84、舐めた真似をしてくれる
少しずつ少しずつ、異邦人が言うには、魔王の体力は削られているらしい。
「そのHPバーとかいうやつが見えるようになる魔法陣魔法はねえのかよルーチェ!」
剣に聖属性を纏わせながら戦うアルの叫びに、セイジは苦笑した。
脳内で即座に魔法陣に描く言葉を構築していく。しかし、そもそもHPバーというものがどういうものなのかを知らないセイジには、その状況を作り出すことは出来なかった。
「知識は貯めとくべきだな……アル、無理」
「諦めるの早いな!」
「あるいは、王宮の魔道具技師ならそんな眼鏡も簡単に作れるかもしれねえけどな。何せ異邦人すら入れない防御壁を作っちまうくらいだ」
「ほう……エミリ、今度頼んでみてくれ」
「ちょっとあなたたち真面目にやってくれない?」
魔王と剣を交えながらの雑談に、エミリが呆れた視線を向ける。
でも、とその後すぐ目を輝かせた。
「あとで試しに頼んでみるわね」
特大魔法を魔王に放ちながらのその言葉に、セイジとアルは声を出して笑った。
16年前に決死の覚悟で魔王と対峙した時とは違う、肩の力が抜けたような雰囲気は、決して悪い物じゃない、とセイジは思う。
思考に余裕があると、周りを見るのが容易になる。油断に繋がるから必ずしも良いとは言えないが、硬くなるよりはよほどいい。
サラの身体を取り戻し、周りには頼れる仲間がいてこその余裕は、セイジの魔法陣魔法を冴えわたらせていた。
セイジの指が魔法陣を描く。
防御力低下の魔法陣は、しっかりと魔王の身体に刻み付いた。
皆のステータスも、セイジのサポートでかなり上がっている。
アルの動きなど、全盛期を越えた今の方が格段に上がっている。
高橋が大剣を片手で繰り、月都と共に魔王の身体に叩きつける。ガンツが雷を纏った槍を突き刺すと、魔王の身体に大きな穴が開く。
何度切ってもまたすぐ身体が戻るのは、流石は闇の塊か。しかし、身体を繋げる際に体力は消耗するらしく、異邦人たちが「今の攻撃結構削れた!」と大騒ぎをする。
ドレインが魔王の剣で傷ついた前衛にすぐさま回復魔法を飛ばし、ユーリナが属性弓を打ち出す。ユイが魔力枯渇の兆しもなくエミリ顔負けの魔法を連打し、ユキヒラが聖魔法と聖剣を駆使し、複数攻撃を同時に行う。
常に魔王が注意を向けているのは聖剣で、それを繰るユキヒラ。ユキヒラの動きに合わせて魔王の攻撃が集中するので、他の者が攻撃を当てるのは容易かった。
しかし、ここまでくるような腕の立つ者たちは、少々面白くなかったりする。
「くそ舐められてるよな」
「全くだな」
攻撃スキルを繰り出しながら、高橋とガンツは半眼になった。
「っつうかお前ら、そんなこと言ってねえで今のうちにガンガン行けよ! 何のために俺が囮になってると思ってんだよ!」
魔王の繰る10本の剣のうち5本ほどを引き受けているユキヒラの悲鳴に、文句を言っていた二人が声を出して笑う。
ユキヒラを追って魔王が向きを変えるので、皆には常に魔王の背中が見えるよう、ユキヒラは必死で場所を移動していた。
「確かに、見向きもされないのは業腹だな」
「いや、楽でいいんじゃねえの? 俺らを甘く見たことを後悔させりゃいいんだよ」
「二人の意見に賛成ね」
俺らを甘く見るなよ、と呟いたセイジは、いままでにないほど複雑な魔法陣を描いた。
「束縛」「拘束」「捕縛」「拿捕」「固定」動きを制限する言葉を第五円に並べていく。「魔力減少」「攻撃減少」「防御低下」「魔防低下」第4円にステータス低下の言葉を並べていく。第三円、第二円と、言葉を並べて、セイジは歯を食いしばった。ケインすら恐ろしいと言っていた第五円の魔法陣魔法を制御すべく、セイジは魔王の背中に集中する。
身体の中の魔力がぐいぐい減っているのがわかる。
一文字描くごとに指が重くなる。かといって、ここでやめたら、大量に込められた魔力が指を止めた瞬間暴走することはわかっている。
なるほど制御不能。妙に冴えた頭の一角が、ケインの言っていた言葉を理解した。第四円まではいつもと変わりなかった。しかし、円が一つ増えただけで、言葉は増え、制御する内容も増える。
『魔力最大値火炎槍発動』
第一円にその文字を描き切ったセイジは、両手で押し出すように大きな魔法陣を魔王に向かって飛ばした。
魔王に魔法陣が触れた瞬間、何もなかった濁った宙から、大きな炎の槍が現れ、魔王の頭上から突き刺さった。
ドォォォォォォン!
地が揺れ、衝撃が前衛を吹き飛ばす。
『グアアオオォォオォォォォォオ‼』
魔王の口から咆哮が迸り、魔王の身体がその巨大な炎の槍で地面に固定される。身動きが取れず、10本の剣も今だけは飾りとなった。
通常、ボス級魔物になると、魔法陣魔法であってもデバフ効果は付きにくい。ましてや、魔王に対しての拘束となると、ほぼ不可能に近い。はずだった。
しかし魔王は今現在、攻撃すらできずにただ地面にくし刺しになっている。
はぁ、とセイジの口から息が洩れ、膝から頽れる。
ほぼ全ての魔力が今の魔法陣一つで持って行かれていた。
さすがに制御不能とまで言われた魔法陣魔法だ、とセイジは重い身体を何とか膝で支えた。
マックから受け取っていたマジックハイパーポーションを緩慢な動作で飲むと、身体の隅々まで浸透するような錯覚に陥る。
「うああ、怠い。でもって魔力やべえ……。こういった魔法陣魔法はさすがに何度もはあんまり使いたくはねえな……無防備になる」
「すげえよセイジ! 今の攻撃かなり効いてる! つうか今がチャンスじゃね!?」
高橋の称賛の声に苦笑しながらもう一本取り出して一気飲みすると、ようやくセイジは人心地ついたような気がした。
魔王が動けない今が好機と、皆が次々攻撃していく。
16年前は動きを止めることもできなかった。魔王の攻撃を防ぐだけで精いっぱいだった。こんな風に次々攻撃なんて夢のまた夢だった。いつでもギリギリ、何とか踏ん張って、しかし最後まで押し通すことは出来なかった。
だからこそ、一番手痛い犠牲を払った。
今はリベンジの時間だ。
セイジはただ何も出来ずにひたすら攻撃を受けている魔王を見ながら、目を細めた。
魔王を突き刺していた槍が消えると、魔王の目が今度こそセイジの方に向けられた。
まるで先程の拘束に怒り狂ったように、全ての攻撃をセイジに向けてくる魔王に、セイジは防御魔法陣を展開しながら口角を上げた。
「ようやく俺も認識されたってことか。舐めてくれるじゃねえか」
繰り出される黒い剣は、全てセイジの手にした剣によって弾かれる。飛び出してくる闇魔法は、魔法陣魔法で相殺する。
その間に割り込んだアルが、魔王の身体を真っ二つにぶった切りながら、口元を持ち上げた。
「やっぱりお前も業腹だったんだろう」
「んなことねえよ」
セイジの代わりに魔王の剣を受けながら、アルが楽し気に口を開く。それに苦笑しつつ返したセイジは、ふと後ろに気配を感じて振り返った。
森の間から、何者かが木々の間を抜けて近付いてくる。
注意力散漫になるのはよくないとわかってはいた。わかっていたが、セイジは視線を外すことが出来なかった。
「サラ」
セイジの視線の先に、海里に抱かれてしっかりとその腕を首に回す、サラの姿があった。




