78、雑貨屋魔大陸支店
ケインから習った魔法陣魔法の一つに、転移魔法陣の神髄がある。
それは、魔法陣に特定の座標を描き込むことで、足を向けた事のない場所でも行けるようになるというものだった。
それはグランデ国だけにとどまらず、獣人たちの元の故郷である、魔大陸の数値もしっかりと頭に叩き込んでいる。
エミリが指し示したクラッシュのいる村も、魔王討伐当時通った道からかなり外れていたが、今なら跳べる。
エミリから預かった装備品をカバンにしまうと、セイジは魔法陣を描いた。
目の前の景色が変わる。
目の前に広がっていた風景に、セイジは思わず苦笑した。
魔大陸。確かに、村の外に見える木々は黒く、地面は色もなく、そして、空気は淀んでいる。
しかし、村の中は、特に重圧も感じず、空気も澄んでおり、何より、楽しそうに異邦人たちが多数闊歩していた。
既にそこは、魔大陸ではなく、グランデ国の一つの村の様に見えてくるのが何ともおかしかった。
「ホーリーハイポーション残り少ないよ。残数大丈夫?」
「今の所大丈夫、と言いたいところだけど、残り少ないって言われたら買わないといけない気がする」
「じゃあ買っちゃおうよ! 追加は今の所、忙しい薬師頼みなんだから」
「あはは、じゃあ5本欲しいな」
「毎度アリ! あ、魔物素材はそっちの冒険者ギルド出張所で買い取りしてるよ。俺はごめん、ここでは買取はないんだ」
「サンキュ」
クラッシュの活きのいい声が聞こえてきて、セイジはそちらに足を向けた。
平屋の廃屋を直して店にしているようだが、外側にカウンターが付いており、なかなかどうして立派な店となっていた。
「クラッシュ」
セイジが声をかけると、クラッシュはハッとセイジの方を向いた。そして、満面の笑みを浮かべた。
「セイジさん! 聞いてください! 魔力が」
「適正値だったんだろ。エミリから聞いた。ったく、無茶しやがって。エミリからの届け物だ」
セイジが装備品を取り出すと、クラッシュは目を輝かせて受け取った。早速身に着けると、クラッシュは客だった異邦人を見送ってから、改めて店の中にセイジを招き入れた。
「勝手に進めちゃいましたけど、後悔は全くしてません」
セイジに飲み物を提供しながら、クラッシュは嬉しくて仕方ないという顔をする。
普通にグランデで過ごしている分には見かけることも少ないだろう強さの魔物に囲まれた村で、村から一歩でも外に出ると魔素に取り込まれるかもしれないという状況の中でなお、クラッシュは後悔をしないと言い切った。
そのことにセイジは諦めの溜め息を吐きながら、嬉しそうに装備品を確認するクラッシュに目を向けた。
「あ、そうだ。セイジさん、これ」
そう言ってクラッシュが差し出したのは、クリアオーブ。
「俺がこっちに来れる場合は受け取ってくれるって言ったでしょ。今度こそ、渡します。サラさんを助け出しましょう」
手の上に乗せられたそれに視線を向けたセイジは、その思った以上の重さに、手に力を込めた。物理的な重さではない、圧。
これが手に入れば、ようやくサラを迎えに行ける。
ようやく。
その言葉と、今までの決して短くはない時間が、今この手の平の上に載っているような錯覚を覚えた。
「……さんきゅ。今度こそ、受け取るよ」
掠れる様な声でそう言ったセイジに、クラッシュはまたも満面の笑みを浮かべた。
村を出てみようかと店のドアに手を掛けると、カウンターの向こうから異邦人が「なあ店主さん」と声をかけてきた。
クラッシュが応対すると、どうやらその異邦人は臨時冒険者ギルドの買い取りと買い取った物の納品業務依頼を受けている者らしく、困り切った顔をしていた。
手には素材とその依頼リストが握られていた。
「さっき買い取ったこの素材なんだけどさ、俺行ったことない店が載ってるんだよ。クワットロの裏路地の雑貨屋ってどこだ? 店主さんなら雑貨屋つながりで知ってるか?」
「あ、うん。知ってるよ。ああでもそこは通常では入れないんだって母さんから聞いたことあるような。いいよ、俺が届けるよ。他に届けられなそうなところあるなら受け取るよ」
クラッシュが頷くと、異邦人はホッとした顔で、依頼表と素材をクラッシュに渡した。
「よかったあ。どう対応していいかわからない場合は店主さんに声をかけろって言われてたんだけど、店主さん忙しそうじゃん。どうしようか迷ってさ」
「いつでも言ってよ。母さんからもフォロー頼まれてるからさ。他にはある?」
「他は、王宮内なんだけど、俺、王宮って行ったことないから入れるかどうかわからないんだよ」
「王宮だったらギルド経由の方が速いかも。それはギルドで頼んだ方がいいよ。王宮に入れる人なんてなかなかいないからね」
「だよなあ。すんなり王宮に馴染んでる奴らの方がおかしいよな」
じゃあ頼んだよ、と異邦人が去っていくのをドアに手を掛けたまま見ていたセイジは、ふとさっきの雑貨屋のことが気になって口を開いた
「クワットロの裏路地の雑貨屋ってえと、『呪術屋』ってところか?」
「そうです。レガロがやってる店なんですけど、セイジさんも知ってるんですか?」
「知ってるも何も……」
セイジをサラに一歩近付けてくれたのは、その『呪術屋』の店主であり、この特殊な目をくれたのが彼だった。
セイジは言葉を濁して、サッと手を出した。
「俺が届けてやるよ。それとも部外者に渡すのは心配か?」
「ああ、いえ、そんなことでセイジさんを疑ったりなんかするわけないじゃないですか。でも……そうですね、お願いします」
クラッシュは何か考えていたようだったけれど、肩を竦めて預かった物と依頼書をセイジに渡した。
「この依頼書にサインをもらってきてください。それで、さっきの異邦人の依頼達成になりますから。それと」
クラッシュは一度言葉を止めて、目を細めた。
「その店主って、俺にクリアオーブを飛ばした『先見の魔術師』張本人ですから」
口角を上げ、クラッシュは爆弾発言をかました。
次々と現れる大物に、セイジは苦笑を禁じ得なかった。
魔大陸から直に昔の記憶をたどり『呪術屋』の前に跳ぶ。
半分潰れそうな外観の、何とも言えない趣のある建物は、どこも記憶の中の物と変わりなく、笑いがこみ上げそうになる。
ドアノッカーを手にし、コンコンと小気味いい音を響かせると、中から「どうぞ」と声が掛かったので、セイジはゆっくりとドアを開けた。
「これはこれは、ご無沙汰しております、賢者様」
記憶の中のハーフエルフと何一つ変わりない姿のまま、雑貨屋の店主は笑顔をたたえてセイジを迎え入れた。