9、砂漠都市
セイジの足元で魔法陣が光り、瓦礫がさらに細かく砕かれていく。
それを数度繰り返し、身を屈めて手で瓦礫の破片を払った。
「ああ、やっぱりか……」
身を起こしたセイジは、手に黄色のオーブを持っていた。
それを手に、二人に近づいていく。
「手伝いありがとな。俺金がないから、報酬とか、これで勘弁してくれねえ?」
そう言って、手に持ったイエローオーブを二人に差し出した。
その行動に二人は目を見開いた。
「え、嘘これ伝説級の宝玉でしょ?! なんで、こんなもの貰えないよ!」
「あたしたちすっごくレベルも上がったし、それだけでセイジ様様なのに!」
慌てて手を振って体全体で遠慮する二人に表情を緩めながら、セイジはほらよ、とオーブを投げた。
オーブは基本どんな攻撃をもってしても割れることはない。剣を叩きつけても割れないことは自身がすでに確認している。
落ちたくらいじゃびくともしないそれを慌てて受け取る二人に、セイジは少しだけ声を出して笑った。
「う、わ。中にアースクエイクが入ってる……」
オーブを見下ろし、瑠璃が呟く。その声に、ニーナが「すごい!」と声を上げた。
アースクエイクとは土魔法の上位に当たる魔法だった。
「あ、でも私この魔法覚えられないんだよね……」
「あたしはMP足りなくて覚えても唱えられない」
だから返すよ……としょんぼりしながらオーブを差し出す瑠璃に、セイジは「待てよ」と声を掛けた。
「オーブで魔法を覚えるなら、ちゃんと使えるようになるから物は試しで覚えてみろよ」
セイジにそう言われて、瑠璃は半信半疑でオーブを手に持った。
視線を動かし、瑠璃の口が形を紡いだ瞬間、オーブから光が発した。
瑠璃の目が驚きに見開かれる。
「やだ、MP消費量少ない……使えるってこと? ニーナ! ニーナも覚えなよ! まだ『1/2』って書いてあるからニーナも覚えられるよ!」
大興奮の瑠璃にイエローオーブを渡されて、ニーナも恐る恐るオーブを手にした。
瑠璃と同じように視線を動かし、言葉にならない言葉を紡ぐ。すると、もう一度オーブは光を発した。
そして、役目を果たしたとばかりに、光となって宙に消えていく。
それを見送った後、ニーナはもう一度宙を見据えた。そして目を見開いて、口元を緩めた。
「あ、ほんとだ。私全属性とったから上級魔法までは覚えられなかったはずなのに……」
「ただし威力はその分落ちるから気を付けろよ」
目を輝かせて喜んでいる二人に、セイジが苦笑しながら忠告する。
ぶんぶん音がするくらいにうなずく二人に、セイジは「それと」と視線を合わせた。
「瑠璃は剣の腕を伸ばせよ。エルフは弓だなんて誰が決めたんだ。剣のほうが合ってると俺は思う。そしてニーナ、あの詠唱はちょっと戦闘中はつらいな。これからさらに強いのと戦うんなら、詠唱なしで魔法唱えろよ」
「剣……」
「詠唱なしって……」
喜び一転、眉尻を下げてしまった二人は、視線を足元に向けた。
ゴーレムと壁の瓦礫が混ざり合って部屋中に積み重なり、瑠璃の足元でカラ……と音を立てる。
「腕力がちょっとネックなのよね。でも、うん、剣にする」
「私も無詠唱のスキルなんて持ってなくて、って嘘! スキル取得欄に『無詠唱』が出てる! これであの恥ずかしい詠唱唱えなくて済むんだ……」
ニーナがそう叫びながら手をせわしなく動かす。
恥ずかしい詠唱のところでついつい吹き出してしまったセイジは、クックッと肩を震わせながら、二人に手を差し出した。
「まあとりあえず、こんな埃っぽいところにずっといるのもなんだし、砂漠都市にでも行くか」
二人が腕に捕まったのを確認すると、セイジは魔法陣を描き始めた。
一瞬の浮遊感のあと、三人は日の光を一身に浴びていた。
三人が出てきたところは、砂漠都市チンクェ。オアシスを中心に栄えている、砂漠の丁度中心にある都市だ。中央には宮殿が立ち、そこでは砂漠都市を治める貴族が暮らし、城下では水路に沿ってカラフルな建物が建ち並んでいる。
人々の肌は黒く、痛いほどに肌を焼く太陽の陽に負けないようになっている。
もともとの人口はそれほど多くはなかったが、砂漠を越える人々は必ずと言っていいほどこの都市を中継点とするため、活気がある大きな都市である。
周りを城壁で囲み、砂漠に出没する魔物が都市に入れないよう常に気を配っている。
そして砂漠の西のほうに、砂地から一転、岩場になっているところがあり、そこには天然のダンジョンがそびえ立っていたため、腕に自信のある冒険者も、冒険者ギルドに登録した異邦人も数多くこの都市を目指している。
三人の横には、砂漠都市の城壁がそびえたち、後ろには広大な砂漠が広がっている。
あたりには人はいない。
時間はまだ早朝のせいか、人の姿も全くなかった。
「わあ、一晩中ダンジョンの中にいたんだねえ」
「朝陽が眩しい」
う~んと伸びをする二人を促し、城壁沿いを進む。
砂漠都市は夜間も誰でも出入りできるようになっているため、門はいつでも開いていた。
そうでもしないと夜間に魔物に追われて逃げてきた者を助けることが出来ないからだ。しかし、門番は常に常駐し、怪しいとみなされた者には声を掛けていた。
「いつもお疲れさん」
「お、セイジもこの時間か。砂漠の真ん中で美しい女性二人とどこにしけこんでたんだ」
門番にセイジが気軽に声を掛け、門番も軽口を返す。
美しい女性、という言葉に後ろの二人は嬉しそうに声を上げた。
「わかってんだろ」
「そうか。砂漠にもあったのか。シークレットダンジョン。じゃあ後ろの女性たちは見た目に反してかなり腕の立つ女性なんだな」
「ああ、だから手を出すなよ。てめえなんか即消されるからな」
「ははは、わかった心しよう。美しいお嬢さん方、ようこそ、砂漠都市チンクェへ! 美しい方は大歓迎です!」
二人に向かって両手を広げる門番に、セイジが苦笑しつつおいこら、と突っ込む。
「美しい犯罪者まで歓迎するんじゃねえぞ門番」
「俺がそんなへまをするとでも思ってるのか?」
「しかねないから言ってるんだよ」
そしておもむろに後ろを振り返り、セイジは門番を指さしながら、二人に声を掛けた。
「こいつは手が早いあぶねえ奴だから、近づくんじゃねえぞ」
「セイジ! なんてことを言うんだ! そんなんじゃないからな! 俺は誠実な男で!」
慌てて否定する門番に笑いながら、セイジが足を踏み出す。
その後を付いていこうとした二人に、門番が「そうだ」と声を掛けた。
「セイジはいつも金欠なんだ。もし余裕があるならでいいから、一緒にダンジョンに潜ったのなら、飯でも奢ってやってくれないか。でも金欠だとかを周りに声高らかに言うとあいつへそ曲げるから、内緒で、自然に頼むよ」
「ハイ! わかりました!」
ウインクしながら口元に手を当ててそんなことを言った門番に、二人はとてもいい返事をして、先にずんずん進んでしまったセイジの背中を追った。
ニーナと瑠璃に、早朝から開いている朝市で飯を奢ってもらって腹を満たしたセイジは、二人と別れ、冒険者ギルドに向かった。
先ほどのダンジョンで手に入れた戦利品を少しだけ換金するためだ。
セイジは、いつでも先に進めるギリギリのラインで換金し、残りの物はすべてクラッシュにお土産と称して持って帰り、毎回テーブルの上に素材の山を作ってはクラッシュに怒られている。
怒られた後に呆れられるのが一連の流れだ。
換金した金で宿屋に向かい、部屋を取り、鍵を貰う。
鍵を片手に少し飲もうかと、セイジは宿屋の食堂へ向かった。
宿屋の食堂は朝早くからギルドに向かう異邦人や、これから職場へ向かう砂漠都市の住人でちらほらと席が埋まっていた。
これから寝に入る奴なんていなんだろうな、などと思いながら、人の間を縫って店の中を進む。
「親父-エールくれー」
開いているテーブルに座り、厨房のほうに向かって声を掛けると、中から「自分で取りに来い」と返事が来た。
ちっと舌打ちし、座ったばかりの椅子から腰を上げる。
その際忙しく立ち働く店員にぶつかりそうになり、「すいません!」と勢いよく謝られ、仕方ねえなと溜め息を吐いた。
「ほらよ」
料理を出すカウンターに、店主自らが注いだエールをどんと出してきたので、セイジは礼を言いつつ席に戻る。
席を動かず宙を睨みつけていたり、何もないところで指を動かしているのは、異邦人だ。
特に声を掛けるでもないのに、店員が足を止める間もなくそのテーブルに料理を運んでいく。
「異邦人ねえ……」
異邦人が来てから、魔物にもたらされる脅威は激減したとエミリが言っていた。
しかし、異邦人は基本的にこの世界の住人を格下の者を見る目で見ているのが多いのはセイジ自身が身を持って知っていた。
エミリが前に「NPCは黙ってろとか何様なのよ腹立つわね」とぼやいていたのも、聞いたことがある。エミリを怒らすとか、とんだ怖いもの知らずもいたものである。
それでも、強いと言われる異邦人でも、アレの強さに匹敵する者をセイジはいまだ見たことがなかった。
まだ、アレを倒せる奴はいない。
何せあいつでも無理だったのだから。
ふと感傷的になり、これではだめだとセイジは頭を振る。
そしてエールを一息に煽った。
これから外に出るものが多くなる中、セイジは反対に部屋に向かった。
扉にそっと魔法陣を描き、誰も部屋に入れないようにすると、ベッドにダイブする。
「一体いつになったらあいつを取り戻せるんだろうなぁ……」
ため息とともに吐き出し、セイジはそのまま目を瞑った。