
瞬間、魔王がマックの前に瞬間移動する。
それは偶然か何なのか、マックの手にした聖短剣が魔王の身体に吸い込まれていった。おおよそ物を切るような造りをしていない刃が蔦で覆われた聖短剣は、切れ味抜群の剣の如く、魔王の身体に突き立てられる。
「……っ、その気高き聖なる神気で……っ、この、禍なる気を包みこみ給え……っ『円状鎮魂歌』!」
マックの口から浄化の詠唱が零れ落ちる。マックが詠唱を唱えると同時にマックの身体に魔王の爪が突き刺さり、マックのローブの背中から黒い爪が見えた。
聖短剣は持ち主の言葉に応えるように光り輝き、その光は魔王の身体の中で膨れ上がり、爆発した。しかし、その光が外に漏れることはなかった。
『オオォォォォォォォォォォォォ……ッ!』
魔王の口から咆哮が迸り、その闇の身体から発せられた衝撃に、間近にいたマック含めた前衛たちが四方に弾かれる。
さらに奇声を上げ、身体から闇の魔素を立ち上らせた魔王に、すぐに立ち直った前衛が攻める。高橋も気絶の状態異常から回復し、手に新しい大剣を持って攻撃に参加した。
「身体の中で浄化魔法唱えるとか、非常識だろ……!」
ユキヒラが聖剣に魔力の光を纏わせながら、小声で叫ぶ。その言葉で、皆は魔王に何が起こったのか理解した。
ユキヒラの目には先程まではまだ3分の1までしか減っていなかったが今は半分程度まで減っている最後のHPバーが映っていた。
浄化魔法を身体の中に受けた魔王の動きは、先程よりもやや遅くなっている。
この隙に、とヴィルはクラッシュに死に戻った者たちを迎えに行くように声をかける。クラッシュは頷き、すぐにその姿を消した。
ユキヒラもまたその隙に勝機を見出し、魔法の詠唱をする。
剣に魔法を纏わせ、聖属性を纏った聖剣で身体を切り裂き、そこに無理やり浄化魔法をねじ込むべく、更に詠唱を重ねる。
しかしそれは魔王に見破られ、魔王から発生した魔弾が全てユキヒラに集中した。
物凄い破壊音と共に、鎧の肩当てを砕かれたユキヒラが地面に倒れ伏す。
「やべえ! ユキヒラ!」
高橋の叫びと同時に、セイジの手から魔法陣が飛んだ。
倒れ伏したユキヒラの身体にセイジの魔法陣が纏わり、光となって消えようとしていたユキヒラの身体をその場に縛り付ける。
咄嗟に消えようとしていた聖騎士ユキヒラに蘇生の魔法陣を飛ばしたセイジは、ホッとすると同時にくらりと眩暈を起こす身体に舌打ちした。
度重なる魔法陣の乱発、そして回復する間もほぼなく、多すぎるほどに増えた己の魔力は、最上級と言えどもマジックハイパーポーション一本位ではいくらも回復したとは言えない。
咄嗟に魔力回復のアイテムを飲んだけれど、眩暈が抑えられただけで、とても魔力が回復したと言える状態ではなかった。
ゆらゆらと蜃気楼の様なものが魔王の身体から立ち上がっているように見える。
それは闇の魔力であり、とても濃いと言われる魔大陸の魔力をさらに凝縮したような圧倒的な圧力だった。
皆その魔力に飲まれて足が動かないようだった。
辛うじて身動きが取れたアルが剣を振り下ろそうとしたその時、魔王の身体がぶれた。
セイジの目にすら捉えられない動きで、魔王は次々と個々に攻撃を入れていった。その攻撃をもろに受けてしまったセイジは、力の抜ける膝で、その身体を支えることが出来なくなった。
魔王が姿を現した時、立っていることが出来たのは、大きなひびの入った二本目の大剣を手にした高橋と、覇王の盾でガードしたヴィル、そして、まだ防御の魔法陣の効果が残っていたサラのみだった。




