81、『聖剣』参入
アルの家に泊まったセイジは、次の日、因縁の場所に跳んだ。
あれ以来訪れていなかった場所。
朽ち果てた瓦礫は、ここが大きな都市だったことをうかがわせるが、今は見る影もない。
所々生えている木は全てが黒く、草が生えていることに違和感すら感じる。
空気も淀んでおり、通常の魔力しか持たない者たちはこの空気に触れているだけで数分と持たずに魔物と化す魔の大陸。
魔王発祥の地であるこの地は、かつてセイジがルーチェであったときに訪れ、仲間たちと死闘を繰り広げた場所だった。
あれだけ過酷だった戦闘の跡は、辺りには残ってはいない。ただ一つ、この景色にそぐわない大きな水晶以外は。
セイジは水晶を見上げた。水晶の表面には、かつて自身が描いた魔法陣が刻まれており、その澄み渡った水晶の中には、ずっと求めていた……。
「サラ。ようやく、約束が果たせそうだぜ」
セイジは、水晶の中で穏やかな表情で眠るサラを見上げた。
穏やかなその表情は、サラの強さを表している。アレを腹に収めた時のあの苦しみは、たとえ幻影だとしても忘れることは出来なかった。この細い身で未だその苦しみを抱えているサラを想うとなおさらに。
その身体に闇はどれだけ苦しみを与えているのか。あの忌々しい魔王と呼ばれた瘴気の塊は、どれだけサラを蝕んでいるのか。
考えるほどに、セイジが半眼になっていく。
長かった時間は、こうしてみると、あっという間に過ぎ去り、もうすぐ念願が叶おうとしている。
早く、サラの笑顔が見たかった。何やってるの、迎えに来るの遅いわよ、と苦笑して欲しかった。
もうすぐ、この穏やかな顔に、かつての表情が戻るのか。
セイジはぐ、と奥歯を噛みしめて、サラを包み込む水晶に触れた。その冷たさが心に染み込んで来る。
「魔力増幅のピアスも両方借りてるぜ。早く取り立てに来いよ」
セイジの耳元で、きらりと魔石のついたピアスが光る。
「っつうか神殿の試練に横やり入れたんだって? 俺が試練でこいつを腹に抱え込んだ時あそこにいたの、お前だろ。何やってんだよ。そのせいで力尽きたらどうするつもりだったんだよ」
何も言わず、動きもしないサラに、セイジが悪態を吐く。願わくば、何かしら反応があれば、なんて甘いことを考えている自分に反吐が出そうだ。反応が欲しければ、早く力をつけて迎えに来ればいい。ただ、それだけ。
目の前の冷たい柩に眠るサラは、何も言わない。
「確かに冷たくあしらわれてるよな。待ってろよ。強力な助っ人をぞろぞろ連れてくるからよ。悔しいけど俺一人じゃ無理なんだ。俺一人で、なんてかっこいいこと、一度ボロ負けしてる俺は言えねえ。なあ、サラ。聞こえてるんだろ。もうすぐ迎えに来るからよ。一緒に……一緒に帰ろうぜ」
『 』
返事はない。しかし、セイジの心にはしっかりとサラの返事が聞こえていた。
16年という長くはない時間で、すでにセイジの施した魔法陣は大分ほつれて来ていた。
改めてその魔法陣を見ると、まだまだ拙さが目立つ。今ならきっともっと強力な魔法陣を飛ばすことが出来るし、それだけの知識を手に入れた。
でも、セイジは魔法陣を強化することはしなかった。
「もう、この魔法陣はいらなくなるからな。これを強化しちまうと、サラももう遊べなくなるだろ」
セイジの魔法陣にほんの少しの甘さがあるからこそできた、サラの手助け。
もうすぐその魔法陣も消し去り、ようやくサラを他の男からこの手に取り戻せる。
セイジは水晶を拳で軽くこつんと小突くと、「近いうちにまた来るから覚悟しとけよ」と一言呟き、その場を後にした。
アルの家を拠点として、セイジは魔大陸に向かう人員を集めた。
エミリとクラッシュ、『白金の獅子』と『高橋と愉快な仲間たち』、そしてマック。
こんな人数で行けるのか、と見回すと、高橋が「ちょっと待ってくれ」と手を上げた。
「聖剣持ってる奴が来てねえ」
「聖剣?」
「マックならいるだろ」
勇者とセイジがそう返すと、エミリはハッとしたように顔を上げた。
「セイジ、確かに聖剣使いならちゃんといるわ。セィを拠点にしてる子なんだけど、すごく立派な聖剣を持った『聖騎士』よ。あの子なら力になると思うけど……すぐに来てくれるかしら」
「ああ、思い出した。宰相の手足だ」
「ユキヒラってセィの雑貨屋のロミーナに貢いでる異邦人じゃないの? そんな人が聖騎士?」
思い当たる人物の特徴を上げるアルとクラッシュに、異邦人たちは一斉に吹き出した。
「合ってる」「まんまだ」という言葉で、セイジの眉が顰められる。慌ててマックが「悪いやつじゃないですよ」とフォローするけれど、その言い方は逆効果よ、と海里に突っ込まれていた。
「マックの聖剣は短剣だし物理攻撃ダメだから力になるかって言うと難しいわよね」
「確かに」
茶化した海里に、本気の顔で頷くマックは、物理攻撃の出来ない武器でも何ら気にしていないようだった。
本職は薬師で錬金術師だからな、とセイジも苦笑する。
アルは真剣な面持ちで、「聖剣か……」と呟いた。
「止めを刺す場合には、聖剣も必要になるな」
「それそれ。ユキヒラも『時の輔翼者クエスト』で魔大陸に行かないといけないって言ってた気がするから、いい返事貰えると思う。連絡してみる」
高橋はそう言うと、宙に指を這わせ始めた。
セイジは『時の輔翼者』という単語に首を捻った。その『時の輔翼者』から、聖剣持ちは依頼を受けているらしい。
「時の輔翼者……」
「『時の輔翼者』っていうのは、先見の魔術師のことです」
マックがそっと教えてくれたその内容に、セイジは思わず声を立てて笑った。
確かに魔大陸に行くメンバーだと納得する。あのハーフエルフが依頼をした人物が、聖剣持ち。彼の言う運命の歯車というものもなかなか面白い演出をする。
セイジは笑いを収めると、そういえば、と口を開いた。
「先見の魔術師と言えば、俺もうシークレットダンジョン見つけることが出来ねえから」
セイジの衝撃の言葉に、皆一様に驚いた表情を浮かべた。
「もしかして……力を手放したの?」
「ああ、もう必要ないからな」
「ってことは、能力も」
「もう伸ばしてきたけど、もっと伸びるかもな」
「それであれだけの力をつけたのか」
アルは納得したように頷いた。
もうサラを迎えに行けるだけの力はついただろうか。自身でも能力の伸びは実感できた。前よりもさらにあのでか物を追い詰めることが出来る力を手に入れたことも。
今度こそ、負けない力が、付いただろうか。
遠く彼方にある魔大陸の方向に視線を向けたセイジは、アルとエミリが微笑しているのを見ると、肩を竦めた。
「だから、早く迎えに行かねえと、俺だけアルみたいなおっさんになっちまうんだよ」
ふざけてそう言うと、アルは声を出して笑いながらセイジに軽い拳骨を送り、エミリがその身体に抱き着いた。
「ユキヒラ丁度辺境にいるんだってよ。これからここに顔を出してもいいかって」
「願ってもない。すぐに来て欲しい」
「了解。はやくこい、と。そうしーん。って返事はや! すぐ来るってよ」
という高橋の言葉のすぐ後に、アルの家のノッカーが音を立てた。
扉を開けると、白い鎧を身に着け、赤いマントを背に、腰に立派な剣を佩いた青年が真面目な顔で立っていた。
「途中参加を認めてくださりありがとうございます」
聖騎士らしく、とても礼儀正しい人物だった。騎士の礼をしっかりと執ると、アルは不躾なほどに上から下まで聖騎士を観察した。
腰の剣は、確かに聖剣と呼ばれるにふさわしい様相を呈している。何より剣から何か清涼な気が流れている気がした。
「なるほど聖剣の持ち主か」
納得したのか、アルは聖騎士を家の中に招き入れると、やはり聖騎士は完璧な作法で騎士の礼を執った。
高橋たちは旧知の仲なのか、聖騎士と次々にハイタッチをしていた。




