82、いざ、魔大陸へ
こまごまとした段取りを決めていく。
異邦人たちの提案により、魔王のいる廃墟の一つ手前の村に一度行きたいとのことだったので向かうと。
異邦人たちは、素早く村を魔物が入れない魔道具で覆い、浄化し、通常の空間を作ってしまった。
手際の良さに、セイジが苦笑する。
魔物が入れないようにする魔道具は、王宮魔導具技師の特製で、グランデの各町や村を守護している魔道具を小さく改良したものだった。その魔道具は決して個人が扱うような代物ではないはず、とエミリに視線を向けると、「持つべきものは友人よね」といい笑顔を返してきた。それを村に設置すると、今度はマックが錬金術で作ったというアイテムを海里とブレイブが計算されたような配置で満遍なく村中にセットしていく。クラッシュとエミリも慣れた手つきで手伝っている。
設置する様を見ていると、今度はマックが中央で眩暈のするような最高位の聖魔法を唱え始めた。
マックの手に握られた聖短剣が詠唱と共にまばゆい光を放ち、その光が村中に広がっていく。
光が収まると、魔大陸特有の重苦しい空気は澄んだものに変わっており、セイジは思わず「おいおい、普通はこんなに簡単に浄化されねえよ……」と呆れた。
ルミエールダガールーチェと名付けられた聖短剣は、実はとても有用なレアアイテムだったらしい。本人曰く、「この剣を持っていれば聖魔法が使える」んだそうだ。高位の聖魔法まであんなに簡単に使えることに、本人は当たり前のことと思っているのか、何の疑問も持たないようだった。ありえねえよ、とセイジは小さな声で突っ込んでいた。
村の教会で、いくつかの点を確認し、アイテム類の交換をする。有用な物はその効果を最大限に使える者へ。クラッシュが魔大陸支店で売り出しているアイテム類も、皆に配られた。
村へ寄ったのは、異邦人が死に戻りしても、この村の教会で生き返るためらしかった。
「死に戻りか。便利なのか不便なのか」
「でも今は蘇生薬があるから、死に戻る前に復活できるけどな」
教会の中で休む異邦人たちは、戦いの中で命を落とすことを、何とも思っていないようだった。
でも確かに、魔物に殺された瞬間光となって消え、街に戻ると平気な顔をして立っているような異邦人たちは、殺されることを死ぬことだとは思っていないようだった。それが強みであり、弱みである、とセイジは魔王と戦おうとしているはずなのにとても楽し気な異邦人たちを見て思った。
信頼している者を連れて来た。でも、その死に対する気安さから、ピンチに陥らないだろうか。常に付きまとう不安は、異邦人を心から信頼できていない証に他ならない。
『高橋と愉快な仲間たち』『白金の獅子』は、何度も一緒にシークレットダンジョンに入ったことがあり、信頼が出来る人柄なのは知っているし、何よりアルが育ててきた奴らだ。『聖騎士』も、昨日今日の付き合いとはいえ、王宮の中枢まで足を踏み入れられるほどのグランデに住む者の信頼は勝ち得ている。瓦解した教会が新教皇を起てた時に教皇を後ろから支えたのはそこに居る『聖騎士』だというのはエミリから聞いた。マックもサラの錬金釜を正式に継承しており、クラッシュからの信頼も厚い。何より、薬師としての腕はグランデ一と言っても過言ではない。信頼できる者たちが集まっている。
きっと決戦を前にして一番ナイーブになっているのは自分だな、とセイジは苦笑した。
「しっかりしろ、俺」
小さく呟いて、セイジは顔を上げた。
村に散らばったやつら全員に聞こえる様に大きな声で「行くぞ」と声をかけると、すぐに皆が集まって来た。
全員が自身に触れているのを確認して、セイジは魔法陣を描いた。
一瞬にして目の前に水晶が現れる。
アルは目を細めて、エミリは目に涙を溜めて、水晶を見上げた。
表情の変わらないサラが、皆を迎えていた。
「ようやく迎えに来たぜ、サラ」
「悪いな、遅くなって」
「待たせたわね、サラ」
三人で並んでサラを見上げると、胸に色々な感情が渦巻いた。
もとはと言えば、自身が珍しい古書を読んだせいでここまで来ることになってしまったセイジ、いや、ルーチェとサラ。でも、その本を読んでいなかったら、アルとエミリの二人だけの旅になっていたはずだった。魔王をその身に閉じ込めて抑え込んだのはサラで、そのサラを封印し、魔王を抑え込んだのはルーチェ。二人がいなかったら、すでに魔王はグランデ国も呑み込んでしまっていたかもしれない。誰がどういう意思でルーチェの元に魔力を大幅に増やす古書を届けたのかはわからないけれど、捻じ曲げられた運命はまさにそこから動き出していたのだろう。
でも、それでよかったのかもしれない。未来のない幸せと、未来のある苦痛。どちらがいいのか。もちろん、未来があればいくらでもその先は変えようがあるから、選ぶまでもない。
一体先見の魔術師はどこまでを見通していたのか。
本当にギリギリの状態だったからこそ、苦肉の策で魔大陸に渡れる4人が集められた。
もし全員があの場で魔王に取り込まれたら。
もし二人で向かっていたら。
考え出したらきりがないが、今の状態のようにはまずなっていなかったはずだ。
最善の運命じゃなかったからこんなことになった。では、ルーチェとサラの最善の運命をたどっていたとしたら。きっともう二人はここにいないし、グランデという国も存在していなかったはずだ。
「くそ、最善じゃないくせに何でこんなうまい具合に進むんだ」
前にもこんなことはあった。
セィ城下街でクラッシュが魔力暴走をしかけた時だ。
何かの力が、何かの運命を回して、変えて、未来を変化させようとしている。
「昔消えたと言われていた『幸運』の彼女が戻って来たからじゃない?」
「それだけで運命が変わるってのか? っつうかいつの間に元祖『幸運』が戻って来てたんだよ。もう一人の『幸運』を残して消えたんだろ」
「その彼女、今は異邦人として王宮の片隅にいるわよ」
「異邦人として? どういうことだよ」
「詳しいことは全く聞いていないわ。でも、その『幸運』が異邦人をこの地に呼び寄せて、自身も異邦人として来ているってのは、本当。だって彼女、私の友人の魔道具技師ですもの」
「つくづく『幸運』ってのは怖いな」
「息子のヴィデロ君は魔力値がそこまで高くないから連れてこれないけれどね」
エミリの言葉に、セイジは苦笑した。力はこの間一緒に入ったシークレットダンジョンで確認した。ここにいる者たちに引けを取らない強さを持っていたけれど、一緒に来てくれなどということは、絶対に言えない。
今回は4人じゃない。
だから、前のような無様な負け方はしないはず。
よし、と気合を入れたセイジは、皆を見回して、口角を上げた。
「んじゃ、やるか」




