8、ボスもゴーレム
三人で進む間中、出てくる敵はほぼゴーレムやパペット類の無機物系だった。
大抵の無機物は核の上に紋章がある、とセイジに教えられてからは、瑠璃もニーナもすべてそこを狙い、クリティカルで倒しまくっていた。
そしてとうとうボスの間手前。
「すごい、入ってからここまででレベル3も上がった。夜の砂漠の狩りなんかよりすごく効率的だったよね」
「ほんとにね。レベル高くなってきたら上がりにくかったもんね。セイジ、誘ってくれてありがと」
宙に視線を向けながら、二人がそんなことを言っているのを、セイジはへいへいと聞き流す。
ステータスとやらを見ているのだろう。
それにしても、とセイジは扉を睨む。
今回の色は……。と溜め息を吐く。
ここまでゴーレム系しか出てきていないので、かなり見当がつく。
「黄色、だろうなぁ……」
どう考えても土属性のダンジョンだった。
この感じで最終ボスだけドラゴンだった、とかは絶対にありえない。今まで潜ったダンジョンの性質からも、強さと出てくる敵の属性で大体オーブの色がわかる。
セイジが探している透明なオーブが出そうな場合、こんな温い敵なんかあり得ない。
まあでも、とセイジは魔法陣を描き始めた。
「やたら強くて全滅するよりは全然ましか」
呟いて口角を上げ、身体能力上昇の魔法を全員にかけた。
「やっぱりな」
ボス部屋に入るなり、天井まで届きそうな大きさのゴーレムがセイジたちを迎えてくれた。
そこまで広くない部屋に、このデカさのゴーレム。
「これ絶対弱体化してるだろ」
思わずつぶやくセイジの言葉に、二人が吹き出した。
「確かにね。手を動かすと壁が壊れそう」
「すっごく狭そう」
かわいそう、とニーナがゴーレムを見上げた。
「まあ、油断するなよ。核まで届かないって言うのは結構きついから。消耗戦だな。お前らの一番苦手なやつだろ」
「うん」
「頑張る」
頷いて武器を構え、瑠璃が走り出す。剣は違うものに持ち替えていた。
ニーナも「森羅万象……」と詠唱に入っている。
じゃやるか、とセイジも魔法陣を描き始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
瑠璃が足元に迫った瞬間、ゴーレムの目が光り、地響きが始まった。揺れの激しさから、ニーナの詠唱が止まってしまう。
走っていた瑠璃の足も、倒れないよう踏ん張るために、止まってしまった。
そこへ、ゴーレムが腕を無造作に振る。
ガガガガガガガガガ!
腕の動きとともに、壁が抉れて瓦礫がニーナとセイジまで飛んでくる。
「きゃぁ!」
慌てて避けた瑠璃は、その後降ってくる瓦礫で体勢を崩してしまった。
「ああ、狭い部屋が逆にやばいのか」
無手で動きも鈍いゴーレムの、飛び道具代わりが壁の瓦礫ということだ。
「瑠璃! 足、止めるなよ! 狙われるから!」
セイジが叫び、魔法陣からエアカッターを飛ばす。
普段は岩すら切断するそれは、ゴーレムの胸元の岩を少し削ったくらいにとどまった。
「大空を翔る風の聖霊よ、形を成して切り裂け! ウインドカッター!」
ニーナもセイジ同様ウインドカッターを出すが、やはり少ししか削れない。
とてつもなく硬い鉱石で形成されたゴーレムに、セイジはちっと舌打ちした。
剣でゴーレムの足を削ろうとしている瑠璃も、剣を振るうたびにキィン! と跳ね返り全くダメージが通じないことに焦りを見せる。
「ああクソ!」
ガキンガキンと音だけが激しく響く中、セイジは両手で魔法陣を即座に描き、それをゴーレムに飛ばした。
正確にゴーレムに向かって飛んで行った魔法陣は、ゴーレムの表面に触れた瞬間、パシッと霧散する。
「ダメか。もう一回!」
一回どころか、連続で同じように魔法陣をセイジが飛ばしていたが、すべてが表面ではじけ飛ぶ。
「さすがボスだな!」
クソ! と吐き出しながら、さらにいくつもの魔法陣を飛ばしていく。
同じように表面で魔法陣が弾ける中、一つだけゴーレムのわき腹にに張り付いた魔法陣があった。
張り付いた魔法陣から、ボッと火が出て、ゴーレムの表面にその刻印を刻む。
瞬間、瑠璃の振るった剣がゴーレムの足に食い込んだ。
「あ、嘘! 攻撃通った!」
嬉しそうな声を上げながら、瑠璃はさらに同じ足にスキル技を叩きこみ始めた。
セイジの目には見えていないが、ニーナと瑠璃には、目に見えてゴーレムのHPが削れて行くのがわかる。
「あの魔法陣が描かれてる限りは少しは柔らかくなってるはずだから、あそこ外して胸元狙えよ!」
「わかった!」
ニーナの杖からゴーレムの胸に向かって魔法が連続で放たれる。
ひっきりなしに詠唱を唱え続けるニーナに飛んでくる瓦礫は、セイジが防御の魔法陣と短剣とですべて塞いでいた。
瑠璃が足を削り切り、ゴーレムの片足が完全に崩れる。
バランスの取れなくなったゴーレムが、周囲の壁を抉りながら、ものすごい地響きとともに地面に倒れた。
すかさず瑠璃がゴーレムによじ登り、胸元まで走っていく。
途中飛んでくる腕を何とかかわし、胸の紋章までたどり着くと、瑠璃はそこを剣で抉り始めた。
「ゴアァァアァァアアアアァ!!!!」
「きゃ!」
すぐ間近でゴーレムの叫びを聞いてしまった瑠璃は、思わず身体をすくませてしまった。咆哮の効果である硬直を受けたのだ。
身動きの取れなくなった瑠璃を、ゴーレムが手で弾く。
「ったく!」
セイジが走り出し、飛んでくる瑠璃を何とかキャッチする。が、瑠璃は衝撃により気絶してしまっていた。
セイジはそのまま瑠璃をニーナのそばまで急いで運び、二人の前に魔法陣を描く。
接近戦は苦手なんだよな、と呟きながら、セイジは短剣装備のまま、ゴーレムに向かって走っていった。
ひっきりなしに瓦礫が降る中、セイジがゴーレムをよじ登る。
そのまま腕を交わし、がれきを弾き、胸元まで走った。
ゴーレムの目が赤く光り、セイジをとらえている。
ぞくりと背中を何かが走り抜け、セイジは咄嗟に短剣をゴーレムの目の中に吸い込ませた。
「ァアアアォォォォォォ!」
痛みのないはずのゴーレムが、咆哮を放つ。まるで叫んでいるようだった。
もういっちょ、とセイジがさらに腰の短剣を抜き、いまだ光っているもう片方の目に吸い込ませていく。
「ァァアアォォアォォォォオ!」
さらに咆哮が大きくなり、目の光が萎んでいく。
「あっぶね、なんか目から出すところだったのかよ!」
何かの攻撃を一つ防いだセイジは、今度こそ、と紋章のもとに行った。
腰に差していた剣を抜き去り、片手に持つ。そして左手で魔法陣を描く。振り回される腕を避けながらも、セイジの魔法陣は正確に描かれていく。
「悪いな」
一言呟き、その魔法陣を紋章の上に押し付けると、手に持った剣を一気にゴーレムに突き刺した。
まるで柔らかいものに刺したかのように、剣が吸い込まれていく。
そして、そこから眩い光を発し始めた。
「うわやべえ……! 最後爆発する奴か!」
光を目にしたセイジは、剣を引き抜くこともせずに、慌ててゴーレムから飛び降り、走り始めた。
「どこか瓦礫の裏に隠れろ!」
二人に声を掛け、ゴーレムと二人の直線状にある大きめの瓦礫の裏に飛び込み、大きな魔法陣を描き始める。
その間にもゴーレムから洩れる光はどんどんと増していく。
「伏せろ!」
そう言いながら魔法陣を描き終わったセイジも、地に伏せる。
次の瞬間、部屋中に光が溢れたかと思うと、壮絶な爆音と爆風が三人を襲った。
「くっ……!」
地面に伏せていても、衝撃が凄かった。
一瞬の衝撃が去り、体に降り積もった瓦礫をどかして、身体を上げる。
一応部屋の風体を保っていたはずの部屋は、石壁が剥がれ落ち、ほぼ全域で岩や土が姿を現していた。そして部屋の内部全域に積みあがる壁とゴーレムの素材による瓦礫の山が目に入る。
直接の攻撃は魔法陣で塞げたはずだが、とセイジは後ろを振り向いた。
同時くらいに、二人が瓦礫の間から「いたたた……」と立ち上がった。
ぼろぼろの風体である。
着ていた装備は片方の肩当がとれ、インナーが破れているのが見える。ローブはほぼ見る影もなく、背中には大穴が開いている。
それでも、二人は体の埃をパンパンと叩き落としながら、セイジを見て笑った。
「やっばい、HPぎりっぎり。最後の攻撃ヤバかった」
「私も。待ってて。『安らぎ運ぶ風の聖霊よ、その光で我らを癒せ。ヒール』」
詠唱を唱え終えた瞬間、柔らかい光が三人を包み、傷が癒されていく。
「あ、今のヒールでMP尽きた。あはは、ヤバい敵だったねえ」
「でも見てみて、レベルかなり上がったよ?」
「あ、ほんとだ! すごい。今迄一週間必死で魔物倒したのよりもさくっと上がったぁ。これもセイジのおかげだね。……ってセイジ?」
二人で宙を見つつ楽しそうに話しているのを尻目に、セイジは最後のゴーレムが爆発した場所の瓦礫の中央に立っていた。