76、速過ぎる流れは濁流の如く
内容かなり変わりました。読み返し推奨します
魔道具で魔力量を調べるまではダメ、という言葉だけでクラッシュが納得したとは到底思わなかったが、セイジはどうしてもあの暗くて険しいところにクラッシュを連れていくのは頷きたくなかった。
溜め息を吐きつつ、次元の亀裂を探し歩く。
しかし、続けざまに見つかった次元の亀裂は、ここの所全く見当たらなくなった。
意地になって、数週間程いたる所を捜し歩き、結局水のオーブが出た小さな次元の亀裂しか見つけられなかったセイジは、落胆と共に道中倒した魔物の素材を売るために冒険者ギルドに向かった。
毎日宿に泊まるわけではない。かといって、トレのクラッシュの店に向かうわけでもないセイジは、普段野宿は当たり前だった。魔物の比較的襲ってこない場所を探し出し、魔法陣で気配を消して、一人休む。
たとえベッドに寝たとしてもここ十数年熟睡したことなんてなかった。短い睡眠をとっては目を覚まし、焦燥感に駆られ歩きだし、また疲れたら少しだけ休む、それを繰り返していた。
若い時のままの身体で、刻の流れを遮断されているからこその無理であり、無茶だった。それでも、疲弊した心はたまに叫び出したくなる衝動に駆られる。
クラッシュはセイジのそんな時間の使い方を知っているのか、いつでもここに帰って来いという。自分の家でしょ、と。どこまで知っていてそんなセリフを言うのかは確認したことはなかったけれど、でも聡いあの子供のことだから、きっとすべてを知っているのだと思う。
だいぶ溜まったカバンの中を見て、セイジは肩を竦めた。
あの後、クラッシュの元には一度も顔を出していない。
いつもこれくらいは普通に顔を見なかったけれども、それでも、最後の会話のせいで、つい顔を出すのが億劫になっていた。
そろそろ届けるか、と重い腰を上げ、魔法陣を描く。
一つ息を吐いてからトレに跳ぶと、セイジは躊躇いつつ雑貨屋に向かった。
そして、いつものようにドアを開けた瞬間、思考が止まった。
雑貨屋の店内には、クラッシュはいなかった。その代わり、よく見知った顔があった。
魔大陸に行くと旅立った時に別れた、セイジの両親が、当時とよく似た姿で、店番をしていたのだ。
「は……なんで」
セイジは自分の目を疑いつつ、自身を凝視している両親から目が離せなかった。
しばらくは二人とも無言で見つめ合っていた。
店にいた近所の住人がセイジの横を通ってサッと外に出ていく。
バタンというドアの音にハッと我に返り、父親はセイジの方に向かってきた。
半分ほど顔を隠していたフードが無造作に上げられる。
視界が広がり、目の前には、深い皺を刻んだ、記憶よりもさらに年老いた父親と、目に涙を溜めてこちらを見ている母親がいた。
「ルーチェ、なの……?」
震える母親の声に、セイジはきまり悪そうな表情になって、軽く手を上げた。
「……よう、元気そうだな」
声を出した瞬間、しわの増えた手で胸倉を掴まれる。
「どこをほっつき歩いとった。旅が終わったなら帰って来ると、あれだけ約束しただろうに……!」
父親の声も震えていた。当たり前か、とセイジはされるがままに、困ったように眉を下げた。そして、「クラッシュ、やってくれた……」と一言、呟いた。
「生きていたならさっさと帰ってこい、バカ息子!」
母は涙をこぼし、父が怒鳴り、セイジは深い溜め息を呑み込むと、宙に魔法陣を描いた。
念話の魔法陣でクラッシュを呼び出すと、笑い声交じりのクラッシュの声が返って来た。
「クラッシュ、聞こえるか。今どこにいるんだ」
『あ、その声は、無事おじいちゃんとおばあちゃんに会えたんですね。よかった』
低い低いセイジの声に、クラッシュの朗らかな声が重なる。セイジは盛大に舌打ちした。
「よくねえよ! じじいには怒鳴らればばあには泣かれて、どうしろっつうんだよ!」
『前に言いませんでしたっけ。おじいちゃんたちに店を任せるって。最近セイジさんが顔を出してくれないから、そのままお願いしちゃいました。マメに顔を出さないセイジさんも悪いんですからね』
してやったりな響きに、やっぱりクラッシュは全てを知っているんだと納得する。溜め息しか出なかった。今はまだ、この二人の顔を見る時期じゃないのに。
セイジはそっと父親の手に自分の手を添えた。
そして、店を見回すと、奥にはなぜかマックがいた。専属薬師だからいてもおかしくないけれど。
「で、クラッシュはどこにいるって……?」
主にマックに訊くために声を出すと、マックは困ったような顔になった。
そこで、オホン、とわざとらしい咳が二人の視線を遮った。
「バカもん。自分の足で立ってるガキの行動をそうやって無粋な詮索するもんじゃない」
父親がちらりとセイジを見上げて不快気に鼻を鳴らす。しかめっ面のままようやくセイジの服から手を離した父親は、セイジから視線を逸らすようにカウンターの方に戻っていった。
セイジは、涙を流している母親に近付くと、そっと背中に腕を回した。
宥める様に背中をさすると、更に母の涙が増えていく。
「商人たるもの信用が第一なんだから、約束だけは破るなと教え込んだはずなんだが」
「あのなじじい」
母親の背中を撫でながら、セイジは父親と同じような表情を浮かべた。
「俺の中ではまだ終わってねえ。心配させてんのは悪いと思ってる。けど、でもな、まだ、約束を反故にしてるわけじゃねえんだ」
「また屁理屈を」
「じじいが言ったんだろ。あいつと並んで元気に帰って来いって。だから、まだ帰れねえんだよ。心配すんな。ちゃんと約束は守るからよ」
「だが、サラちゃんは……」
「じじい、いいか、俺は、約束は破らねえ」
まっすぐ目を見ながら言い切ると、父親はフッと目元を緩めた。
そして、詰めていた息を吐く。近くにあったセイジの背中を、力一杯バン、と叩いた。
その言葉、信じるぞ、という呟きに、セイジは口元を持ち上げて頷いた。
母親が泣き止むと、セイジは誘われた茶を断り、マックに視線を向けた。
「ちょっとそこの薬師に用があるんだ。借りてくぜ」
またな、と軽い挨拶をすると、セイジは座っていたマックの手を取った。そのまま、2人の前で魔法陣を描く。
見送る二人が消えると、目の前には雑多な部屋が現れた。そして、驚いたようなエミリの視線。
セイジとマックは、冒険者ギルドの奥に転移した。
「珍しい組み合わせね。どうしたのセイジ」
「どういうことか説明しろ。クラッシュはどうした。もしかして、魔大陸に行ったのか?」
マックの手を離してエミリの座る机に身を乗り出すと、エミリはこともなげに「ええ」と答えた。
「マックがいたのに何も聞いてないのね。てっきり聞いたからここに来たと思ったのに」
「これから聞こうとしてたんだよ。店にはじじいがいたから!」
「あら。だからここから派遣した子が帰って来たのね。あとで挨拶に行かないと」
「そんなもんどうでもいいんだよ。そうじゃなくて」
セイジがダン、とテーブルを叩くと、エミリはくすくすと笑いだした。
「クラッシュにしてやられたのね。でもどうしてそこまで怒っているの? 前に一緒に魔大陸に行くって言われてたんじゃないの」
「それには魔力の適正値がわかればって条件を付けたぞ」
「そんなの。規定をクリアしたから行ったに決まってるわ。商人は約束は破らないんでしょ」
こともなくそんなことを言うエミリに、セイジは眩暈を感じた。
どうやって魔道具を使ったのか、そしてどうやって魔大陸に行ったのか。疑問は尽きない。
そんなセイジを見て楽しんでいるかのように、エミリの顔には笑顔が浮かんでいる。
「今、魔大陸のとある村の中は安全なのよ。それにあの子の周りは精鋭で固めてるしね」
「安全?」
「ええ。だって村の中は浄化されてるもの。異邦人、そこのマック達によって」
エミリの言葉と視線に釣られてセイジが後ろを向くと、マックが気まずそうな顔つきをして所在なさげに立っていた。
「ごめんなさい、俺が村を浄化しました……」
「どうやって」
「結界の魔道具と、錬金術アイテムを使って、範囲聖魔法で」
「そんな責めるような声出さないの。異邦人たちが魔大陸に行く方法を見つけ出して、それを使って魔大陸でも休める場所を作ってくれたのよ。すでにクラッシュも魔力測定済みで、あっちに店を構えてるわ。雑貨屋魔大陸支店店主なんですって。魔王討伐じゃなくて、アイテムでサポートする気満々なのよ。セイジが危なくないように、沢山使えるアイテムを近くに置いておくようにって」
「あいつは何を考えてるんだ」
「あなたのことよ、セイジ」
エミリに指摘され、セイジは肩を落とした。
今日は色々と詰め込まれる情報が多すぎる。
眉を寄せたセイジは、不意に目の前に出されたアイテムに視線を落とした。
「アルの弟子たちは、魔大陸の魔物を簡単に倒しちゃうのよ。それに向こうに渡る子たちは私が厳選してる。そしてクラッシュはその『ホーリーハイポーション』を、店で売るということで、マックに依頼しているの。飲むとしばらくの間穢れないという優れもの。魔大陸にはなくてはならないアイテム。これを本当はクラッシュは、あなたにあげたいのよ。もちろんクラッシュも常時使ってるわ。セイジも使ってみなさい。面白いわよ」
「それを飲んで魔大陸を歩いても、しばらくは体力が減らないんです。だから、クラッシュにしっかり渡してます。だから……その、魔力測定させてしまって、すいません」
視線を落としたマックは、前にクラッシュが一緒に行きたいと言い出した時と同じような顔つきをしていた。
セイジは今日何度目かの溜息をつくと、目の前に出されたアイテムを手にして、カバンにしまった。
「わけが分からねえよ」
セイジが呟くと、エミリは声を出して笑いながらそうねと同意した。