79、手放した力の対価
「お元気そうで何よりです。そして、目標達成おめでとうございます」
「……っつうかついさっきだよ目標達成したの。情報早すぎだろ」
「それはほら、私は情報通ですから。クラッシュ君から聞いていませんか? 私が『先見の魔術師』だということを」
「それを聞いたのもついさっきだよ……」
セイジが呆れたような声を出すと、店主レガロが声を出して笑った。
笑いを治めると、セイジを奥に案内した。
小さめの装飾の美しいテーブルに温かい茶を用意されて、セイジは素直に席に着く。
そして、クラッシュから預かった物をレガロに渡した。
「これを預かってきたんだよ。依頼書にサインをしてくれとさ」
「了解しました。中身を確認してもよろしいですか?」
レガロはテーブルに置かれた包みを持ち上げると、そっと布を開き、素材を確認する。それはこの国ではお目にかかったことのない、しかし魔大陸にはかなりの頻度で生えている素材だった。
なんとはなしに見ていると、レガロは満足したようにうなずき、素材を包み直した。
「魔大陸に渡った異邦人の方々は、いい仕事をしてくださいますね。流石エミリさんのお眼鏡にかなった異邦人方です」
独り言のように呟くと、素材を持ってカウンターの裏に回った。その後すぐ、何かを持って戻ってくる。
「それでは、あなたの願いを叶えましょうか」
「俺の?」
唐突にそう言いだしたレガロに怪訝な視線を向けると、レガロは手にした魔石をテーブルに置いた。
「もう目標は達成したのです。だったら、不要になった物は手放さねば、新しい物を手に入れることは出来ません」
「不要になった物って」
セイジが目を見開くと、レガロは頷いた。
「その目に宿った力、私に売っては貰えませんか。長年使われ、力も煉られてとてもいい具合に成長しています。しかしもうあなたにとっては害でしかない。ぜひその力を私に売ってください」
「こんなの、売り物になるのかよ」
「もちろん。とても希少な魔石が出来上がると思われます」
それでこの魔石か、とセイジは視線を魔石に向けた。途端に視線が囚われる。
「対価はどういたしましょう。この店にある物でも、金銭でも、他の力でも、なんでも言い値で買い取らせていただきます」
「いきなりそう言われてもな。長年付き合ってきた力の対価ってのも、すぐには思い浮かばねえもんだな」
「思い浮かばないのでしたら、そうですね……あなたの力解放のお手伝いをさせては貰えないでしょうか。ただし、その力の対価としてはつり合いが取れませんので、更に何かを上乗せしたいですが。後ほど店の中を見ていただいてもよろしいでしょうか。何かが見つかるかもしれません」
ああ、と返事をしながらも、セイジは魔石から視線が動かせなくなっていた。強制力があるわけではないのに、その魔石から視線を外したくないというか、視線を外した瞬間に何かが失敗するという概念が頭を支配する。ハッキリとはわからない不快感が、視線を外すなと警鐘を鳴らしている。
「そのまま魔石に集中していて下さい。『世の理を司る刻と物理の聖霊よ、その者の瞳に宿りし刻の力を凝縮凝固摘出し、魔石に注入融解拡散固定せよ。*****』」
何の魔法を使ったのか、セイジには聞き取れなかった。
詠唱が終わった瞬間、目の中で何かが起こっているのがわかった。この目を貰った時も、目の中で何かが組み変わったのを思い出す。まるで目の表面にべたりと貼り付けられていた何かを無理やり剥がされるようなキツさと熱さがどこかで感じ取れる。
不思議なのは、痛みが全くないことだった。痛みはないが、そこが熱く、ぐいぐいと何かに眼球を引っ張られる不快感を歯を食いしばって耐える。
「ぅあ……っ」
目が焼けるように熱くなった瞬間、その目に見えないものはスッとセイジの中から剥がれ落ちていった。
ほ、と息を吐き、瞬きをする。既に目には何も違和感はなかった。
眉間を押さえながら渇き切った瞳をもう一度魔石に向けると、先ほどまでは淡い白色だった魔石は、全く様相が違うものになっていた。まるで何かの目のような、その魔石自体に意志が宿ってでもいるかのようなその虹彩に、さっきとは違った意味で目を奪われた。
「とても立派なものになりました。ありがとうございます」
礼と共に、レガロがその魔石を丁寧な手つきで掴み上げる。じっくりと見ては、満足そうに頷いた。
「では、対価なのですが……あなたの手持ちに、魔大陸の古書はありませんでしょうか。私の所にはそれと対となる古書があるのですが、第一の対価はそちらではいかがですか?」
「古書……あれか」
レガロの言葉に、セイジは頷く。あの時、開いた瞬間に宙を舞った文字を思い出し、カバンからその古書を取り出した。
重厚で、それでいて古く今にも朽ちそうな古書を取り出しテーブルに置くと、その隣に色が違うが装丁が全く同じ古書をレガロがそっと置いた。
「あなたがお持ちだったのは、基本理念の方です。私の手元にやってきたのは、限界応用となります」
「何の基本理念と限界応用なのかを知りたいんだが」
「それは、本を開いてみればわかります」
どうぞ、と勧められて、セイジは苦笑した。
「まずは基本理念ですね。そちらをひも解くと、あなたの中にはソレに対する基本的な土台ができます。それだけならたいして大きな力ではありません。もともと持っているあなたの能力そのままですから。それを強固にするだけの古書になります。ただし、土台をしっかりと据えたそこにこの応用観念を上書きすると、とても面白い現象が起こります。土台があれば、その後の発展はとても安定しますからね。安定しながらあなたの中のソレが限界値を決定的なものにするのです。今ならもう成長阻害もありませんので、問題なく覚えられると思いますよ」
「ソレってのが大分怪しいんだけどな。まあ、やってみるか」
主語をぼかした説明に、セイジは肩を竦めると、レガロが『基本理念』と言った方の古書を手に取った。
そっと本を開く。
すると、前と同じように古ぼけた紙の中から文字が躍り出た。
文字は光り輝きながら宙を舞い、セイジの身体を取り囲んでいく。それはさながら幾重にも重なった魔法陣魔法のようで、セイジはただ息を呑んでその光景を凝視することしかできなかった。
光の文字はスッとセイジの身体に次々消えていく。最後の文字までセイジの中に吸収されると、手元にあった古書はキラキラと宙に霧散していった。
セイジの身体の中では、文字を吸収したことで変化が起こっていた。
どう説明していいのかは全くわからない。でも、腹の辺りの奥底が何か熱い塊を入れられたように感じる。でもやはり痛みは全く感じず、ただ熱くて重い何かがズシリと身体の隅々に重圧をかけているように感じるだけ。見た目には何ひとつ変わっていない。
腹に手を当て、何とかその熱い塊を抑え込んでいると、それは徐々に体に染みわたって消えていった。
何が起きたのかはわからない。でも、何かが変わったのだけはわかる。
ふう、と息を吐いたセイジは、もう一つの本に手を伸ばした。
すべての力を取り込むセイジを見続けていたレガロは、二つの大きな力の圧倒的魔力に意識を飛ばし、テーブルに倒れ込んだセイジを抱えると、満足そうな雰囲気を醸し出しながら宙に消えていく二冊目の古書を見送り、口角を上げた。
先程のセイジが持ってきた古書には、刻の魔力が収まっており、所有者の基軸が描かれていた。古書がセイジの手に渡った時点で、所有はセイジとなっている。本の所有者が開くと、今まで培ってきた経験が更にその者に付与されるようになっていた。セイジの、魔大陸に渡るまでの経験と、戻って来てからの経験。それを、セイジは取り戻したことになる。本来の賢者の能力。それが古書によって戻って来たのだ。
「それだけでは、あんな素晴らしい希少な魔石の対価になどなり得ないのですけどね。本来ならあなたが手に入れているはずの能力ですから」
だからこそ出してきた古書。それはその本来の能力を最大限まで引き上げるための古書。断片的な古書は、すでにこの賢者は読み解いていて、魔力は限界値まで伸び切っていた。しかし何の因果かその限界値を打破する力を手に入れている。胸に宿る結晶の力が、限界値を越える礎となっている。本来であれば魔力だけは伸びなかったはずが、結晶の力で更に高みへ上ることが出来ている。順番が違っていたら、能力値はまだまだ低いままだったはず。
「果たして賢者様は『聖剣』と『幸運』を手にすることが出来るのか……」
順調に運命の歯車が回るのを確認した『先見の魔術師』は、意識を手放している賢者を見下ろし、満足げな表情を浮かべ、ぽつりと呟いた。




