89、真の姿
魔王への攻撃は順調、というのはおかしいかもしれないが、順調に体力を削っていった。
クラッシュ、ヴィル、ヴィデロの参戦により、先程よりも余裕があるくらいだった。
マックやユキヒラの聖魔法もなかなかに魔王を苦しめており、このままいけば犠牲を出すことなく、目の前のこの魔物を消すこともできるかもしれない。
セイジはそんな希望的観測を振り払い、魔力がギリギリになるまで魔法陣を描いてはまた回復するという行為を繰り返した。
メインは皆の防御力増強。これはクラッシュも時折出しているが、効果はかなり低い。魔法陣の文字に無駄が多いから効果が出にくい、というのが今ならわかる。
マックは魔法陣はほぼ使わず、聖魔法一択で攻撃などをしている。
ユキヒラはとにかく聖剣で刻みながら魔法を併用しており、魔王に目をつけられている。回復もままならないのではないか、と踏んでいる。
マックが持ち出した錬金アイテムの『起爆剤』が聖魔法に反応して魔王を包み込む。魔王の悲鳴が聞こえたと思うと、今度はサラとユイが並んで恐ろしい魔法を使う。三属性の魔法が起爆剤により魔王の周りで荒れ狂ったときは、攻撃の手を止めて回復に勤しんだ。
「もっと魔法を追加したら相乗効果にならないかしら」
「さっきの氷と炎は上手くいったので、今度は水と雷とかできませんか?」
「ユイちゃん、それいいわね」
「おいおいおい、暴走しそうだからやめとけよ」
サラとユイの会話を聞いたセイジは、笑いだしたくなるのを堪えて二人にちらりと視線を向けた。
未だ『起爆剤』の効果は消えず、魔法嵐の中で魔王が声を出している。
サラにマジックハイパーポーションを渡したセイジは、今のうちにと魔法陣を描いた。全員対象の防御力上昇のものを。次いで、魔法防御力上昇、更に、攻撃力上昇。流石に魔力が減ったと自覚したセイジは、しっかりと魔力を回復した。
魔法嵐が収まった瞬間、どことなく疲労しているような魔王に皆が一斉に剣を向けた。
魔王の反撃の手は心なしか弱く、皆の攻撃はすんなり通る。
これを勝機と、皆次々と魔王に剣を振り下ろした。
パタリと魔王の反撃が止み、魔王が天を見上げる。
威圧の込められた咆哮が放たれた瞬間、またしてもヴィルがその威圧を打ち消した。
反動が来ている魔王に皆が剣で攻撃を加えようと前に出る。
すると、周りの空気が重くなった気がした。
手を出せずにただ剣を受けていた魔王が両手を開く。
『オォォォオオォォォォオオオオオアア‼』
魔王の声と共に、その重くなったものが一斉に魔王の身体に纏わりついていった。
息苦しさに、攻撃の手が止まる。
恐ろしい風の音と共に、黒い魔素が魔王の身体を包み、それは姿を変えていく。
ゆらりゆらりと実感のなかった身体は、黒い闇の鎧に包まれ、その手にあった剣は長くて鋭い爪と化し。
セイジたちの前に、16年前に対峙した姿の魔王が現れた。
「とうとうお出ましか。遅くねえか」
アルが剣を構え直しながら軽口を叩く。
先程までとはまるで雰囲気の違う魔王に、連れて来た異邦人たちは少し呑まれているようだった。
今までその場を動かなかった魔王が、一歩を踏み出す。
次の瞬間、その大きな体躯からは考えられないほどのスピードで、月都の前に現れた。
咄嗟に月都が剣でその爪を弾く。しかし、月都の顔は驚愕に彩られていた。
「魔王って動くのかよ……!」
「これが本当の姿、だ!」
切りかかりながら返して来る勇者の言葉に、皆が息を呑む。
即座にそれに続いたヴィデロの後に、異邦人たちも次々実体を持った魔王に切りかかっていった。
今までとは違うその手ごたえと、動き。
勇者、エミリ、そして剣を構えた異邦人たちが一斉に攻撃を開始してもその長い爪で軽々といなし、反撃すらしてくる。その力も、先ほどまでとは段違いの重さと硬さをしており、打ち負ける者も出てきた。
そこへ魔法攻撃が飛んでくる。反撃が来るかと思うと、魔王は先ほどまでの無尽蔵な魔法攻撃は出してこなかった。
「実体化したら脳筋になったのかよ!」
大剣を弾かれ、高橋が悪態を吐く。
途中途中大きな物理防御低下の魔法陣魔法を魔王に飛ばしてなお、魔王の鎧は硬かった。
引っ切り無しに金属音が響く。魔法が跳ぶたび爆音が上がる。
思った以上の苦戦に、セイジの口から舌打ちが洩れた。
それでも、あの時の戦いよりはまだまだ余裕があった。
回復用アイテムもまだ、ある。
セイジはマジックハイパーポーションを二本一気に飲み干すと、またも皆へのサポートのため魔法陣を描き始めた。
この身体の能力が向上したおかげで、魔王に対して弱体化の魔法陣が効くのは思わぬ誤算だった。
魔力は魔法陣をたった一回描いただけでひたすら減るけれど、それでもないよりは全然マシだった。少なくとも、16年前よりはアルもエミリも魔王の体力を削れているように見える。
魔力を回復するためのアイテムも、効能がとても上がっている。有り余るほどの魔力は、どれだけアイテムを摂取しても回復したようには思えなかったから、今持っている物が極上の物だというのはとてもありがたい。しかもそれを製作した薬師マックは、無条件で皆に大量の回復薬を渡してくれた。魔王戦だからと。備えあれば憂いなしだと。
そのマックは、短剣の形をした聖剣を片手に、聖魔法をひたすら連発するというまるで薬師とはかけ離れた戦闘をしている。
そのマックが短剣を魔王に向けて、聖魔法を放った。
その聖魔法は魔王を中心に半円の白い光となり、すうっと引いていった。
その光に、魔王はピタリと動きを止めた。口からは呻きの様な声が聞こえてくる。
「あれ、HP全然減ってねえんだけど今の魔法」
「ほんとだな。何をしたんだ」
「あれじゃね? 浄化とか」
「ああ……弱体化狙ったのか」
痙攣とも震えともとれる魔王の動きに、異邦人たちが頷き合う。
浄化、とセイジが眉を寄せると、ヴィルが「よし、弱点見えた!」と声を出した。
さすがに魔王ごと浄化を行うとは思っていなかったセイジは、ここに来る前に村でも簡単に浄化を行っていたマックに少しだけ苦笑した。
実は浄化というものはかなり高度な聖魔法に分類されている。
魔法陣魔法でもマックの威力の浄化になると、第5円を描いたとしてもできない。属性が定まらないからこそできないものだった。魔法陣魔法にもやはり良しあしがあり、幅広くあらゆることを出来る反面、その属性に特化した魔法には全く敵わなかった。闇そのものと言っても過言ではない魔王には、魔法陣魔法の聖属性攻撃は、ほぼ効かないに等しいほどに威力がない。古代魔道語を駆使して威力を上げることは出来ても、魔王に大ダメージを与えるほどの属性魔法を使うとなると、莫大な魔力と気力と精神力が必要となってくるし、先ほど第5円の魔法陣魔法を使って分かったが、制御すること自体がほぼ無理に等しい。
それが、魔法陣魔法が攻撃よりもサポートに特化しているとされる所以である。




