80、腕試し
「力が戻ったからってこんなにすぐに成長するもんなのか? すげえな」
「俺もそう思う」
獣人の村、セイジは村外れでケインと共に魔物と対峙していた。
ケインは魔法陣魔法を使いはしても、獣人特有の身体を使った戦闘はまるっきりしないらしい。
セイジが前に出て詠唱魔法と魔法陣魔法を器用に使いこなし、魔物を屠っている。
周りには異邦人たちもちらほらといて、魔物を狩っている。
魔法陣を描きながら、セイジは自身の身体に驚いていた。
まずは身体能力が前よりも格段に上がっていた。今までにない身の軽さに初めは戸惑った。
その後、いくら魔法を使っても魔力が次から次へと溢れてくることに気付いたセイジは、途中指先をキラキラさせながら死に戻りというものをしようとしている異邦人に秘蔵の魔法陣魔法を使った。
『蘇生』というその魔法は、あまりにMPを食う癖に、目の前で消えそうになる者にしか使えないという不便極まりない魔法だった。最大魔力であるはずのセイジの魔力をもってしても、二度目を使うためには魔力回復をしないといけない魔法、のはずだった。のだが。
「すげえ。蘇生薬買ってたんだ。ちなみにどこで売ってるのか教えてもらえねえか?」
「死に戻りするところだったよありがとう。今のって蘇生薬? それとも魔法? 俺、あんたが魔法を使ったように見えたんだけど」
「ホント助かったよ。っていうかここら辺のユニーク強すぎだろ。レベル上げないと」
対価を払うという異邦人たちを「気にすんな」の一言で振り切ったセイジは、いまだに全く減ったように感じない体内魔力に戸惑っていた。
確実に最大魔力のはずの魔力値が伸びている。伸びしろがなくなっていた身体能力も。腰の剣を抜いて中央山脈の麓の魔物を剣のみで狩ってみたけれど、アルやエミリとまでは行かなくても、今までの力が子供だましだと思うくらいには、自身の力が上がっていた。
レガロはまだ対価としては少なすぎる、とセイジが店を辞そうとしたときに困り顔をしていたが、これはこっちが過剰に貰いすぎじゃないだろうか。
どのみちクワットロ付近の魔物では力試しも出来ないと見切りをつけたセイジは、その足で獣人の村に向かっていた。
セイジが魔法陣魔法を描く。
今までの知識を詰め込んでも、魔力はまだ大量に残っている。これなら多少無茶な魔法陣を描いても作動しそうだといろいろと試していると、後ろからため息が聞こえた。
「おっそろしい魔法陣描くなよなあ。それ、下手すると周り巻き込むぞ。範囲を指定するなら、第三円の所じゃなくて、第二円の所に描けよ。っつうかそもそも魔法陣は第三円までしか描かねえんだよ。魔力が不足するし、制御が難しくなるから。それをなんだよセイジは。第四円とか頭おかしいんじゃねえの?」
「まだまだいけそうなんだけどな。確かに第四円まで描くと途端に圧がすごくなる」
「当たり前だっつの! 俺だって怖いから第四円までなんて描きたくねえよ! 今まで魔法陣魔法で最大は第五円だったみてえだけど、そこまで描けた奴は制御不能で自爆したらしいからほんとやめとけって」
「魔力だけは足りてるんだ。制御はまあ……慣れだな」
「こんな短期間で慣れんなよ!」
セイジの手元を見て一歩後退したケインに肩を竦めると、セイジはまたしても魔法陣魔法を描き始めた。手ごたえを感じながら。
その後獣人を相手に、自身の力がどこまで伸びているのかを確認し、そこでも首を傾げるほどに手ごたえを感じたセイジは、しばらく能力の把握に努めるために、そこに滞在しつつ魔法陣魔法の知識を伸ばした。
「アル。一度俺と手合わせしてくれないか?」
獣人の村を辞したセイジは、まっすぐに辺境に向かった。
騎士団の詰所にいたアルのもとを訪れ、そう口を開くと、アルは驚いたような顔をした後、ニヤリと笑った。
「セイジ、何やら雰囲気が変わったか?」
「変わったように見えるか?」
「見える」
はっきりとそう言い切ったアルは、セイジを伴って騎士団の訓練場に向かった。
周りには、騎士団員や異邦人たちが集まりつつある。
セイジが剣を抜くと、アルは面白そうに口角を上げた。
「剣とはまた、大胆なことをするな」
「俺もそう思う。手加減すんなよ」
片手で剣を構え、アルに視線を向けながら、セイジは身体能力向上、防御力向上、攻撃力向上、魔力向上の魔法陣を次々描いていく。今までにない程の高揚感に、セイジの口元も緩む。
アルの視線の鋭さが変わった。
次の瞬間、剣がガキン、と音を鳴らす。
二人の距離は瞬時になくなり、アルの特攻をセイジは剣一本で防いでいた。
「渾身の一撃だ」
「手がしびれそうだぜ。『風切!』」
剣を交えつつ魔法を唱える。後ろに跳ぶことで風の刃を躱したアルは、地面を蹴ってもう一度前に出た。
アルの剣から次々放たれる斬撃を魔法陣魔法で防いだセイジは、風の魔法で瞬間的にスピードを上げ、アルに肉薄する。
またも剣を交える音が訓練場に響き渡る。
騒がしかった周りの声はすっかり静かになり、2人の真剣勝負を固唾を呑んで見守っている。
力で押し勝ったのはアルだ。剣を弾かれたセイジの腕と胸から鮮血が散る。それでもセイジは持ち直し、瞬時に回復魔法で傷を治した。
「やっぱアルには敵わねえか」
動きを止めたセイジが剣を腰に戻し、切れた服を指でつまむ。
それでも、思った以上に自身の身体が自在に動かせたことに満足だった。
「ル……セイジ」
アルも剣をしまい、セイジに近付く。
「俺はお前を叩き切るつもりで踏み込んだ」
「俺はそんなもん跳ね返すつもりで魔法陣を描いた。でも傷ついたってことは、アルに力負けしたってことだ」
「俺の渾身の力をそんな浅い傷で終わらせられるってのは業腹だな」
「そんなカリカリすんなっての。アル。準備は終わりだ。明日、一度行ってみてくる」
腕を組みセイジを見下ろすアルの顔は、およそ業腹というにはほど遠い顔つきをしていた。どことなく懐かし気な、それでいて嬉しそうな、そんな顔だった。
アルのその態度に苦笑するセイジに、アルは言い放った。
「俺も連れてけ」
「それは助っ人どもと一緒にな」
「何かあったらどうするんだよ」
あっさりと断ると、アルが更に言いつのる。それも苦笑で流したセイジは、あのな、と眉尻を下げた。
「遅くなってごめんって謝る俺の土下座、流石に誰にも見られたくねえんだけど」
冗談めかしてそう言うと、アルは虚を突かれたような顔をして、その後、声を出して笑った。
「一度ちゃんと戻って来いよ。異邦人も一緒に行くんだ。色々と向こうに行っても準備ってもんがあるから、いきなりサラの前には出れないだろうよ。仕方ねえから二人っきりにしてやるよ。サラには冷たくあしらわれるだろうけどな」
「準備ってどんな準備だよ。なんか色々大事になってるからおっかねえ」
観光地の様相を呈している魔大陸の一つの村を思い起こしていると、アルがバン、と背中を叩いた。遠慮なく叩いたらしく、地味にダメージを受けたセイジは、いてえよ、とアルに文句を言った。




